Interview

原田知世が時をかけて愛され続ける代表曲をセルフカバー。新鮮な気持ちで再会できた名曲を唄う。

原田知世が時をかけて愛され続ける代表曲をセルフカバー。新鮮な気持ちで再会できた名曲を唄う。

慶一さん~トーレさんの流れは、今の音楽作りに繋がる大事な道筋だったと思います

なるほど。では、90年代はどんな時代でしたか? 本作でいうと、トーレ・ヨハンソンがプロデュースした「ロマンス」「愛のロケット」の頃です。

(鈴木)慶一さんと始めた音楽の庭がだんだん広がって、ちょっと新しいリスナーの人にそれが伝わりはじめて。新しい出会いがあって、時間はかかるけれど、届くんだなっていう喜びと、小さな自信と、なんか背中を押してもらえた気がしました。やはり、まず慶一さんに出会えて、その次にトーレさんに出会えたという、その流れは、今の音楽作りに繋がる大事な道筋だったと思います。

スウェーデン・タンバリンスタジオでレコーディングをしたのは、原田さんが最初でしたよね。

そうだったと思います。

その後は多くの日本人がスウェーデンでの録音をするようになりましたが、当時、誰もやってないところに飛び込んでいくことにリスクや恐れは感じませんでしたか?

思い立ってすぐオファーをして、わりとすぐ返事が返ってきて、すぐ現地に飛びました。私も周りのスタッフも、迷わずにみんなで『ピンときた』『よし行こう』ってなったんですよ。その勢いって大切ですよね。あの時だからできたことだと思います。

「ロマンス」は大ヒットして、渋谷系ブームを代表する曲にもなりました。今回、20年ぶりにセルフリメイクしてみて、どんなことを感じました?

「ロマンス」と「愛のロケット」は、ゴローさんもオリジナルの世界観を変に崩す必要はないっておっしゃっていました。「ロマンス」は、春になると今でもラジオから流れてきますし、自分の曲の中で、一番、時代を超えて聴いてもらえている曲じゃないかと思うんですね。それは、すごく嬉しいことですし、いろんな意味で完成されているから、無理にあらがったりせずオリジナルの世界観を踏襲してやるのがいいんじゃないかって。となってくると、私もあの時のテンションを思い出して歌わなきゃって思いました(笑)。

(笑)当時はどんなテンションでした? 20代の終わりくらいですよね。

当時、スウェーデンからメンバーの方が来てくれて、一緒にツアーをまわった時のこととか。〈ライブがすごく楽しい〉って思っていた時のことを思い出して歌いました。

ツアーが終わり、時代は2000年代に入っていきます。

’06年に伊藤ゴローさんと出会ってから、本当の意味で大人になってからの自分を出せてきていると思いますね。とくに近年、『noon moon』(2014)からは、4作連続でほぼ同じメンバーでレコーディングとツアーを行っているので、お互いにとても信頼感があります。だから、ゴローさんもそれぞれのメンバーに、お任せするところはすごくお任せしているし。このバンドが、チームとして熟成された音を出せるようになってきました。このメンバーと一緒だと、やっていてすごく楽しいんですよ。みんなと一緒にセッションというか、毎回ライブごとに変化していく演奏や歌を、その瞬間を楽しむことができるようになってきました。

’07年にデビュー25周年を迎えて、pupaのヴォーカルとしての活動を経て、この5年でより音楽との距離が近くなっている感じですね。

デビュー当時はどちらかというと、自分は女優であるという気持ちが強かったんです。今でも女優の仕事ももちろん楽しいですが、音楽をやると家に戻ってきたような、そんな場所がいつの間にかこのチームの中にあって。それがすごく大きな変化ですよね。チームで一緒に何かを作ってきて、それが積み重なってきて今がある。その時間の中で育ててきたものがあるというのはとても幸せなことだと思います。女優の仕事は、どうしても一期一会なんですよね。

だいたい3か月でチームは解散してしまいますもんね。

撮影中はものすごい結束力ですが、撮影が終わると次に全員が揃うことはまずないから。音楽は、条件が整えば、またみんなでやれるっていう、その心地よさがありますね。ゴローさんも私もここ10年の間に年を重ねた分(笑)、変わった部分もお互いあります。でも、そういう変化も楽しみながら一緒にこられたかなという気がしています。

今年いっぱいは35周年のことだけを考えてやろうと思ってます

今回、アルバムの中ではギターの弾き語りもされてますよね。

25周年の時に、慶一さん、ゴローさんとあるテレビ番組の中で「くちなしの丘」を1番だけ、3人でギターを弾いて歌ったことがありました。今回スタッフの方に、『あんな感じで弾き語りで歌うのが、この曲には一番合うんじゃないかと思う』とアドバイスされて、約3ヶ月間コツコツと練習しました。自分でギター弾きながら歌う時の唄って、メンバーの演奏をバックに歌うのとやっぱり違うんですよね。

まさに自分が歌いたいテンポで自由に弾いてると思います。

気持ち、声、こんなにも違うんだなと思いました。大変でしたが、こういう機会がないと、期限を切ってもらわないと絶対やれないので(笑)、やってよかったです。

これからの未来が見えた曲だったんじゃないかと思ったんですが。

ギターはこれからもやっていけたらいいですね。なかなか道のりは大変そうですけど。でも、今回、毎日本当によく弾きました。気がつくと何時間かずっとやっていて。それはこの「くちなしの丘」という曲を私が大好きだったからだと思います。好きな曲じゃなければできなかったなと思って。どれだけ自分がこの曲が好きかもわかりました。

この曲のどんなところに惹かれてますか?

元々、私はキセルさんの音楽がとても好きでしたが、この曲のデモを最初に聴いた時一目惚れならぬ、ひと聴き惚れをして。何度歌っても飽きないし、どんなコンディションでも、気持ちよく歌える曲です。

もっと弾き語りで歌いたい?

パーティーとかでちょっと弾けたりするといいなって思います。以前、ハナレグミさんが、みんなでご飯を食べてる時に、いつも持っている小型のギターで弾いてくださったことがあって、そのとき心から感動したんですよね。マイクも何もなくても、人をこんなに感動させることができる音楽ってすごいって実感しました。

最後に今後のことをお伺いできますか?

これからツアーもありますし、今年いっぱいは35周年のことだけを考えています。終わった頃にまた次のビジョンやアイディアが生まれて来るかなと思いますね。

『音楽と私』のパート2の予定はないですか? 「最初で最後の気持ちで」とおっしゃっていたのは承知の上で、「シンシア」や「空に抱かれながら」を始め、「愛情物語」「早春物語」「悲しいくらいほんとの話」などなど、まだまだ今の声で聴きたい曲があります。

ありがとうございます。ディレクターさんに伝えておきます(笑)。

「音楽と私」アナログLP発売決定!

2017年8月23日発売
UCJJ-9007 ¥3,600+税

ライブ情報

原田知世 35周年アニバーサリー・ツアー“音楽と私”
9月1日(金) ロームシアター京都 サウスホール
9月23日(土・祝) 山形・シェルターなんようホール(南陽市文化会館)
10月7日(土) 福岡・電気ビルみらいホール
10月14日(土) 広島・東広島芸術文化ホール くらら
11月28日(火) 東京・Bunkamura オーチャードホール

原田知世

出身地 : 長崎市
生年月日 : 1967年11月28日
血液型 : A型
1983年、オーディションで5万7千人の中から選ばれ、映画『時をかける少女』で主演デビュー。
近年は映画『サヨナラCOLOR』『紙屋悦子の青春』『しあわせのパン』、NHK連続テレビ小説『おひさま』、NHKドラマ『紙の月』、NHK特集ドラマ『途中下車』、CBCドラマ『三つの月』、WOWOW連続ドラマ『海に降る』、NHKドラマ10『運命に、似た恋』など数々の話題作に出演。
歌手としてもデビュー当時からコンスタントにアルバムを発表。1990年以降は、鈴木慶一、トーレ・ヨハンソンを迎えてのアルバム制作、それに伴うオール・スウェディッシュ・メンバーとの国内ツアーなどで、新たリスナーを獲得。
2007年、プロデューサーに伊藤ゴローを迎え、アルバム『music & me』、2009年『eyja』、 2014年『noon moon』、2015年『恋愛小説』、2016年『恋愛小説 2~若葉のころ』を発表。高橋幸宏らと結成したバンド pupa(ピューパ)にも在籍。
そのほか、ドキュメンタリー番組等ナレーションを担当するなど幅広く活動している。
オフィシャルサイトhttp://haradatomoyo.com/

フォトギャラリー

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