黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 5

Interview

ドラクエ堀井雄二氏(上)知られざる幼少期、マンガの神々

ドラクエ堀井雄二氏(上)知られざる幼少期、マンガの神々

死ぬ気はなかった・・・(笑)

76年にオートバイで事故を起こされて、内臓破裂の重傷ということでしたが……。

堀井 4年生のときですね。125ccのバイクに乗っていたんですけど、左折車に巻き込まれてガードレールに激突して。死にかけましたけど、なんとか命を取り留めました。

そういう大きな事故に遭うと死生観が変わるとよくいいますけど、何かそれで気持ちに変化はありませんでしたか? 

堀井 いや、全然死ぬ気はなかったんで(笑)。

アハハハ、全然大丈夫みたいな感じですか?

堀井 正直、九死に一生を得たっていう意識はまったくなかったですね。なんか転んじゃったなあ…くらいです。だから、死ぬ気が全然しなくて。実は危なかったっていうのは後から聞きましたけどね。で、結局2カ月くらい入院しまして、あとはちょっと休養で半年くらい淡路島に帰っていたんですよ。それもあって(卒業まで)6年かかったんですよね。

先ほど、在学中からフリーライターとしてやっていけるんじゃないかと思っていたとおっしゃっていましたが、すでにかなり仕事はあったんですか?

堀井 そうですね。療養が終わって東京に戻ってきて。5年生になっちゃったんですけど、いろいろまた仕事をやっていましたね。当時は放送作家みたいなこともしていました。

テレビですか。どんな番組だったんですか?

堀井 ワニブックスで『いたずら魔』っていう本を書いたんですよ。それをテレビ局の人が見たらしくて、桂三枝(現・桂文枝)さんの『いたずらカメラだ!大成功』っていう番組のアイディア出しをしてくれないか、みたいな話が来まして。

その『いたずら魔』はかなり売れたんですよね?

堀井 けっこう売れましたね。確か20万部くらいだったかな? 印税契約だったので報酬はみんなで分けました。


続きは第2回インタビュー
(6月19日(月)公開)

著者プロフィール:黒川文雄【インタビュー取材】

くろかわ・ふみお
1960年、東京都生まれ。音楽ビジネス、ギャガにて映画・映像ビジネス、セガ、デジキューブ、コナミDEにてゲームソフトビジネス、デックスエンタテインメント、NHN Japan(現LINE・NHN PlayArt)にてオンラインゲームコンテンツ、そしてブシロードにてカードゲームビジネスなどエンタテインメントビジネスとコンテンツの表と裏を知りつくすメディアコンテンツ研究家。コラム執筆家。アドバイザー・顧問。黒川メディアコンテンツ研究所・所長。株式会社ジェミニエンタテインメント代表。
黒川塾主宰。ゲームコンテンツ、映像コンテンツなどプロデュース作多数。

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