Column

ライターを目指す貴方へ。音楽について原稿を書いて40年を経た今、思うこと

ライターを目指す貴方へ。音楽について原稿を書いて40年を経た今、思うこと

音楽について原稿を書いて40年以上になるのですが、とりあえずこんだけ続いたということは、誇るべきことなのでしょう。プロというのは需要があってこそです。そうでなければ“自称プロ”に終わってしまう。お仕事をくださる皆様、僕の原稿を読んでくださる皆様、本当にありがとうございます。

原稿を書く上で心がけているのは、ありきたりの手垢がついた表現はなるべく避ける、ということです。「そんなこと、誰でも留意しているんじゃないの?」と言われそうですが、難しいことなんです。ありきたりとわかっていても、その場しのぎには有効だから、ついつい頼ってしまうことが多いのです。

そんな時、僕は踏ん張って、「なんかもっと新鮮な書き方はないのかな」と思案するわけです。で、ちょっと表現にムリがあっても関係なく、「在り来たり」よりはマシじゃないかと踏み出してみます。数日前にもこんなことがありました。ついついプラチナ・チケットという言葉を使いそうになったのです。

でもなんか、「それでは面白くないな、他にないのかな?」と思い、プラチナ以上に希少な金属を調べてみたわけです。すると「パラジウム」と出てきた。その原稿は、「まさにそうなるとプラチナ・チケットどころじゃない。ここでは“パラジウム・チケット”と呼ぶことにしよう」と書いたのでした。このフレ-ズ自体の完成度はマアマアだと認めます。でも、そうやって自分の個性を探っていくのは重要なことなのです。

次に、作品を聴いて評価する場合、気をつけていることがあります。出来るだけ、「納得いく音質で聴く」ことです。僕はオーディオ・マニアほどじゃないですが、音には気は遣っているほうです。

アーティストの人達は、もちろんプロの機材でモニターしながら音楽を作っていきます。その時、彼らの判断を左右したのは、「そのとき鳴っていた音」に他なりません。だったら可能な限り、彼らが聞いて判断した音に近づきたい…。これはごく自然なことです。

大切なのは「低音」でしょう。「低音」が出てないと、音楽は全体の印象として冷たくそっけなく響きます。そうなると好印象にも繋がりづらい。そんな音で聴いて判断してしまっては、アーティストの人達がそもそも意図したものとは関係なく判断を下してしまうことになります。そのあたりは気をつけています。

初めてもらったレギュラー仕事は『ミュージック・マガジン』の悪筆手書き連載『ジャーバラ・ジャーナル』(1980年10月号~)。私を拾ってくださった故・中村とうよう先生は一生の恩人です。

初めて出した単行本『6×9の扉』(ソニー・マガジンズ)。当時『ワッツイン』編集部だったM崎さんに担当して頂きました。ASKAさんが「買って読んだけど面白かった」と褒めてくれた。

ここからは、取材の際に気をつけていることを書きます。インタビューをする時は、もちろん相手のことを下調べします。でも、調べすぎては駄目なのです。相手の情報を持ち過ぎると、それに縛られ、その確認作業のようなインタビュ-になってしまうのです。

巷にはWikipediaなんてものもあり、ヘタすると、まさにそこにある情報の確認をしているうちにタイム・アップになることもあるでしょう。そうならないために、どうすればいいのか? それが新作の取材なら、ともかく一生懸命、ひたすら無心で音を聴いてみることです。そして、「自分が感じたこと」を相手にぶつけてみるのです。「自分が感じたこと」。それはオリジナリティある質問を生み出します。

最近はお会いしてませんが、以前、何度も山下達郎さんにインタビューさせて頂いたことがありました。僕は取材中に、なんとかして達郎さんの口から「へんなこと訊くねぇ~」の一言をもぎ取ろうと努力しました。「へんなこと」、すなわち、他のインタビュアーが訊いてないことだからです。

思えばインタビューほど実力が試される場はありません。事前の備えは(先程も書きましたが)ほどほどでいいんです。重要なのは、咄嗟の応用力でしょう。こちらとしては、自信ある質問をしたとしましょう。しかし相手の反応はそっけなく、答えは一言二言だった。こういう時、なぜ相手は一言二言だったのか、その理由を瞬時に理解し、質問の角度を変え、ふたたび相手にぶつけてみる応用力は重要です。

相手の反応がイマイチだからといって、そこでウッと詰まってしまって、まったく関係ない質問に移ってしまうと、アンケートを取っているような無味乾燥なインタビューになってしまいます。このあたりは場数を踏んで度胸をつけることも重要だったわけです。もちろん僕も、最初から出来たことではありませんでした。

今回は、僕が音楽について文章を書いたり取材したりする際、気をつけてきたことを書いてみました。貴方がもしライター志望なら、ちょぴっとだけ、参考になったかもしれません。そして最後に、もっとも重要なことを書きます。僕がこんなに長くプロの物書きを続けてこれたのは、冒頭にも偉そうに書きましたが、それなりに収入もあったからなんでしょう。

でも正直いって、この職業は他人に勧めづらいです。なぜならギャラ(原稿料)が安いからです。でも『WHAT’s IN? tokyo』さんは(僕の場合『エンタメステーション』時代のほうが思い入れ強いですが)書き手をとても大切にしてくれました。ひとつコラム書くにしても、某新聞社のWebで書くよりギャラは高かったハズです。と、いうわけで…。ありがとう、『WHAT’s IN? tokyo』。そしてさようなら!!

文 / 小貫信昭