よほど本物の魅力がないと、TVやラジオよりも伝わらない
とにかくあきらめないで、良い音楽を作っていくしか無いよね
今のリスナーたち、音楽を聴く耳は変わってきてるんでしょうか?
私は変わっていないと思う。昔もビートルズには関心を示さなくてもモンキーズに「きゃあ!! 」と叫んだ人たちがいたように、今だってアヴィーチーに涙を流す人もいるし、初音ミクでサイリウム振って興奮してる人もいる。
初音ミクのライヴだけど、あれを見ると、相手は生きていないし、こっちが「ミク!ミク!」叫んでも聞こえてないのに、この熱狂はなんだろう? と思ったのよね。でも、ふっと、「ああ、そうか、ビートルズと同じじゃないか」と思った。ビートルズの来日の時も、まだ社会には理解されなかったけど、初音ミクも「みんな楽しくやろうよ!」ってことで、同じだと思うの。
初音ミクの音楽を作っている人の思いがそこにはあるはずだし、ヴォーカロイドという形をとっていることで、今という乾いた空間も時間も共有できない場では、逆に安心できる対象なのかもしれないと思ったの。作られたアイドルの方がリアルという。
今は洋楽が売れない時代ですが……。
それはそれで仕方がないと思う。だってやっぱり歌詞が何を歌ってるかわからないじゃない。
それを届けてないからダメ?
いいえ、今は届けようがないでしょう。届ける場所もないし。もし私が今ティーンエイジャーだとしたらブルーノ・マーズとかオリー・マーズ、ワン・ダイレクションには親近感が沸いても、ほかはなかなか接点がなくて難しいよね。
ファッション・アイコンとして自己主張してるテイラー・スウィフトならわかるけど、事件ばかり起こしてるジャスティン・ビーバーなんかどこがいいのかわからないもの。
今は相当に尖ってるか、何かキャラクターが立ってないと普通の中高生には届かないんでしょうね?
こんなことを言うのは何だけど、届かないことが当たり前というか、むしろ思うよ。だって言葉もわからないところに共感は生まれにくいもの。
でも中学生だった湯川先生はラジオから流れてきた洋楽に惹かれていったわけじゃないですか?
あの頃は日本に無いものだったからねぇ。ラジオから流れてくる洋楽には贅沢な匂い、豊かな匂い、そして自由があった。一番大きかったのは自由よね、そしてオシャレ感覚。
洋楽は難しいなぁと感じたのは、マイリー・サイラスがスターになってきた頃に、20代の女の子が「ダサい」と言うのを聞いた時。「ああ、もはや洋楽ってダメなのかなぁ」と思ってしまった。
今はみんな日本に来ると原宿へ行って日本のファッションやグッズを可愛い~っていって買うでしょう。それで原宿を歩いてる普通の女の子とマイリーを比べると、マイリーの方が遥かにダサい。ファッション・アイコンにはなれないでしょう。
そういう意味ではテイラーはすごいし、売れて当然ですね。考えればビートルズもエルヴィスも、当時の最先端でファッション・アイコンですものね。
キラキラ輝いてるものがアイコンになるのよ。それがないと貧乏な若い子はお金出さないのよ。
80年代の洋楽シーンはキラキラと全体が輝いていたように思えますが。
そうね。70年代に活躍した人たちも、例えばシカゴのような硬派だったグループがポップになったり、変化していった時代よね。MTV が出てきてマイケル・ジャクソンやマドンナ、シンディ・ローパーというスターが生まれ、キラキラがどんどん出て来て。

マイケル・ジャクソン
『スリラー』
’82年発表
でもその後は徐々にヒップホップ時代がやって来て、カントリーがアメリカでは主流となり、トップ40というチャートが徐々に体を成さなくなってきた。
私がやっていた『全米トップ40』の放送も’86年に終わってしまうのよね。一つの時代が気付かないうちにそこで終わっていた。それでもなんとか今まで食いつないできたけど、80年代から30年たったら、もはやスターが出てこなくなった。
50年代はテレビ、60年代は通信網、80年代にMTVとCD、常にニュー・メディアが生まれ、それと共にスターも生まれたけど、今のストリーミングからスターを生み出すことは難しいでしょう?
次のニュー・メディアを待っているというところだけれど、それって可能性はあるのかしら。少し前にデヴィッド・フォスターと話をしたら、彼の息子たちは「音楽がタダでなんで悪いの?」って言うんだって。
「音楽はタダでは作れないんだよ」っていうと、「ホワイ?」って。デヴィッド・フォスターの家庭でもよ!

ピーター・セテラ
『グローリー・オブ・ラヴ』
’86年発表
これから先、洋楽、さらにその歌詞が日本人リスナーに身近に思ってもらう策はないですか?
策? 策の問題かしらねえ。クリス・ハートが売れる時代だから逆だもんね。外国人が日本の歌を日本語で歌って、初めて「こんなにいい歌が日本にあったのか」と思ったりする時代でしょう?
本来ヒット曲は聴く人のよろこびと涙を誘わなければヒットしないもの。だけど今の状況では、その時だけちょっと刺激的なEDM に代表されるように、情緒的な共感は生まれにくいよね。大衆音楽の歌詞が持っていた「リンゴの唄」のような情緒はないってことよね。
でも、人はそれを常に求めてはいるんだと思う。ツールがないからそれが伝えられない。テレビには番組がないし。FM放送は音楽をブリッジでかけるだけで音楽について語らないし。先日、ニッポン放送で私と萩原健太さんがやった3時間の洋楽特番が好評で、またやってください! と言われたけど、「普段から今ある音楽をどう語れるかが大事ですよ。
ブリッジじゃなくて、音楽を1曲流すのでも、どういう思いを持って語ってくれるかじゃないと届きません。そういうDJを大切に育ててください」ってお話してきたのよ。残念ながら今はそれだけじゃ食べていけないから育たないんでしょうね。
いろんな意味で循環が滞っていて、なかなか出口、希望が見付からないけど、これだけライヴには人が集まる。CD はもうそういう場でのお土産にしかならないかもしれないけど、ライヴやSNS からスターがどうしたら育つか?
テレビやラジオより難しくて、よほど本物の魅力がないと、TV やラジオよりも伝わらないでしょうね。とにかくあきらめないで、良い音楽を作っていくしか無いよね。
インタヴュー・文 / 和田靜香
湯川れい子(ゆかわ・れいこ)
東京都生まれ。昭和35年にジャズ専門誌の『スウィング・ジャーナル』へ投稿して評論活動を始める。ラジオDJとしても活躍する一方で、作詞家としてアン・ルイス「六本木心中」などのヒット曲を送り出す。近年はボランティア活動にも力を入れ、積極的に社会貢献を行なっている。