横川良明の演劇コラム「本日は休演日」  vol. 38

Column

本当の支配者は誰か? 横山 裕が『マシーン日記』で挑んだ正気と狂気の臨界点

本当の支配者は誰か? 横山 裕が『マシーン日記』で挑んだ正気と狂気の臨界点
今月の1本:COCOON PRODUCTION 2021『マシーン日記』

ライター・横川良明がふれた作品の中から、心に残った1本をチョイス。独断と偏見に基づき、作品の魅力を解説するこのコーナー。
今月はCOCOON PRODUCTION 2021『マシーン日記』をピックアップ。狂うほどにいとおしい松尾スズキワールドを語り尽くします。

※今回のコラムでは物語上の核心部分について言及します。内容を知りたくない方は、ご注意ください。

まるでプロレスのようなセックスが淡々と繰り広げられていく

普段はオーソドックスなプロセニアム形式で公演が行われるシアターコクーンが、この日は様子が違っていた。通常、ステージとなるスペースにも階段状の客席が設置され、四方囲み舞台に。場内中央に設えられた舞台は、円で囲むように鉄パイプが何本も突き立てられている。まるでプロレスのリングみたいだ。そして、舞台上ではプロレス技のようなセックスが繰り広げられていく。

1、2、3……。カウントをとるように、横山 裕が腰を振る。そして、また別の体位にチェンジして、1、2、3……と腰を振る。

観客はただそれを観るしかない。それは歓声渦巻く後楽園ホールのようにも思えるし、襖の隙間から覗き見た野蛮な情事にも見える。奇妙な背徳感が、観客を共犯にする。『マシーン日記』は、そんな作品だった。

舞台は、ある町工場「ツジヨシ兄弟電業」。兄・アキトシ(大倉孝二)が社長を務め、切り盛りしている。妻のサチコ(森川 葵)も従業員の一人だ。弟のミチオ(横山 裕)はというと、離れのプレハブ小屋で鎖につながれている。弟をここに閉じ込めたのは、兄のアキトシ。ミチオはかつてサチコを強姦したことがあるらしい。その制裁として足を鎖でつながれ、アキトシはサチコを娶った。

ひと筋縄ではいかない、複雑すぎる相関図に、さらに厄介な人物がまぎれこんでくる。それが、新しく町工場で働くことになったパートのケイコ(秋山菜津子)だ。ケイコはサチコの中学時代の恩師で、いじめられていたサチコを救ってくれたのだという。だが、再会を喜ぶサチコをよそに、ケイコは鎖でつながれたミチオの存在に興味を抱く。そして、ある夜、こっそりプレハブ小屋に忍び込んだケイコは、ミチオと激しくまぐわうのだった。

なぜケイコはミチオのマシーンになったのだろうか

松尾スズキらしいエロとバイオレンスが交錯する世界。4人の間で交わされる感情に名前をつけるのは、ひどく難しい。アキトシは、ミチオをプレハブ小屋に監禁し、妻のサチコには定期的に暴力をふるう。彼の中に巣食っているのは、支配欲だろうか。他人を征服したい。思いどおりにしたい。アキトシはこの町工場で小さな王様となって君臨する。

けれど、裏を返せば、アキトシはそうやって他者を支配することでしか、自分の存在を肯定できない人間だということだ。生まれつき六本指があるアキトシは、他者から奇異の目を浴びることが多かった。どんなに頑張ろうとしても、六本指というだけで嘲笑われた。だからアキトシは外の世界を遮断し、小さな王国の王様になる道を選んだ。そうするしかなかったのだろう。

妻のサチコも、いびつだ。ずっといじめられてきたサチコは、自分がスポットライトを浴びることなんてないと思って生きてきた。けれどその一方で、自分も『オズの魔法使い』のドロシーのようになれるかもしれないと、ひそかなヒロイン願望を育んできた。サチコがアキトシから暴力を受けてなお離れられないのは、拳の雨が降り注いでいる時間だけは、自分が主人公になれていると思えるからかもしれない。不幸になればなるほど、彼女は幸福を覚える。

しかもその姿が痛々しいから、余計に周囲の攻撃本能を刺激する。ミチオも、サチコといるとつい声を荒げてしまう。それは、哀れだからだ。一生懸命幸せになろうとして、自分からジョーカーを選びに行っているようなサチコの生き方に、その無様さに、自分を見てしまうことが怖くて、目を背ける。

一方で、ケイコの本心はまるでよくわからない。「聖職者」とどれだけ称えられても、いじめられっ子を何人救っても、給料には反映されない。その割り切れなさに嫌気がさして、教師を辞め、この町工場にやってきたのだという。

仕事覚えも段取りもいいケイコは、見るからに有能だ。ツジヨシ家にはない、大卒の血も流れている。まるでプロレスラーのようなメイクを施されたケイコはたくましく、腕力も強い。そのために辛酸を舐めた過去もあるが、現時点のケイコはもうそれに過剰に拘泥しているようには見えない。むしろその男顔負けの腕っぷしで、ケイコは被支配者の立場から自力で脱したようにも見える。

だからこそ、被支配者の立場になりたかったのだろうか。ケイコはミチオに、「あんたのマシーンになる」と宣言する。なぜケイコは、一生惚れそうにもない男だと言い切ったミチオに組み伏されることを望んだのか。今の夫も、どうしようもないクズだという。強くて有能だからこそ、ケイコは弱くて愚かな男に惹かれるのか。

ちゃんと数字で割り切れるものを愛するケイコは、セックスチェックで引っかかるような自分を、最も憎んでいたのかもしれない。自分自身は、男か女かさえはっきりしない。そんな割り切れない自分を女にしてくれるのが、弱い男だったのだろうか。それとも機械を直すことが得意なミチオに、自分の抱えている欠損を修理してほしかったのだろうか。ケイコとミチオの歪んだ関係は、観客の想像を何重にも膨らませる。

ミチオの凡庸さがブラックホールのようだった

今回の『マシーン日記』では、ケイコに服従を誓われるミチオの存在が柱となる。台詞の端々で彩り豊かに浮かび上がってくる残りの3人の濃いバックボーンに対し、中心となるミチオはそれほど多くを語られない。はっきりわかるのは、学生の頃は集団から浮いていたこと。そして、狭いプレハブ小屋に閉じ込められた今は、修理した電化製品に盗聴器を仕込み、そこから町の人の生活を盗聴することだけが楽しみの人間であるということぐらいだ。

六本指のアキトシや、無邪気に他者に依存するサチコ、セックスチェックで引っかかるケイコに比べたら、凡庸だ。でもその凡庸さがブラックホールとなって周りをどんどん吸い込んでいく。

アキトシは、五体満足の弟を支配することで、自分を保てた。集団社会を恐れるミチオは、アキトシに支配されることで、自分だけの楽園に隠れていられた。ふたりの関係は、支配/被支配という名の共依存だったんだと思う。

そんなミチオを連れて、サチコは虹の彼方に行こうとした。けれど、ミチオはそれを望まなかった。なぜなら、サチコはミチオに依存するばかりで、ミチオを支配してくれなかったから。

代わりにミチオをプレハブ小屋から強制的に叩き出したのは、ケイコだった。ケイコは、ミチオのマシーンだ。ミチオから支配される存在だ。だが、その強靭な腕力によって、ミチオを支配もしている。だから、ミチオはケイコの命令に従えた。宿主をアキトシからケイコに乗り換えたのだ。ミチオは恐怖に支配されることで生を得られる。

横山 裕のミチオは、囚人でもあり聖人でもあった

松尾スズキの描く、歪んで、狂った関係を、ポップに、クレイジーに、演出の大根 仁は舞台上に創出した。プロレスに見立てた演出、歯車や昇降式のフロアなど町工場の設定を生かした舞台美術など、どれもよく遊びが効いている。FANZA、皿まわしといった小ネタもふんだんに盛り込み、ディープでハードな松尾スズキの世界の間口を広げた。

いつものように飄々としながら底知れぬ恐ろしさで観客を震え上がらせた大倉孝二、メーターの振り切れた演技でサチコの無邪気な痛々しさを体現した森川 葵、まったく本心の読み取れない無感情のケイコに愛せる余白をつくり出した秋山菜津子と、役者陣もそれぞれ気を吐いていて、少数精鋭の舞台の醍醐味が存分に味わえる。

その中で中心に立つ横山 裕は、大根 仁本人のオファーでキャスティングされたと聞くが、たしかにこのミチオは横山にしかなし得ないものがあったと思う。作業着姿のミチオは、色素の薄い横山が演じることで、囚人のようにも見えれば、無力な聖人にも見えた。その佇まいは、そこはかとなく狂気をたたえていて、突然火花を散らしてショートしそうな危うさがある。しかし、それでいてミチオ自身は一向に狂えない。他の3人がどんどん狂い出していくなかで、ミチオ自身は正気の世界にとどまり続ける。そんな狂えそうで狂えない、正気と狂気の臨界点を、横山 裕が見せてくれた。

クライマックスが近づくにつれ、事態はどんどん凄惨を極めていく。血が噴き出し、叫び声が上がるほど、役者たちは輝きを増し、観客は細胞が躍るのを止められない。最後は狂気の炎に包まれ、火あぶりにされながら、不思議な高揚感で全身が満たされる。

この不謹慎な快感は、演劇ならではだ。だけど、いちばん狂っているのは、客席という安全圏で愉楽を貪る、見えない観客の私たちかもしれない。

COCOON PRODUCTION 2021『マシーン日記』

東京公演:2021年2月6日(土)~2月27日(土)Bunkamuraシアターコクーン
京都公演:2021年3月5日(金)~3月15日(月)ロームシアター京都 メインホール

作:松尾スズキ
演出:大根 仁
音楽:岩寺基晴、江島啓一、岡崎英美、草刈愛美(サカナクション)

出演:
横山 裕、大倉孝二、森川 葵、秋山菜津子

オフィシャルサイト

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