時代を映したポップスの匠たち  vol. 13

Column

時代の流れを変えた吉田拓郎の「結婚しようよ」

時代の流れを変えた吉田拓郎の「結婚しようよ」

吉田拓郎(当時の表記は、よしだたくろう)の「結婚しようよ」は45年前(1972年)の春のヒット曲だった。ぼくの髪の毛が肩まで伸びたら、町の教会で結婚しよう、とうたわれる、フォークのスタンダード中のスタンダードである。

若い人には想像しにくいかもしれないが、1960年代には男性の長髪は、反抗のシンボルとみなされていた。たとえば1960年代前半にデビューしたころのビートルズのマッシュルーム・カットは、いま見ると長髪でも何でもないが、当時は「女みたい」とか「掃除のモップ頭」とか「不潔」とか、さんざん陰口をたたかれたものだ。

しかし1960年代後半には、世界のあちこちからビートルズに倣う若者が登場して、もっと長く髪の毛を伸ばし、もっと大音量のロックを演奏するようになっていた。ファンは演奏会場でサイケデリックな照明を浴び、ときにはマリワナの煙の中で踊り続けた。大人にはそんな若者たちは社会からのはみだし者に見えたが、そのはみだし者が大量に発生したのが60年代後半だった。

おまけにロックの周辺では、ベトナム反戦運動、黒人公民権運動、先住民の権利回復運動、学生や女性や同性愛者の権利主張運動などなど、それまでの権威や制度に異議を申し立てるさまざまな運動が、世界的な規模で起こっていた。それらの運動はロックに影響を及ぼし、ロックもまた運動家たちにも影響を与えていた。長髪は当時の若者たちの風潮を目に見える形でわかりやすく象徴するものとみなされた。

若者たちの反抗運動の高揚は、日本では70年の安保闘争挫折を機に終息に向かっていった。その時代を背景に作られた歌としては、たとえば1975年のバンバンのヒット曲「『いちご白書』をもう一度」がある。その歌の主人公は、就職が決まって髪を切る。いま背景を知らずにそこだけ聞けば、単に気楽な学生が真面目に就職準備する歌ととれなくもない。しかし時代背景を知って聞けば、少しちがう聞き方もできるのではないかと思う。『いちご白書』は60年代のアメリカの学生運動を描いた青春映画である。

ま、そんなわけで、フォークやロックをやっていたミュージシャンの多くは長髪だった。吉田拓郎も例外ではなかった。1970年代の初頭には、60年代とはちがって、長髪は社会に受け入れられはじめていたが、まだ反抗の残り香もあった。そんな髪を伸ばすという行為と、社会への順応を意味する結婚を組み合わせたところが「結婚しようよ」のおもしろさだった。少しノスタルジックな「『いちご白書』をもう一度」にくらべると、この曲は前向きに時代の変化をとらえていたともいえるだろう。長髪が認められたただけでもいいではないかと。

この歌には、「もうすぐ春が」という歌詞が出てくる。文字通りにとれば、歌の季節の設定は冬。「春」を青春期や最盛期という意味にとれば、もう少し幅が広がるが、「お花畑」という言葉もそれに続いて出てくるので、二重の意味で春の到来を待つ歌と言っていいだろう。吉田拓郎はこの歌を発表して半年後の6月に四角佳子と結婚式をあげている。エッセイ集『気ままな絵日記』では彼は、四谷で喧嘩の仲裁に入って怪我をしたとき、介抱してくれた縁で彼女と結ばれ、この歌を作ったと書いている。

この曲は、まずエレック・レコード時代のセカンド・アルバム『人間なんて』で発表された。しかし、権利関係がどうなっていたのか不明だが、この曲のシングルは彼が移籍したCBS・ソニーから発売された。ヴァージョンは同じである。

吉田拓郎のデビュー・アルバム『青春の詩』には、ロック、ソウル、ボサノヴァからアコースティック・ギターの弾き語りまでが、幕の内弁当のように並んでいた。それにくらべると、『人間なんて』は、フォークやカントリー・ロック的な音楽を中心にブルースやリズム&ブルース的な曲を加えた作りで、フォークからジャズ的ボサノヴァまでが同居するデビュー作のような唐突感はない。「結婚しようよ」はその中でも特に緻密なカントリー・ロック・サウンドの曲だ。

クレジットがなく、当事者の記憶の細部が一致しないところがあるが、この曲は加藤和彦が編曲したらしい。加藤和彦はフォーク・クルセダーズを解散した後、ソングライターとしてフォーク系の歌手に作品を提供したり、レコーディングを手伝ったり、ソロ・アルバムを作ったりしていた。ウィキペディアの「結婚しようよ」の記事では、スライド・ギターが加藤和彦、バンジョーとハーモニウム(アコーディオンのようにも聞こえる)が松任谷正隆、ベースが小原礼、ドラムが林立夫とされている。この時期にこんな感覚のスライド・ギターをレコードに残した人は他にいなかった。

加藤和彦がこの時期に作った2枚のアルバム『ぼくのそばにおいでよ』(1970年)と『スーパー・ガス』(1971年)は、サディスティック・ミカ・バンド結成までの助走の時期の作品として軽く見られがちだが、どちらも実験精神にあふれた、注目すべきアルバムだった。『スーパー・ガス』収録のタイトル曲を聞けば、「結婚しようよ」の演奏の編曲が彼だったことはまちがいないと思われる。

文 / 北中正和

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「『いちご白書』をもう一度」(「GOLDEN☆BEST」バンバン+ばんばひろふみ」より)

「ぼくのそばにおいでよ」加藤和彦

「スーパー・ガス」加藤和彦

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