オトナに響くストーリーマンガ  vol. 12

Review

2020年をマンガで振り返り! 頭の中ではるか遠くへ「アウトドア」編

2020年をマンガで振り返り! 頭の中ではるか遠くへ「アウトドア」編

コロナでステイホーム推奨の世の中になった。でもだからこそアウトドアに憧れる、それがひとまず人情というものだろう。この連載の最終回にあたる本稿ではこの1年で印象的だったマンガを振り返り、「アウトドア」をキーワードに作品を選んでみた。「インドア」をテーマにセレクトした前回と合わせてぜひ。

2020年をマンガで振り返り! ステイホーム期間を見つめなおす「インドア」編

2020年をマンガで振り返り! ステイホーム期間を見つめなおす「インドア」編

2020.12.11

文 / 永田 希


時空を旅する、現代古典のコミカライズ――『高丘親王航海記』

マルキ・ド・サド『悪徳の栄え』やバタイユの翻訳紹介で知られるフランス文学者の澁澤龍彦の同名小説のコミカライズ。文学のみならず、日本を含む東洋の文物をも広く知的好奇心の対象としていた渋澤は、平安時代初期に生き、天竺(インド)を目指して海を渡った高岳親王を主人公とする、虚実入り交じる冒険譚を描き出した。

1000年以上もの時を隔てた世界がどのようなものであったのか、単に実証的にリアルに再現することを澁澤は避けている。澁澤の生きた20世紀の「現代」から眺めて、面白そうなものを詰め込んでみたというのが原作小説だ。なにしろ「イメージ」「アナクロニズム」といった、平安時代にあるわけのない言葉が使われている。人語を話すジュゴン、半鳥半人の女、など現実にはありえないキャラクターも登場し主人公の高丘親王を驚かせる。

コミカライズを手がけるのは、『見晴らしガ丘にて』の近藤ようこ。これまでもオリジナルに加えて、折口信夫や夏目漱石、坂口安吾ら近現代文学者原作の小説をコミカライズしてきた。本作でも、近藤らしい簡潔な線によるエロティシズム、不思議であったり不穏であったり、とぼけた感じが活かされている。

巻末に付された解説を担当する面々も第1巻はフランス文学者の巖谷國士、第2巻は文芸評論家の東雅夫と豪華だ。リアルな旅行が憚られる現在だからこそ、博物学と幻想の旅に出てみてはどうだろうか。

現代が崩壊した未来、グレートリセット後の世界を旅する――『望郷太郎』

『デカスロン』『へうげもの』の山田芳裕が描く、ポストアポカリプス世界。

主人公の太郎は世界を股にかける日系グループ企業の御曹司であり、自らも若き社長として、中東のイランで辣腕をふるっていた。しかし人類を襲う大寒波を前に、太郎は家族とともに避難施設の特注のコールドスリープ装置に入ることを余儀なくされる。装置に入ってから500年後、目覚めた太郎は家族の装置がいずれも停止しており、生き延びたのが自分だけだと悟る。

大寒波により500年前の文明が滅び去り、施設のビルを出た太郎の眼前にはただただ廃墟が広がるばかりだった。途方に暮れた太郎は、ひとまずかつてのシルクロードを東に向かい、故郷に戻ろうと心に決める。しばらく廃墟と無人の荒野を彷徨ってから、太郎は狩猟採集で暮らす人々に出会う。彼らとしばし生活をともにした太郎は、その楽園のような暮らしよりも帰郷の旅を選ぶ。しかしふたたび旅に出た太郎たちを待っていたのは、古代以前の経済を営む村落社会だった。

昨今のコロナ騒ぎによって、現代社会の根幹がさまざまな角度で問い直されている。人々の活発な移動を前提にした商業中心の経済は、現代社会の基盤となるもののひとつだ。外出の自粛が呼びかけられ、外食産業や観光産業に従事する人々は経済的に大きなダメージを負うことになった。ウーバーイーツやZoomをはじめとした新サービスによって自宅に篭れる人々は、運動不足や肥満、外出できないことによるストレスといった不安材料を共有している。

未来世界を描く作品のなかでも人気のポストアポカリプスものというカテゴリーは、大戦争や疫病、自然災害によって人類の現行の文明が崩壊したあとの世界を描く。コロナ騒ぎによって多くの人々は、アポカリプスの到来は非常に大人しく、その過程を生きる人々は変わりゆく環境に適応して生きていくことをなんとなく実感したのではないだろうか。

本作は、大寒波の到来というアポカリプスを経てグローバル社会が崩壊してもなお、人類が経済を再興し、戦争や奴隷制を再建するという未来を描いている。「旅行」というにはあまりに過酷で、せっかく脳内でバカンスを楽しみたいのに……と思われるかもしれないが、何かと閉塞感の立ち込める現在から私たちを自由にしてくれる未来の世界への旅を、ぜひ味わってみることをお勧めしたい。

イギリス海賊(私掠船)と実在の冒険家の旅を可愛く――『ダンピアのおいしい冒険』

敵の国の船団を攻撃し、その積荷や船そのものを奪う許可を国から受けた船を「私掠船」という。現代の感覚からすると、そんなことを国が許可していいのかと思われるかもしれない。しかしそういった許可を得ずに活動する海賊たちを手懐けてその利益を政府が得られるとあらば、当時としてはかなり良いアイデアということだったのだろう。現在でも世界でもっとも広く通用する言語としてイギリス語、つまり英語を普及させることになる大英帝国は、この私掠船を活用した。

植民地支配にもっとも成功した国ともいえる大英帝国は、現在にも多くの深く解決困難な禍根を残している。その暴虐を真摯に告発することには重要な意義がある。日本もまた植民地支配に活路を見いだしていた時代があった。これはこれで現在にまださまざまな禍根を残しており、真摯に向き合う必要があることはいうまでもない。しかし告発や検証の前にまずはどのようなことがあったのかを知らなければならないだろう。

本作は、そんな血塗られた時代、現代の無視できない様々な歪みをまさに作り出していた時代を舞台にしている。人種差別は当たり前で、私掠船の乗務員たちの労働環境は過酷だった。そんな時代の出来事を、あくまで可愛らしくポップに描いた作品だ。
世界言語として英語に次いで普及しているのはスペイン語だ。スペインは大英帝国が世界進出をするまでは世界帝国として名を馳せていた。本作の主人公ダンピアの乗る私掠船も、スペインと大英帝国の対立という緊張関係からは自由ではない。

人類史的に見ても大きな転換期のひとつとされるこの時代、以降の世界を変えていくことになる科学的精神をもったひとりであるダンピアは、持ち前の実証精神で自身が出会う新世界の文物を書き留めていく。

ダンピアたちが書き留めた航海記は、のちの植民地支配のために資料として大いに活用されることになる。いわば、いま外出自粛を要請され、互いを監視している現代のわたしたちがかつて享受していた「移動を前提にしていた経済」の基盤を作っていたのがダンピアたち「冒険家」あるいは「博物学者」だったのだ。

……と、時代背景を考慮して堅苦しく書いてしまったが、本作はあくまでエンターテインメント。リアルに描けばかなりえぐいシーンも、あえて可愛らしくポップに描くことで参入障壁をグッと下げている。高校などの世界史の授業を受けてない人や、復習したい人にも気軽にお勧めできる内容だ。それでいて説明するべきところは丁寧に描かれていて好感が持てる。

濃密な架空世界で天下を狙う――『竜女戦記』

ここまで取り上げた3作品はいずれも、時代や虚実のバランスこそそれぞれ異なってはいるものの、「地球」を舞台にしたものだった。最後に取り上げるのは、中国や日本の歴史を彷彿とさせるものの、明らかに史実でも未来でもない世界を舞台にした作品だ。

『ナチュン』『ムシヌユン』などで異形の生物が登場する作品を描いてきた著者は、生物学の研究から文化人類学の研究に進み、現在も現役の研究者として活躍する顔も持っている。生物学の知識を活かした生態学的な世界を描いてきた著者だが、今回はその奔放な想像力を歴史や伝説の次元に展開し、壮大な東洋的ファンタジー世界を創り出している。

史実の世界でいえば中国帝国から海を渡ってきた竜が、日本を思わせる島国に身を潜めた。本作の物語は、その竜たちの末裔が南北と中央の3地域を分割統治する辺境の国を舞台としている。
本作の主人公は「たか」という。たかは、日本の武将を思わせる領主に仕える武士の妻として暮らしていた。しかしたかの夫が仕えていた領主は、隣国の武将に攻め落とされ、たかは夫ともに故郷を捨て、中央の都へと逃げ落ちる。難民として暮らす困窮のなかで、たかとたかの夫は、奪われた故郷の前領主である勘兵衛から領主の跡を継ぎ天下を取れと唆される。

一方、3匹の竜の末裔たちが緊張関係のうちに微妙なバランスでおさめてきた3地域は、中央の都に座す竜帝家が南の黒竜家と婚姻関係を結び、北方の白竜家に対して大軍による征伐を行おうとしていた。たかたちは、この機に乗じて武勲を立てることになるのか、はたまた? というのが物語の大筋。さらにたかは勘兵衛のほどこした怪しいまじないによって、南方をおさめる黒竜家の姫君の女官の視界を手に入れる。難民から武将そして天下取りへという視点と、3地域の最上位の人々が見る視界とが交差しながら語られることになりそうだ。

竜や鬼、架空の大陸や島々、架空の政治社会情勢を描きながら、作者ならではのニヒリスティックな人間観は健在で、愛憎に悩みながらも翻弄される人間ドラマはリアリティがある。

以上、4作4様の「世界」を紹介してみた。家から一歩も出ないでも外界を旅することはできる。どの世界に旅立つかはあなた次第だ。

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