Review

このマンガ“も”もっと読まれてほしい! マンガソムリエが選ぶ、2020年印象に残ったマンガ5選

このマンガ“も”もっと読まれてほしい! マンガソムリエが選ぶ、2020年印象に残ったマンガ5選

年の瀬になり、毎年恒例の各種マンガランキングやアワードが相次いで発表される時期となってきています。
今回は、主だった賞レースでは上位にランクインしていなくても、読むべき人が読めば絶対に刺さるであろう「このマンガも最高なのでもっと読まれて欲しい!」と強く願う秀作を2020年の新作から五つ紹介します。
「王道青春もの」、「心に沁みるBL」、「百合要素のある美少女スポ根」、「ハードSF短編集」、「アラサー・アラフォーの人生に効く読む薬」とそれぞれまったく違うタイプの作品ですが、すべて本気でお薦めです。

文 / 兎来栄寿


鮮やかに奏でられる青春の音色『みかづきマーチ』

第一話を読んだ時、「最高の青春マンガが始まった!」と興奮した作品です。踊るようなカラーがまず目を引いたのですが、この作品の演奏シーンは白黒であっても色鮮やかに感じられるほどで、読んでいて胸が高鳴ります。

ストーリーは母親に言われるがままに何もせずただ勉強ばかりして空っぽの高校生になった主人公の美月が、遂に嫌になり叔母のいる秋田まで家出して転校しマーチングを始めるというもの。

一度躓くと立ち直って進むことが難しく、すぐ泣いてしまう脆い少女として育った美月。しかし、彼女が少しずつ自分を変えていこうと一歩一歩前に進んでいく姿は感動的です。

“10代 20代 30代と生きてきて
本当に心が惹かれる物に出会えたのは3つくらいよ
だから美月…
ドキドキするものに出会ったら
絶対手放しちゃダメ”

という叔母の言葉の後押しがあって、美月はマーチング部に入部することを決めるのですが、この叔母が本当に良いキャラクターで推せます。

過去の自分の経験と照らし合わせて美月のことを決して否定せず、さらっと粋なこともしながら応援してくれる。母親には恵まれなかったものの駆け込める場所と無条件の愛を注いでくれる人がいて、そして新しく打ち込めることを見付けてようやく回り出した美月の人生を応援したくなります。

叔母の店でバイトをしながらマーチングで世界を目指す少年・アキラとの今後の関係の推移も気になるポイントです。

舞台となる秋田の景色も豊かに描かれており、特に秋田県民は必読です。

汗ばむような交情の果てに『潮騒のふたり』

2020年に読んだBLの中でも特にお気に入りの一冊がこちらです。BLではありそれなりに濃いシーンもあるのですが、重厚な人間ドラマを読みたい方であれば男性にもお薦めしたい傑作です。

関西のとある高校に赴任してきた屋敷と、屋敷の8歳年上の先輩教師である比奈岸がこの物語の中心となります。

元々不良で何をやっても続かず途中で抜け出してしまう癖があり、バクチと男が大好きな不良教師である屋敷は、真っ当に生きて生徒からも慕われる比奈岸に対して複雑な感情を抱いていきます。しかし、一見順風満帆な人生を送っているように見える比奈岸は比奈岸で抱えているものもあり、そんな二人が交わって絶対に誰にも口外できない関係性を構築していく様が味わい深いです。

この作品で特に好きなのは、直接的なセリフではなくとある行動によって、奔放に生きる屋敷の中の繊細さが見え隠れするところです。それにより明らかに比奈岸も彼への見る目を変えて心を動かすことになるのですが、そのシーンがマンガとして表現するからこその美しさもあり秀逸です。キャラクターが生きていると感じられる、演出の妙が随所で見られます。

1994年という時代設定が絶妙で、携帯電話がなかった、けれどポケベルはあった頃の人々の繋がり方が今では懐かしく新鮮です。そして、当時は今ほど男性同士の恋愛が世間的に寛容ではなかった時代。そんな禁忌性がまた、物語の味を引き立たせています。

当時はオタクという言葉がまだカタカナで書かれなかった時代で、そんな時代に不登校となっていた女子生徒が好きな作家として長野まゆみ、銀色夏生、栗本 薫を挙げるシーンには郷愁を覚えました。

単行本化される際に50ページ以上加筆された箇所は、この作品の深い読後感をもたらす最大の要因になっています。読み終わった後には居ても立ってもいられない気持ちにさせられました。やがて落ち着くと、夏の花火が彼方に消え落ちた後に僅かに残った、寄せては返す静かな波の音だけが心の中で響き渡ります。

凸凹美少女の関係性×熱血バスケ『つばめティップオフ!』

©ワタヌキヒロヤ/COMICメテオ ©フレックスコミックス

身長190cmであるものの運動が苦手な春野つばめが、先輩である身長150cmの超高校級プレイヤー・秋風アイビスに誘われてバスケットボールを始める、青春バスケ物語です。

凸凹の先輩後輩コンビのキャラが立っており、ふたりの関係性がとても良く、それだけでもうずっと読んでいたくなる作品です。自分にないものを持っている。だから惹かれるし、羨むし、言葉で言い表せない複雑な感情を抱くわけですよね。嗚呼。本音や過去を少しずつ曝け出して深まっていく女の子同士の関係を見守りたい人にもお薦めしたい作品です。

つばめはバスケに関しては未経験ではあるものの、祖母に教わって長らくやっていた茶道の経験が生かされて成長していくのが面白いです。バスケにおいては特にフリースローなどでメンタル面の強さも重要になってくるので、意外な設定ではありますが説得力もあります。

闘争本能を剥き出しにした競技のシーンが描かれる一方で、第一話の一ページ目から『伝灯録』の詩が引用されるなど知性的な面もあり、静と動のコントラストが上手く利いています。

美少女バスケマンガというと少し緩いものを想像してしまうかもしれませんが、バスケ用語もバンバン出てきますし、中身の熱さも本物です。本気で競技に打ち込み、無力さや悔しさを糧に成長していく彼女たちの熱さに滾らせてもらえる、非常に素晴らしい王道スポ根となっています。

『スラムダンク』を読んで庶民シュートやスリーポイントシュートの練習をしていた頃の記憶を思い起こしながら、久しぶりに自分でもバスケットボールを触りたくなりました。

SFの愉しみが濃縮された短編集『物質たちの夢』

想像力を刺激されるSFが好きで、八木ナガハル作品に触れていないのであれば今すぐ買いに行くべきです。

一昨年に発売の『無限大の日々』、そして昨年発売の『惑星の影さすとき』に続く三冊目のSF短編集で、作者が2012年から2015年のコミティア及びコミックマーケットで出した本に掲載されていた作品がまとめて収録されています。過去二冊と並べて「センス・オブ・ワンダーの宝石箱や~!」とでも言いたくなる、優れたSF短編の連なりは読んでいて幸せになれます。

「拝脳教」というサブタイトルひとつ取っても、もうこれだけで面白そうではありませんか。伝統的な哲学の諸問題と結びついた作品も多いです。

「ハサミに宇宙を征服されるようになる話」という概要だけ聞いてもまず想像がつかないでしょうし、その中に登場する「質量4億トンで惑星を切り裂くハサミ」などにはどうしようもなくロマンを掻き立てられます。

統一理論やアフォーダンス理論などについて書かれた、頭が良くなる幕間の解説ページも非常に丁寧で興味深いですが、とりわけ「日本には明治まで科学がなかった」という話から「日本ではSFが売れない、どうすればSFは売れるようになるのか?」というテーマに接続したあとがきは面白い内容でした。

宇宙、世界、無限。こうした単語に惹かれる方はぜひ手に取ってみてください(順番的には、過去の二冊から手を出す方がより楽しめるかもしれません)。

元気な内に読みたい『ひとりでしにたい』

「自分は一生結婚なんてせずこのまま趣味に全力で生きて、将来は孤独に最期を迎えるんだろうなぁ……」と思っている人。
「推しがいれば他はどうでもいい」と思っている人。

そういう人にとってこのマンガは劇薬であり、あるいは地獄に垂らされた蜘蛛の糸でもあります。

35歳のアイドルオタクのヒロインが、かつて憧れだった美しく仕事もできた叔母が「スープ状」になって自宅で孤独死してしまったことを切っ掛けに、自分の死に際と人生について真剣に考えるようになる物語です。

“若い頃「自由」だと思っていたものは
年を取ると「孤独」と「不安」になって
孤独と不安は人を「馬鹿」にしてしまうんだ”

“「大丈夫」……は孤独死の始まりですよ”

など、遠くない未来を想像させながら刺してくるセリフに満ち溢れています。若い頃に当たり前にできることが年を取るとどんなに難しくなるか、なかなか実感が伴わないと考えにくいことですがこの本を読むと上質の予習を行えます。

また、人に比べて少し恵まれた環境で育ったものの、それを特別なことと思わず普通であると思って育ってしまったが故に危機感がなく、無計画で、周囲に対しても無意識にマウントを取るようなことをしてしまう歪さを主人公が持っているところも絶妙です。

親の介護、奨学金の闇、熟年離婚、老後破産etc…
学校では教えてくれない、しかし生きていく上では本当に大事で知っておくべき知識の宝庫です。

今はまだ考えずにいても大丈夫かもしれません。しかし、いつか確実に「その時」は訪れます。主人公の年齢に近いアラサー・アラフォーの人には特に刺さると思いますが、可能であれば10代・20代からでも読んで備えておくべきです。

日本の人口は減る一途ですが、これを読むべき人はこの先の時代どんどん増えていくでしょう。

なお、カレー沢 薫作品なので猫がかわいいです。かわいい猫や推しのために、私たちは今日も知識という武器を手に取って「めんどうくさい」という感情を払拭しながら戦わねばなりません。