Interview

ゆるふわリムーブ ナイーブな感傷をロマンティックに描く、広島産・気鋭の4人組。その軌跡と野望を訊いた

ゆるふわリムーブ ナイーブな感傷をロマンティックに描く、広島産・気鋭の4人組。その軌跡と野望を訊いた

地元・広島では、すでに企業のCMに楽曲が起用されたり、人気FM番組のエンディングテーマを担当したり、と大いに注目を集めている4人組だ。ナイーブな感傷をロマンティックなメロディに乗せ、颯爽としたギターロックで聴かせてくれる。もっとも、届けられた最新作『芽生』では、その名の通り、さらなるサウンドの広がりも感じさせて、いよいよ期待が高まる仕上がりだ。
ここでは、バンドのこれまでの足取りと現在の心境、そして未来へ向けての意欲をメンバー全員に聞いた。

取材・文 / 兼田達矢 撮影 / 鈴木圭


まず思ったのは曲の感じがあまり広島にはいない感じだなということでした

網谷直樹(VO&G)

ゆるふわリムーブは、どんなふうに始まったバンドですか。

網谷 最初は、僕が大学のサークルの定期演奏会に出るためだけに作ったバンドなんです。コピー・バンドでもしようかという感じで、バンド名も「バンド名診断」というアプリで決めたんですよ(笑)。そのアプリに僕の名前を入れると、「ゆるふわリムーブ」というのが出てきたんです。ゆるふわをリムーブする、つまり取り除くというのは面白いなと思って、それに決めていざ定期演奏会に出るとなったところでオリジナルを作りたくなってしまって、それで定期演奏会でもオリジナルをやって、サークル外でも活動するようになって、その後何度かメンバーチェンジがあったんですけど、今年の1月に本田が入っていまのメンバーになりました。

加入した順番に聞いていきますが、高宮さんが入る時にはゆるふわリムーブというバンドに対してはどういう印象を持っていたんですか。

高宮 別のバンドをやってるときに、当時のゆるふわリムーブと同じイベントに出演する機会があって、まず思ったのは曲の感じがあまり広島にはいない感じだなということでした。それで、YouTubeで曲をチェックしたりしてたんですけど、当時ゆるふわリムーブでドラム叩いてた女の子がたまたま僕と友達で、彼女が抜けることになったときに「蘭真がやれば?」という話になって、僕としてもできるなら入りたいなと思ってたので、入ることに決めました。

「広島にはいない感じ」というのはどういう感じでしょうか。

高宮 当時の広島はどちらかというとウルサイ系というか、そういうジャンルのバンドが多かったんですよね。いまの僕らがやってるようなポップな感じというか、そういう音楽をやってるバンドが当時の広島では珍しかったんで、それでずっと興味を持ってたんです。

高宮さんの次に加入した久保さんは、どういう印象を持って、このバンドに加わったんですか。

久保 僕も元々違うバンドをやってて、初めて対バンしたときに、最初名前だけ聞いて女の子3人組のユニットとか、そういうイメージだったのが、実際に見てみたらボーカルは背が高くて、音楽もかっこよかったんで、そのギャップがすごく印象に残りましたね。

本田さんが加入するときにはどういう印象だったんですか。

本田 僕は元々、久保と友達だったんでこのバンドの活動の状況とかを相談されてたんですけど、僕自身はライブハウスで働く予定だったんです。でも、そのライブハウスがうまくいっていないということで就職先が決まらなくてどうしようかなと思ってた時期に誘われたんです。もちろん、曲は好きだったし、正直に言うと“ベースが良くなればもっとかっこよくなるのに”と思ってたので、誘われたのはラッキー!という感じでした。

本田智志(B)

網谷さんは、このバンドを始める以前にオリジナル曲を作ったことはあったんですか。

網谷 バンドで作ったのが、ほぼ最初ですね。バンドの前に弾き語りをちょっとやってて、その時期に1コーラスくらい作ったりはしてたんですが、フルで曲を作ったのはバンドになってからです。で、その最初の頃に、作った曲を「いいね」と言われたので、調子に乗ってどんどん作るようになっていったんです。

高宮さんが指摘した「広島にはあまり感じ」というのは意識したものですか。

網谷 いつも思ったことを詞にしてて、恋愛系の歌詞が多いんですが、そのことは意識していると言えばしてるかもしれないです。でも、逆に言うと、そういう歌詞しか書いたことがなくて、僕の意識の中ではそういうことが占めてる割合が多いのかもしれないですね(笑)。

おそらくは、そういう歌詞の内容がよく聞こえてくるし、メロディックなサウンドというのも「あまりいない感じ」だったんだと思いますが、そうしたことは意識していましたか。

網谷 逆に、僕は高宮が言ってたウルサイ系というか、ラウドな曲は作れないんです。いままで聴いてきた曲も、そういう激しいサウンドは通ってきてないので、自分のなかの引き出しにはないんじゃないかと思います。

とすると、網谷さんは、広島では、あるいはその世代は、突然変異種の才能ということになりますか。

網谷 よく言われます、珍しいねって(笑)。歌モノのバンドがないわけじゃないんですけど、なぜか続けられないことが多いみたいで、結果的に僕らは珍しいということみたいですね。

そういう状況だと、例えばライブハウスでブッキングしてもらうときに対バン相手がなかなかいなくて、それで苦労するというようなことはないですか。

網谷 いや、逆に県外から僕らみたいなタイプのバンドが来ると、そこに呼んでもらえたりするんですよ。

では、広島でライブをやってて、“自分たちだけは浮いてるなあ”というようなことを感じることはなかったですか。

網谷 そうですね。

ところで、本田さんから「就職が決まらないタイミングで誘われてラッキー」という話がありましたが、今回のようにCDをリリースしたりして、いわゆる「音楽で食べていく」という状況になっていますよね。これは望むところだったんですか。

網谷 いや、最初はこんなことは全然考えていなくて、大学のサークルの活動でやるくらいのつもりだったので、最初のEPを出したときも、自分たちとしてはなんか呆気にとられてましたね(笑)。

高宮 (笑)、僕が入って、もう1枚EPを出して、その後にタワーのFIRE STARTERというレーベルからワンコインシングルを出して、それが9日で売り切れたんですね。それくらいから何かが変わったというか、“よし!やってやるぞ!”みたいな感じに自然となっていった感じですね。で、僕の感覚では、その後もメンバーチェンジがあったりしたんですけど、この4人になったところでやっと本腰入れてというか、しっかりがんばろうという感じになったような気がします。

久保 僕はそもそもギターで音楽の仕事に携わりたいと思ってて、でも前にやってたバンドではそれは難しいなと感じてやめたんですけど、そのタイミングでちょうど網谷に誘われたんです。で、広島という枠で考えたら、このゆるふわリムーブというバンドはそういう道が開けるバンドじゃないかなと思ったんですよね。だから、その後どんどん活動が広がっていったときに“見る目はあったんだな”と思いました(笑)。

1 2 >