
2020年8月にメジャーデビューした羊文学が、ニューアルバム『POWERS』をリリースした。現在の編成となった2017年以降、リリースを重ねる度に注目度が上昇し、2019年末に生産限定盤としてリリースした「1999/人間だった」のクリスマスソング「1999」はロングヒット。その勢いはコロナ渦の今年も留まることはなく、メジャー初となる「砂漠のきみへ/ Girls」を配信リリース。オンラインツアーでの全楽曲再現ライブを開催するなど精力的に活動。羊文学の存在にますます注目が集まるなか、繊細にして重厚で雄弁なサウンド、寄り添うように響く透明感のある塩塚モエカの歌とその言葉がさらに磨かれた充実の新作について、おおいに語ってもらった。
取材・文 / 佐野郷子
メンバー同士でコミュニケーションを深める時間が増えた自粛期間
今年の羊文学は全公演がソールドアウトしたワンマンツアーを終えて、2月にEP「ざわめき」をリリース。その後にコロナ渦が世界中を覆いつくしました。
塩塚モエカ 1月31日のリキッドルームのライブ以降に決まっていたライブはほとんど中止になってしまいましたね。「ざわめき」のツアーはリリースより先に場所を取っていたので、そのおかげでツアーができたんですけどね。
河西ゆりか けっこうギリギリだったね。
この春の自粛期間はどう過ごしていましたか?
塩塚 何も出来ないことは分かっていたんだけど、何か出来ないかって週1回くらいはリモートで会議をしていましたね。
ゆりか ほとんどメンバーとスタッフでダベってただけだけど(笑)。
塩塚 Zoomで画面共有して何とか3人で合奏できないかと色々試行錯誤したけど、難しかった。
塩塚さんはソロで「新生音楽MUSIC AT HOME」などにも参加していましたね。
塩塚 そうでした。お家で弾き語りの動画を撮影したんですけど、今までやったことがなかったので自分でも新鮮だったし、私も七尾旅人さんがお家でワンちゃんと歌っている動画を観て感動しました。
あの時期はモチベーションを保つのが難しくなかったですか?
塩塚 家にずっといたのに全然曲が出来なくて。ソロの曲として実験的なつくったりしてみたんですが、メッセージや景色を持った曲は出来なかったですね。
ゆりか 私は自粛期間は趣味をみつけることしかできなかったですね。アニメやゲーム、アクセサリーをつくったり、音楽とは関係ないことをやって気を紛らわせていました。
フクダヒロア バンドでスタジオに入れなかったので、オンライン・ミーティングでライブ配信をどういう内容にするか話し合ったり、メンバー同士でコミュニケーションを深める時間が増えたことはよかった気がします。
塩塚 確かに。皆でZoom飲みもしたよね。
ゆりか したね。最終的に寝ちゃう人もいたけど(笑)。
塩塚 ライブで照明を担当してくれているスタッフが乱入してカオスな状態になったり(笑)、今はちょっと懐かしい気がする。
今までリリースした作品を全曲披露したオンラインツアー
その頃にはメジャーデビューは決まっていたんですか?
ゆりか 1月のツアーの時には確かもう決まっていたのかな。
塩塚 去年までの1年半くらいは事務所に所属しないで自分たちでやっていたので、次に事務所に入るなら一緒にメジャーに行けるといいなとは思っていたけど、何か変わったかというとまだ実感はあまりないですね。嬉しい気持ちもありつつ、着実にやっていきたいし。
8月に都内3ヵ所のライブハウスで開催されたオンラインツアーは、各会場で今までリリースした作品に沿って、異なるセットリストでライブを披露しましたね。
塩塚 色んなライブハウスから配信をやらないかというお話をいただいて、お世話になっているライブハウスの収益にもなって、なるべく沢山の人に観てもらうには全公演1回限りの違う内容にした方がいいんじゃないかとオンラインツアーという形式にしたんです。
それがメジャーデビュー前の羊文学の集大成的なライブにもなりましたね。
塩塚 そうなんですよね。そこで今までの羊文学をまとめられたのはよかったし、コロナでずっと演奏ができなかったので、全曲を演奏してみて自分たちをあらためて見つめ直すきっかけにもなりましたね。
ゆりか ライブの前はめちゃめちゃ練習したよね。
塩塚 配信ライブは間違えたらはっきり分かるし、観てくれる人もどういう環境で観てくれるのか読めないから、しっかり演奏したかったんですよね。スタジオに入って綿密にリハーサルを重ねたことでアルバムのアレンジも固まっていったと思います。
久しぶりに3人で音を出したときの気持ちは?
塩塚 やっぱり、グッときましたね。
フクダ そうだね。
ゆりか うん。感動した。
塩塚 すごく楽しかったし、バンドで一緒にでっかい音を鳴らすのは何にも代えられないなと思いました。

コロナ渦の日常を過ごすうちに変わっていったアルバムのテーマ。
アルバムのレコーディングはいつ頃からスタートしたんですか?
塩塚 8月に配信でリリースした「砂漠のきみへ / Girls」をレコーディングした頃から続いていたんです。GOING STEADYの「銀河鉄道の夜」をカバーするお仕事をいただいたりしたので。EP「ざわめき」を出した後、次はアルバムだなと思っていたので、その間に新曲をつくったり、古い曲を引っ張り出したりはしていました。
アルバム『POWERS』を制作するに当たって、何かしらのテーマはありましたか?
塩塚 テーマはつくっているうちに変わっていきました。コロナ渦に入った頃は、それ以前につくった曲はもう戻ってこない暮らしの中で感じていたことのように思えたんです。「ghost」という曲が出来たとき、これはアルバムの核になる曲になるなと感じて、フィクションをテーマにしようかと考えたんだけど、コロナ渦の日常を過ごすうちに自分の人間性がそれで変わるわけではないし、暮らしも以前とまったく違うというほどでもないと感じるようになってきた。そこで2020年という特別な年のドキュメンタリーという発想が生まれて、今年の羊文学の活動記録という意味でオンラインライブハウスツアーのDVDも付けることになったんです。
2020年という年にアルバムをつくり、発表することの意味は大きかったわけですね。
塩塚 そうですね。ちょうど一人暮らしを始めたタイミングも重なって、色んなことが不安だったし、悩んだり、葛藤したりしたことが歌詞に表れている。それが同じような状況にいる人のお守りや拠り所みたいになればと思って。
自分の中にある尖った感情や瑞々しい気持ちを忘れたくない。
アルバムは羊文学らしい轟音のシューゲイザー・サウンドの「mother」から始まります。この壮大で繊細な曲がなぜ、「mother」なんでしょうか?
塩塚 「mother」は感覚だけでつくった曲なんです。歌詞も考えすぎないで思いのままに書いていったら、それが意外な広がり方をして、海のような大きくて包み込むような感じになったので、その象徴として「mother」というタイトルに。音もシューゲイザーもどきではなく、ちゃんとシューゲを理解して深めた音にしたかった。
続く「Girls」は、歌詞に〈睨み合い黙らない〉とあるように、女子の力強さが目立ちますね。
塩塚 ぶっちぎり女子の曲ですね。当時、付き合っていた人と喧嘩して、ぶち切れて、その勢いだけで曲にしたから。今となってはあれは何だったんだろうと思うけど(笑)。
「変身」では、〈わたしだけが一番可愛くなきゃやだ 両手いっぱいのハッピーをつかんでなきゃ嫌だ〉と欲望を包み隠さず言葉にしながら、同時にエンパワーメント的な歌にもなっていますね。
塩塚 私自身がそういう人間なんです(笑)。年を重ねていくと、自分のわがままや欲望を抑えないといけないんだろうけど、時にはそれをぶちまけることで自分の中にある尖った感情や瑞々しい気持ちに気がつくことがあるし、それを私は忘れたくないから。
何かと気が滅入ることも多々ある現状で、ヴォーカルがいつも以上に強いこの曲の持つエネルギーやメッセージは響きますね。
塩塚 つくったのは去年なんですが、自分でつくっておきながら私自身もコロナ渦でこの曲に励まされました。ヴォーカルに関しては、自分が気持ちのいい声の出し方を分かってきたというのはあるかな。
ゆりか 曲によってヴォーカルが変わるのは、彼女が物語の主人公になりきっているからなのかなと思います。歌の表現力がどんどん上がっている。
塩塚 ただ、パワフルになりすぎてしまう瞬間があるので、そこをうまくコントロールできるようになるのが今後の課題ですね。
「ハロー、ムーン」は、NHK Eテレの学校向けコンテンツ「NHK for School」内の音楽コーナー「ほうかごソングス」に提供した曲ですね。
塩塚 オファーを頂いたのは去年だったんですが、「ほうかごソングス」は面白いアーティストをピックアップされていて、他の方の曲も良かったので気合い入れてつくったんです。「月」を子供向けに説明する曲です。

〈歪んだロックで叫べばいいじゃん〉。ライブで思いきり声を出してほしい。
かと思えば、アイロニカルで脱力感のある「ロックスター」という曲もあるのがこのアルバムの面白さでもある。
塩塚 時々、もうバンドは無理だ、曲もつくれない、人前に立つのもイヤだという気持ちになることがあるんですけど、そういう「もうイヤだ」ソングのうちの1曲ですね。羊文学のなかでは実はスタンダードな曲調だと思っています。
〈ロックスターは知らない場所で今日も 本当は怖いよって泣いている〉というモデルはいるんですか?
塩塚 おじいちゃんになったロックスターが、若い頃の自分の音楽をいつまでも美しくあってほしいと願うイメージもあるし、自分自身のことでもあり……。
アルバムのテーマでもあったフィクションが混ざっている。
塩塚 そうなんです。自分の現実や気持ちをストーリーに仕立てて虚実を混ぜてみた感じですね。
2018年の1stアルバム『若者たちへ』の時と比べて、曲の作り方や発想に変化はありましたか?
塩塚 自分たちがいつも感じていること、気がつきにくいけど実は大事なことを表現したのが『若者たちへ』だったと思うんです。あれから時間が経って、バンドの状況やライブをする環境も変わり、自分たちの曲を演奏したときにどう響かせたいかを意識するようになってきた。ライブの演奏時間がだんだん長くなってきたことも大きいと思います。
「おまじない」には、〈わたしも思うよりも君と同じ〉という言葉に冷静に自分をみつめる眼差しがありますね。
塩塚 そうですね。そこは「ロックスター」とも共通しているところなんですが、上辺だけの自分を見られることに疲れた時があって、私も見えない場所で泣いたりしているし、みんなとそんなに違うわけじゃない。同じ視点で世界を見ている一人の人間なんだと。
スローなテンポで始まり、後半に静かに盛り上げてゆく展開も深い余韻を残しますね。
塩塚 最初は弾き語りのフォークっぽい曲だったんですが、バンドじゃないと出来ないアレンジになって7分を超える壮大な曲になりました。ライブだとコーラスがCDのようにはならないと思うし、羊文学のお客さんはあまり声を出してくれないんだけど、ライブで一緒に歌ってくれたらすごくキレイな景色になるだろうなと想像して。
まさに〈歪んだロックで叫べばいいじゃん〉ですね。
塩塚 そう! そこは大きい文字にしてください。
ゆりか 思いっきり、叫んでほしいよね。
頑張っていている人を遠くから見守る視点で書いた「砂漠のきみへ」
「花びら」は中高時代の感情と風景が織り成す歌詞が切ない。この曲もシンプルなサウンドながら、ベースラインも雄弁でコーラスワークがアクセントになっていますね。
塩塚 曲調が下手すると昭和歌謡みたいな感じもあるので、コーラスを入れて私たちらしい感じにしたところがポイントですね。「花びら」は、刹那的で散りやすい少女期特有の感情を象徴しています。
ゆりか 曲のイメージに演奏が近づいていけるようになってきたと思います。そこは成長したかな。経験値が上がって、気持ちが鍛えられたというか。
バンドアレンジに関して、このアルバムで目指したことはありますか?
塩塚 アルバムをつくる前は「できるだけ演奏しない」って書いていたんだけど(笑)、結果的に盛り盛りの演奏になりましたね。今までは曲作りの途中で煮詰まってボツにすることもあったんだけど、今回は諦めずに完成まで持って行けるように考え抜きましたね。その分、密度の高いアレンジになったかな。
メジャーデビュー曲になった「砂漠のきみへ」は、コロナ以降につくった曲ですか? 〈君は砂漠の真ん中〉という情景が誰もが籠もらざるを得なくなった頃と重なったのですが?
塩塚 書いたのは2月だったんですが、私も後から重なるところがあるなと感じました。その時は身の回りの頑張っていている人を遠くから見守る視点で書いたんです。私も自分が救われたくて曲を書いているところがあるので、聴いてくれた人もそう感じてくれたら。
アルバムは最初から最後までストーリーのように繋げたかった。
アルバム・タイトルにもなった「powers」は、いつ、どういうきっかけで生まれたのですか?
塩塚 「powers」は、去年の春に野外のライブが決まった時、野外で気持ち良く響く曲がほしいと思って「mother」と同じ頃につくりました。
〈力の限りで胸ふるわせ 心の限り求めるならば 未来は変わるかもね〉という歌詞は2020年の今、希望の一筋の光のように受けとめられますね。
塩塚 最初はみんなで声を出していけば世界はもっとよくなる、みたいな内容の歌詞だったんですけど、自分でも何か浅い気がして。でも、コロナで自分の生活環境も変わって、「頑張れ」って押し付けるようなメッセージではなくてポンと軽く背中を押すような歌詞に書き直したんです。
中盤のリズムの変化と重ねたコーラスで世界が広がり、ライブで盛り上がる光景が見えてくるような曲ですね。
塩塚 そうなんです。でも、難しい曲だからライブでちゃんと演奏できるかなー?
その後に「1999」が続く流れは、まるでライブのような高揚感がある。
塩塚 そう。上がりますよね。アルバムの曲順はライブのセットリストを考えるのと似ているかもしれない。今回のアルバムは色んなタイプの曲があるけど、最初から最後までストーリーのように繋げたかったので、確かにライブに通じるものがある。
「1999」は、〈世紀末のクリスマスイブ〉に思いを馳せながら、移ろいやすい時代の流れを捉えていますね。
塩塚 2000年になる前のクリスマスを当時、みんなどういう気持ちで迎えたんだろうと思ってつくった曲なんです。そこにはたぶん未来への期待や不安もあったんだろうなって。一昨年の12月にシングルとしてリリースした曲ですが、この頃からコーラスを重ねたり、アレンジを詰めるモードになりましたね。
「これが今の私たち」。2020年の羊文学
ポップで軽やかな「あいまいでいいよ」の後、アルバムのラストを重厚な「ghost」にしたのは?
塩塚 「ghost」が最後にあることで、それまでのポップな曲や明るめの曲の背後にあるものを感じてほしいというのはありました。「mother」で始まり、「ghost」で終わる流れが自分でイメージできていたから。アルバムの中ではいちばんダークな曲ですけど、〈見えないものの声を信じる〉という視線はどこか温もりもあると思うし。
「ghost」は、羊文学の陰影を豊かに映し出していると同時に音の洪水の中に潜む声や叫びが聞こえてくる。
塩塚 こういうヘヴィーな曲は似通ってしまいがちなんですが、私たちらしいし、自分でも好きなんですよ。「ghost」みたいな曲があるから、ポップな曲があってもバランスがとれるんだと思います。
2020年、ライブができなくなってしまったことは、アルバムに何らかの影響はありましたか?
塩塚 私たち、計画性がなくて、レコーディング期間にもライブを入れたりしていつもバタバタしていたんだけど、今年はライブがなかった分、考える時間があって集中してレコーディングに取り組めたとは思います。振り返ってみると、今年の変化は色んなところに表れていて。
メジャーデビューを飾るアルバムとしても、今の羊文学を余すことなく伝えられたと?
ゆりか そうだと思います。
塩塚 今はアルバムの反応がちょっと怖いんだけど、その反面もっと行けたかもしれないという気持ちもあるんです。でも、これが今の私たちではあるし、今年のうちにアルバムがリリースできたのは記録としてもよかった。
来年1月には1年ぶりのツアーも決まりましたね。
塩塚 東名阪の有観客公演はお客さんの人数は限定されてしまうんですが、配信公演もあるのでたくさんの人に観てもらえたら嬉しいです。ただ、今度のアルバムは演奏が難しい曲もあるから……
ゆりか うん。練習しなきゃね。
その他の羊文学の作品はこちらへ。
羊文学 Tour 2021 “Hidden Place”
2021年1月31日(日)愛知・THE BOTTOM LINE
2021年2月11日(木・祝)大阪・梅田CLUB QUATTRO
2021年2月26日(金)東京・新木場STUDIO COAST
羊文学
Vo.Gt.塩塚モエカ、Ba.河西ゆりか、Dr.フクダヒロアからなるオルナティブ・ロックバンド。2012年結成され、2017年に現在の編成になり、これまでEP4枚、フルアルバム1枚をリリース。昨年のクリスマスシングル「1999 / 人間だった」は生産限定盤ながら全国的なヒットを記録。今春行われたEP「ざわめき」のリリースワンマンツアーは全公演ソールドアウトとなる。コロナ禍においても都内のライブハウス3か所を回るオンラインツアーで全楽曲再現ライブを実施。2020年8月19日、「砂漠のきみへ / Girls」を配信リリースし、メジャーデビュー。「砂漠のきみへ」のMVはメンバーと同世代で塩塚とも交流のある映画監督・枝優花が監督を務め、「Girls」はティーンから圧倒的支持を受けるインフルエンサー・莉子が主演を務めるYouTubeドラマ「DISTORTION GIRL」の主題歌として起用される。12月9日にはメジャー1st album『POWERS』をリリース。
オフィシャルサイト
https://www.hitsujibungaku.info/