音楽、映画、ゲームなどを総称するエンタテインメントは、人類の歴史とともに生まれ、時代に愛され、変化と進化を遂げてきました。 そこには、それらを創り、育て、成熟へ導いた情熱に溢れた人々がいます。この偉人であり、異人たちにフォーカスしインタビュー形式で紹介するエンタメ異人伝。 今回のゲストは、日本国内だけでなく、アメリカなど海外からも高い評価を受けている『Downwell』の開発者、インディー・ゲームクリエイターのもっぴんこと麓 旺二郎氏です。 世界中から注目を受けているもっぴん氏がなぜインディーゲーム開発を行うことになったのか、影響を受けたゲーム、尊敬しているクリエイターなど、制作にまつわる様々なエピソードから、開発者としての思いまで、たっぷりと語っていただいた。
※本記事は3回にわたってお届けするインタビューの第1回です。
インタビュー取材・文 / 黒川文雄
「もっぴん」ハンドルネームの由来…?
こんにちは、お会いできて光栄です。
まず、最初に確認しておきたいのですが、ハンドルネームの「もっぴん」さんと、お呼びすればいいのか。それとも本名の麓(ふもと)さんとお呼びしたほうがいいのか。ご本人としてはどちらがいいでしょうか。
もっぴん どうしよう……僕としては本名を定着させたかったんですけど、SNSでの名前を「もっぴん」にしたらそれが広まってしまって。いっときSNSの名前も本名に変えたんですけど、でも、本名で呼んでくれる人はほとんどいないんで、もう、あきらめ気味なんですよ。だから、「もっぴん」でやっていくべきなのかなって感じです。
「もっぴん」ハンドルネームの由来を聞かせてもらえますか?
もっぴん 僕は本名が麓 旺二郎(ふもと おうじろう)で、大学の頃の親友が僕に付けたアダ名が「ふもぴ」だったんです。でも、そいつは気まぐれなヤツで、ときどき適当なあだ名で呼ぶんです。いろいろな呼び方があったんですけど、そのひとつが「もっぴん」で…。
そうだったんですか。
もっぴん それで、ゲームを作り始めるにあたってツイッターのアカウントを作ることにしたんですけど、その時、既に「ふもぴ」という、本来のあだ名のアカウントは取っていたんですよ。それは、学校の友達なんかとの連絡用にしようと思っていました。
そのアカウントとゲーム開発用には分けたいな…と思っていたので、「新アカウントの名前どうしよう、ほかにどんなあだ名があったっけ?」となって「ああ、『もっぴん』でいいや」みたいな感じです。すごく適当だったんですよ。まさか、定着するなんて思っていなかったですし。

今や、ほぼ世界的に定着しちゃいましたね。
もっぴん 世界的って(笑)。そんな大層なものじゃないと思いますけど。でも、そうですね……海外でも定着気味なのかな? ただ、海外ではわりと本名でも広まっているところはありますね。
海外ではやはり「オウジロウ、元気か?」みたいな感じで、ファーストネームで呼ばれているんですか?
もっぴん そんな感じです。でも、日本のネット上から出てきたインディーゲームや同人ゲームの開発者の人って、あだ名を使っている方が多いですよね。そのあたりは日本と海外の文化の違いなのかなと思うところがあります。いっとき僕が本名にしたいなと言ったとき、「本名を公開して大丈夫なの?」、「ヤバくない?」みたいな感じで言われましたから。
ヤバくはないですよね。もっぴんさんの場合は、どこかにお勤めしているわけでもないし。(笑)
日本のインディー開発者で名前を出さない方って、どこかにお勤めしながら個人制作でやっている方が多いじゃないですか。だから本名を公開しないのかなと僕は思っていましたけどね。
もっぴん そうかもしれないですね、確かに。
では、これからも「もっぴん」でいくと?
もっぴん 日本ではそうですね。
ゲーム原体験「俺はできないけど兄貴は上手だなあ」
なるほど、よく分かりました。ご出身はどちらですか?
もっぴん 出身は香川県です。
10歳から15歳まで、ニュージーランドで暮らしていたということですけど、ゲームの原体験の部分を聞かせてもらえますでしょうか?
もっぴん 一番古いゲームで覚えているのはスーパーファミコンですね。『ドンキーコングカントリー(注1)』などのソフトが家にありました。難しすぎて僕は全然できなかったですけどね。
それで、僕には2歳違いの兄貴がいるんですが、その兄貴がめちゃめちゃゲームをする子供で、いつも後ろから見ていました。「俺はできないけど兄貴は上手だなあ」と。でも、自分でもできるようになったときがあって、「うわ、俺できるじゃん」ってメッチャ感動して。それで、僕もハマっちゃったんです。だから、ここまでゲーム好きになったのは兄貴の影響が一番大きいと思いますね。
注1)『スーパードンキーコング』の欧米でのタイトル