横川良明の演劇コラム「本日は休演日」  vol. 39

Column

劇場に来ることが、日常の小さな大冒険になればいい

劇場に来ることが、日常の小さな大冒険になればいい
今月の1本:舞台『ビューティフル・サンデイ』

ライター・横川良明がふれた作品の中から、心に残った1本をチョイス。独断と偏見に基づき、作品の魅力を解説するこのコーナー。
2018年3月からスタートした本連載も今回で最終回です。長らくご愛読くださったみなさま、本当にありがとうございました!

最後の1本は何にしようか迷ったのですが、せっかくですから僕が人生でいちばん大好きな作品を紹介したいと思います。それが、2000年に上演された舞台『ビューティフル・サンデイ』。気の短い男と、調子のいい女と、屈託のないゲイによる三人芝居。僕が死んだらこの舞台のDVDを棺に入れてほしいくらい大好きな作品です。いったい何にそんなに心を掴まれたのか。その魅了を語り尽くします。

ある日曜の朝、3人は出会った

昔から、小さなお話が好きです。特殊能力が出てくるわけでもなければ、宇宙から謎のエイリアンが攻めこんでくることもなく。誰も死なないし、派手な事件も起こらない。どこにでもいる人たちの、どこにでもある日常。だけど、それがどうしようもなくいとおしい。

この『ビューティフル・サンデイ』もそんなお話です。登場人物は3人だけ。ある日曜の朝、男が目を覚ますと、横に知らない女が眠っていた。この女は何者なのか。どうやってこの部屋に入ってきたのか。男と女が揉めているうちに、その部屋に住むもう1人の住人が帰ってくる。彼はゲイで、男の恋人だという。

同性カップルと、1人の女。昨日まで赤の他人だった3人が出会い、ゆっくりと人生の時計が動きはじめる。それだけのお話なのですが、初めて観たとき以来ずっと忘れられず、今も心の小箱に大切にしまっています。この感覚は、演劇を観たというよりも、一夜の不思議な想い出といった方が近いかもしれない。

バーで隣になった、もう名前も出てこないあの人のような。二度と会うことはないけれど、なんだか楽しい想い出としていつまでも心に住まい続け、ふと思い出したときに、ちょっとくすぐったいような気持ちになる、あの感じ。それは、自分が4人目の登場人物として、笑ったり泣いたりする彼ら彼女らと同じ日曜を共に過ごしたからかもしれません。

軽妙な会話劇に秘められた3人の“秘密”

登場人物の説明をしましょう。

女の名前は、三枝ちひろ。区役所で戸籍係の仕事をしています。演じるのは、長野里美。2012年に解散した「第三舞台」の看板女優であり、最近では大河ドラマ『真田丸』で真田信幸(大泉 洋)の正室・こうを演じた人と言えば、演劇になじみのない方でもピンと来るのではないでしょうか。

男の名前は、戸川秋彦。デニーズ荻窪店の店長です。演じるのは、小須田康人。長野同様、「第三舞台」の看板俳優であり、『半沢直樹』『ルーズヴェルト・ゲーム』などテレビドラマでもバイプレイヤーとして存在感を光らせています。

そしてゲイの男は、小笠原浩樹。あだ名はヒロです。演じるのは、堺 雅人。もはや説明不要の国民的俳優ですが、初演時は連続テレビ小説『オードリー』で全国区になる直前。今と変わらない微笑みとキレのいい台詞回し、そして今よりもずっと初々しい愛らしさで、人なつっこいゲイの青年を演じています。

脚本は、『隣の家族は青く見える』『パーフェクトワールド』の中谷まゆみ。演出は、ミュージカル『FACTORY GIRLS〜私が描く物語〜』『フランケンシュタイン』の板垣恭一。映画化もされた『今度は愛妻家』を生み出したゴールデンコンビが最初にタッグを組んだのが、この『ビューティフル・サンデイ』です。

前半は神経質な秋彦とおおらかなちひろのほとんど口喧嘩のようなやりとりで観客を笑わせます。警察に通報しようとする秋彦と、それを止めようとするちひろ。特別何か面白いギャグを言うわけじゃないのに、当意即妙な切り返しや水と油の関係性が絶品で。古い例えで恐縮ですが、『ロングバケーション』の瀬名(木村拓哉)と南(山口智子)の空気感が好きな人にはたまらない、軽妙な会話劇が繰り広げられていきます。

そこからヒロが加わることで、場は一層にぎやかに。明るいちひろと天真爛漫なヒロは秋彦そっちのけで意気投合。つい盛り上がって松任谷由実の「ANNIVERSARY」を高らかに熱唱しはじめる2人に、秋彦はますます頭を痛めます。

そんな前半のノリの良さが効いているからこそ、3人が抱える“秘密”が明らかになる後半がぐっと胸に突き刺さる。『ビューティフル・サンデイ』は、難解な物語も少なくない舞台作品の中で非常に見やすく、構成がシンプルなところも魅力のひとつ。だから、いつ観ても、誰が観ても、心に響くものがあるのです。

独身女性のちひろに重ねる、大人の寂しさ

3人はそれぞれに事情を抱えていますが、37歳になった今、改めて観てみると、ちひろの寂しさにどうしようもなく心が共鳴します。35年間、真面目に生きてきたつもりなのに、気がつけば誰も周りにいない。今、自分が死んだところで泣いてくれる人はいるかもしれないけど、困る人なんて1人もいない。そんな寂しさが、ちひろのマイペースな言動のはしばしに見え隠れします。

寂しさは、嫉妬に化ける。自分より幸せそうな人を見ると腹が立つ。いつの間にかちひろは誰かの幸せを許せない人間になっていました。そして、そんな自分が許せなくて、余計に嫌になる。こんな人にはなりたくないと思っていた人間にどんどん近づいている。そのことが、孤独よりも深く、ちひろを絶望させるのでした。

年をとるほどに、どんどん“寂しい”という言葉が言い出しづらくなります。最近、誰かに寂しいなんて泣きついたことがあるだろうか。20代の頃はもう少し上手に他人に甘えられた気がする。でもこの年になって甘えたところでみっともないだけだし、痛いなんて陰口を叩かれたら、それこそ生きていけない。その結果、特に根っこは変わらないのに、強くなったふりだけがうまくなるのです。

突然、秋彦とヒロの部屋に上がり込んできたちひろは、はたから見ると、とても図々しい女で。でもそれは普段から一生懸命わきまえて生きているちひろが、何の利害関係もない2人にだから見せられるワガママなんだと思うと、できるはずもないのに、手を伸ばして、ちひろのことを抱きしめてあげたくなりました。

同性カップルが演じる、優しいすれ違い

この物語に出てくる3人は、みんな、ちょっとずつ優しくて、ちょっとずつ臆病です。相手を傷つけたくないから嘘をついたり強情を装ったり。愛することも、愛されることも、へたくそな3人が、なんだか自分のことのように見えてくる。初演から20年の時が流れましたが、僕たちが抱える寂しさや生きづらさはさして変わりない気がします。

だからこそ、今観ても『ビューティフル・サンデイ』は苦しいし、優しい。年下の恋人を大切に思う秋彦と、大切にされていることがわかっているからつらいヒロの気持ちが、痛いほど胸に沁みます。

神経質で口うるさい秋彦が、ヒロにだけ見せる不器用な愛情。だけど、当のヒロ自身は、あの堺 雅人らしいにこやかな微笑みの下に覚悟を隠していて。そのすれ違いに、きゅっと心臓が引き絞られます。大好きだから、重荷になりたくない。大好きだから、幸せになってほしい。人を好きになるということは、素直になれなくなることなのかもしれません。いつだって気持ちはあべこべで、大好きな人のことを想うだけで体がバラバラになりそうになる。

恋というより愛で結ばれた2人の関係に、いとしさと、ほんの少し羨ましいなという気持ちがこみ上げるのでした。

演劇にしか使えない魔法が、この作品にはある

僕がこの作品を観たのは、DVDだけ。生で観たことはありません。だけど、それでも人生で最高の1本だと胸を張って紹介できますし、DVDになったからと言って、良さが損なわれているとはまったく思いません。いいものは、DVDになってもいい。今も「第三舞台」の運営母体であった株式会社サードステージのネットショップに行くと売っているので、興味があればぜひお買い求めください。

演出は、とてもシンプル。その中で、とりわけ胸を打つのが、ラストシーンに出てくる星屑の演出です。

「星でも降ってこない限り、君とは別れない」

その言葉が呪いとなって、ずっと足をとられていたちひろ。最後に瞬く星屑は、そんなちひろが前に進めるように秋彦とヒロが唱えた魔法みたいで。演劇っていいなと思うのでした。

たぶん同じことをドラマや映画でやっても、そこまで美しくはならない。とんでもなくまがいものの魔法なんだけど、嘘であることが前提の演劇だからこそ、そのまがいものが本物に見える。こういう場面を観るたびに、僕はやっぱり演劇が好きだなと思うのです。

コロナ禍により、ますます気軽に来てほしいとは言えなくなった演劇の世界。だけど、僕はそもそも演劇を気軽に観てほしいとは思いません。

時間もかかるし、お金もかかる。地方に住む方からすると、往復の交通費や宿泊費もかかりますし、とても気軽なものとは言えません。

むしろ、気軽じゃなくていいです。もっともっと演劇が特別なものになればいい。やっぱり演劇はどこまでいっても非日常だから。お気に入りのアーティストのライブに参戦するように、親友の結婚式に出席するように、劇場に行くことが、その人にとって最高に特別な記念日になればいいと思っています。

チケットをとるのに必死になり、本番の日が近づくたびに胸が弾む。その日はどんな服を着て行こうか。帰りに何を食べようか。気を抜いたら、毎日が同じことの繰り返しになってしまいそうな日常の中で、まるで家を抜け出し舞踏会にやってきたシンデレラみたいに、劇場に行くことが、埃のように降り積もる生活のストレスを全部吹き飛ばす、小さな大冒険になればいい。そう思っています。

その頻度がどれくらいかは、その人次第。週に1度の人もいれば、月に1度の人もいる。半年に1度の人もいれば、年に1度でもいい。でも、少なくともそうやって劇場に行くことが、とっておきのラグジュアリーになれば、人生はきっともっと楽しくなる。

3年間、そう信じて、演劇の楽しさを発信してきました。どれだけ達成できたかはわかりません。ほとんど達成できなかったのかもしれません。だけど、3年間書き続けたコラムを読んで、劇場に行きたいと思ってくれた人が1人でもいたなら、僕はとても幸せです。

3年間、本当にありがとうございました。

また、どこかの劇場でお会いしましょう。

『ビューティフル・サンデイ』

2000年2月上演
作:中谷まゆみ
演出:板垣恭一
出演:長野里美 小須田康人 堺 雅人

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