STAGE SIDE STORY〜エンタメライター 片桐ユウのきまぐれ手帖〜  vol. 11

Column

vol.11 出会う、つながる、つなげる

vol.11 出会う、つながる、つなげる

演劇、舞台をメインに執筆しているライターの片桐ユウが、芝居やエンターテインメント全般に思うことを綴っていくコラム。作品は人に様々な感情をもたらすもの。その理由やルーツを訪ねて飛び回ってみたり、気になった場所を覗き込んでみたり、時には深堀りしてみたら、さらに新しい気づきがあるかもしれない。“エンタメ”とのコミュニケーションで生まれるものを、なるべく優しく大切に。

今号は2020年に力をもらったエンタメ作品を一挙にご紹介。


「何事も はじめは 進歩的だろう?……古くなるまでは。」
──マシュー・カスバート/『アンという名の少女』(4)「若さとは強情なもの」より

春には、夏頃には、秋口には、冬迄には……と希望を託して「今」を耐えていたハズだが、とうとう一巡してしまった。 それでも、【vol.4】の冒頭で触れたことの繰り返しのようになるけれど、どんな状況でも流れている時間は同じ。いつだって一日は約24時間、一年は大体365日だ。

その時間を、言ってみれば人生を、どこでどうやって使っていくのか。
それはどんな時にも変わらない、いやどんな場合でも考えて考えて、自分自身が納得できるような時間の使い方をしていくことが、生きるということなのだろうと思う。

2020年は、誰もがCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の影響でぐにゃぐにゃにされた生活の中から、それでも何かを見いだして、どうにか先へ進もうとした日々だった気がしている。

とは言いつつ、考える暇もないほど毎日が大変であったり、苦しかったりする人だって多い。随分と呑気なことを言っていると思われても仕方ないが、私個人の1年を振り返ると、この連載を始めさせてもらえたことがとても有り難かった。その時々に向き合ったものの「良さ」について書き綴ることで前向きな気持ちを失わずにいられたし、様々な発見があった。

とりわけ、この状況下で大きかったのは「生」の観劇と「配信」の演劇、それぞれの良さにフォーカスできたことである。

「いつでも」「どこでも」と「いまだけ」「ここだけ」というシチュエーションは“両立”できるものではないが、“共存”はできるものだと感じられた。
エンタメに限らず、人は「いつでも」の便利さと「いまだけ」の特別さの間で、いつもゆらゆら揺れているのだと思う。きっとこの揺れは止まらなくて、それぞれの生活や好みに合わせて振り幅が変わっていくものなのだろう。

「いつでも」という安心感は人類が求めて研究してきた文明だし、「いまだけ」という限定感は本能を満足させて文化を発展させてきた。どちらも大事なことなのだ。

全ては全てが完璧なバランスで完成されているわけではない。一つひとつを眺め回してチェックすれば、どこかしらは欠けている不完全なものだ。
だから、一人ひとりが多種多様なものを好きなように選び取り、組み合わせていって、自分自身が満足できるパーフェクト・スタイルを作り上げようとするのではないだろうか。

演劇も「配信」をひとつの場として視野に入れたことで、今後はバランスを探りながら“演劇界”としてまた新たなスタイルを目指していくだろうし、“エンタメ界”も同様だろう。そして、それを受け取る側の人間も然り。

私も様々なカタチのエンタメに触れ、それらが不思議に結び付いていく驚きと喜びを得た1年となった。

以下、ごく一部とはなるが、この1年間の中でパワーをもらった作品を挙げていきたい。

まず1月に観劇した、リアルファイティング『はじめの一歩』The Glorious Stage!!(1月31日~2月9日/品川プリンスホテル ステラボール)。
森川ジョージの人気連載漫画『はじめの一歩』を、アニメで一歩の声を演じていた喜安浩平が手掛けたという、胸アツの初舞台化作品だ。幕之内一歩 役・後藤恭路をはじめ、宮田一郎 役・滝澤 諒、千堂武士 役・松田 凌らが肉体改造に取り組み、素晴らしい筋肉と気迫の試合展開で“本気の汗”を見せつけたステージだった。
オープニングの高まり、ジャブが空気を切り裂く音。「“生”の舞台だからこそ」だと震えて、当時は今の状況がやってくるとは夢にも思わず「ぜひ劇場で見て欲しい!」と周囲に言い回っていた。

舞台『弱虫ペダル』新インターハイ篇FINAL~POWER OF BIKE~(2月21日~23日/天王洲 銀河劇場、2月27日~29日/大阪メルパルクホール)も同じく、「“生”で体感する楽しさ」を存分に感じた作品である。
力の限りにペダルを回してスロープを駆け登っていく選手たちの必死な姿と、全力で走りきった直後、達成感に微笑む一瞬の表情に胸を打たれた。“ペダステ”シリーズの14作目。長い歴史を持つ人気作となったが、変わらない熱と更新され続けていく魅力を証明してくれた。

“ペダステ”は15作目の舞台『弱虫ペダル』SPARE BIKE篇~Heroes~が7月上演として発表されていたのだが、新型コロナウイルス感染症の影響を受けて中止に。
その他にも、予定されていた数々の舞台作品やライブが中止となった。日本のエンタメ界で言うと、3月頃から大きな混沌と苦難の時期に入ったように思う。

取材仕事も次々に中止となったが、そんな自粛期間の最中に視聴したナショナル・シアター・ライブ『フランケンシュタイン』(現地時間4月30日より2週間限定公開)の衝撃は忘れられない。
「英語」の字幕を付けて視聴し、次は「自動翻訳」の字幕を付けてより細かく意味を把握。そして今後は字幕ナシで鑑賞する……ということを、ベネディクト・カンバーバッチとジョニー・リー・ミラーが博士役とクリーチャー役を入れ替わりで演じた2バージョンで繰り返した。実際の観劇やシアター鑑賞ではなかなか出来ない贅沢な見方である。

もちろん、オンタイムでライブを視聴する「限定感」の喜びを感じた配信もある。 6月17日~21日の5日間に渡って生配信された無観客ライブによるリーディングシアター『緋色の研究』、そして9月26日にオンライン開催された『氣志團万博2020~家でYEAH!!』などからは、“生”の熱気を画面越しにも届けようという気概が伝わってきた。

『緋色の研究』の配信レポートに備えてコナン・ドイルの原作を読み返したところ、その読みやすさに驚愕したことが、私にとっては大きな出来事だった。以前読んだ時よりずっとスムーズに面白さを感じられるようになった理由のひとつとして、『憂国のモリアーティ』を知ったことによる影響もあったかもしれない。

この機会に“正典”を揃えようと意気込み、リモートワークのために宿泊していたホテルで受け取った「地域共通クーポン」を書籍購入にも使用させてもらった。
その際、シャーロック・ホームズシリーズと合わせて購入したのがL・M・モンゴメリの『赤毛のアン』、マーガレット・アトウッドの『侍女の物語』、junaidaの絵本『の』、それにインタビュー取材で俳優の方々にご紹介いただいた小説や詩集などなど。

『赤毛のアン』は松本侑子による新訳版。アンの紡ぐ言葉は叙情的でリズミカル、風景描写の冷静な足取りとのバランスが心地良い。解説も充実していてファンの間では話題となっていた新訳版だが、私がこの小説をあらためて手にとったキッカケはNHK総合で放送されたドラマ『アンという名の少女』だ。

カナダCBCとNetflixにより共同製作されたドラマシリーズ。NHK総合で放送されたのは3シーズンの内1シーズンのみで、いかにも「to be continue」の場面で終わったために生殺し感が半端なかったのだが、シビアな展開の中で「友情とは?」「男女とは?」「愛とは?」と問いかけてくるテーマがものすごく刺さり、毎話号泣していた。

アンを始めとする登場人物たちは、決してコミュニケーション上手ではない。だが不器用で不慣れであっても、その思いやりは本物だ。心からのいたわりや慈しみは、相手の胸の中に不滅の光となって輝き続けるのだと、信仰心にも似た憧れをアンとグリーン・ゲイブルズの人々に抱いた。

ちなみに『アンという~』の前に同枠で放送されていた韓国tvNによるテレビドラマ『100日の郎君様』にもハマっており、『郎君様』の最終回後も動いていた録画機能が、『アン』とも出会わせてくれた次第である。

『郎君様』では、まんまと「セカンド・リード・シンドローム」に陥り、ヒロインに恋する“二番手”キャラクターのチョン・ジェユンに夢中になっていた。
有能で親切でちょっとお茶目なジェユンなので、私は彼に幸せになって欲しくて仕方がなく、漫画『銀魂』でいうところの“最終回発情期(と書いて“ファイナルファンタジー”と読む)”、すなわち最終回付近になると続々とカップリングが成立する、ドラマや漫画の“あるある現象”がジェユンにも起こってくれるように願っていたのだが、村人たちもヒロインのお父さんさえもお相手と結ばれて幸せになる中、ジェユンは主人公とヒロインの幸せを彼らしく願うのみだった……イイ奴過ぎるよ。

しかし、NHK総合で放送されたバージョンは放送枠内に収めるためにカットされていたそうなので、配信でノーカット版を確認せねばと決意している(ジェユンの見せ場がたくさんありますように)。
さらにジェユンを演じた俳優のキム・ソノ(キム・ソンホ)は、先日最終回を迎えたドラマ『スタートアップ:夢の扉』でもイイ“二番手”っぷりを発揮しているとの噂を耳にしたので、こちらもチェックせねばと意気込み中だ。

……と、俳優から作品へと興味が及んでいくこともあれば、劇場から配信に触れ、配信から映像作品へと興味が広がることもあった。2.5次元ミュージカルから原作漫画を知り、その漫画が原案としている小説を再読したことで小説への興味が深まったり、ドラマから小説へと興味が派生していくこともあった。そこから逆流して、手に入れた小説を読みながら「舞台化するなら、この役は~」という想像も働いた。

散り散りだったものが、自分の中でつながっていく面白さがたまらない。
頭の中ではいつでも自由に旅ができるし、興味に境界線はない。

周りから見ればとてもいびつだろうけれど、私は私のパーフェクト・スタイルを求めて、来年も心のおもむくところを訪ね、掘り下げ、新たな気づきを得ていきたいと思っている。

文 / 片桐ユウ

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