佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 171

Column

秋田県から届いたユニークな贈りものに込められていた未来へのメッセージ

秋田県から届いたユニークな贈りものに込められていた未来へのメッセージ

秋田県の五つの酒蔵がつくるプロジェクトの「NEXT5(ネクスト・ファイブ)」から、お正月のおせち料理を思わせるようなセットが届いたのは12月3日のことだった。

白いロゴが印刷された緋色の布に包まれた箱の中には、今回に限って特別に醸造された日本酒のボトルが下段に、そして洋菓子店「ピエール・エルメ・パリ」の特製ケーキが上段に入っていた。

この企画のために考えられた日本酒と洋菓子をセットにした商品は、「Ispahan(イスパハン)2020」というネーミングであった。

赤いボトルに入っていた貴醸酒は仕込み水の一部に新政酒造の日本酒「亜麻猫オーク樽貯蔵酒」を使っていて、どこか甘酸っぱい香りだが味わいはすっきりしていた。

これは初めからケーキとの相性を考えて生まれた、作品と呼ぶにふさわしい日本酒だと思えた。

フランスの有名パティシエ、ピエール・エルメが展開している洋菓子店「ピエール・エルメ・パリ」の代表ブランドである「イスパハン」のケーキと、日本酒をコラボレーションする企画が成立したのは、およそ1年前のことだったという。

商品のセットに同封されていた24ページのパンフレットには、ピエール・エルメからのメッセージが掲載されていた。

伝統の尊重、技術の伝達、および不断の革新こそは、モノづくりを活性化させるために欠くことのできない重要なテーマだと言えます。このことはフランス菓子の世界に当てはまるだけでなく、近代化に対応する日本古来の酒造にもよく当てはまると思います。

「白瀑」「春霞」「一白水成」「ゆきの美人」「新政」の銘柄を醸す5社の経営者でつくったNEXT5は、2010年に発足した時点では“若手経営者、たち”という表記がついていた記憶があった。

それが10年の時を経ることで、いつしか“若手”という肩書がなくなり、日本酒の発展を担う重要な存在になってきた。

そもそもプロジェクト発足のきっかけになったのは、白瀑醸造の山本友文が長年にわたって続いていた杜氏制を廃止し、自らが製造責任者となって酒造りを始めた12年前にさかのぼる。

音楽事務所を経営していたぼくの会社に、大学を卒業した年に入社してきた山本は、そこからの数年間はロックバンドのマネージメントとライブ制作の仕事に従事した。

しかし実家の醸造業を継いで経営を立て直す必ために、秋田県に戻って酒造りに取り組むことになった。

それから試行錯誤を経て自ら始めた酒造りの試みが、月刊誌『dancyu』の日本酒特集で紹介されたのは2010年の春だった。

同じ号には広島県で始まったばかりの新しい試みとして、「魂志会」の記事も掲載されていた。

酒蔵を経営する6人がそれぞれの酒を持ち寄って、お互いに批評することで、品質向上に役立てたいとという思いで「魂志会」は結成された。

山本はそのことを知って素直に、「ああ、こういう会を秋田でも作れないかな」と思ったという。

今のぼくは、その記事が山本の目にとまったのはただの偶然ではなく、必然だったのではないかと結論づけている。

「こうだ!」と思い立ったら直ちに行動する山本は、すでに自ら酒造りを始めていた秋田醸造の蔵元で、杜氏でもある小林忠彦氏に相談したという。

そこからの動きがことのほか早かったのは、お互いに車で移動しやすい秋田県という地の利があったことと、変革に向かうエネルギーが共通していたからだろう。

一緒に企画をやれそうな人たちの動きが、すぐに山本まで伝わってきたのだ。

「新政の祐輔くんが、去年の秋から蔵に入っているらしいぞ」
「春霞の栗林さんは杜氏が急死したので、途中から自分でつくっている」
「五城目町の一白水成は、地元の社員と2人で造り始めたそうだ」

そこでみんなで集まって酒を酌み交わしながら話し合ったところ、その場で「いいね!やろうよ!」と、さっそくプロジェクトを始めることが決まった。

そして2回目の会合ではグループ名が、NEXT5(ネクスト・ファイブ)と名付けられたのだ。

このネーミングにも最初の段階から世界のマーケットを視野に入れた、積極果敢なチャレンジ精神が感じられる。

山本は海外での音楽活動に積極的だったバンドとともに、アメリカやカナダ、オーストラリアなどで何度も苛酷なライブ・ツアーを経験していた。

したがって日本酒の海外進出にも関心が高く、海外にも研修に出かけていたキャリアが、ピエール・エルメとのコラボレーションにまでつながってくる。

2010年につくった第1作の「NEXT5 biginning(ビギニング)」は、ゆきの美人が酒母、白瀑が麹、一白水成が蒸し米、春霞の仕込水、新政がもろみを担当していた。

酒蔵ごとに役割分担して、それまでにない日本酒を造ることは、当時にしてみれば前代未聞のことだった。

そうした意味でも情報共有を目指して、技術の公開に躊躇しなかったNEXT5は、伝統的に閉鎖的だった酒造りの世界において、画期的な先駆者となったのである。

それまではどちらかといえば県内でも、ややマイナー的な酒蔵の集まりに見られていたが、こうした活発な動きによって情報やイベントを発信したことで各蔵の酒質も向上した。

その後も年に1作のペースで新しい酒を醸造して、日本全国にその名を知られたNEXT5だったが、2015年の第2期に入ってから傾向が変わった。

世界的人気のDJリッチー・ホウティンや、アーティストの村上隆などとのコラボレーション商品にトライし始めたのだ。

それまでの日本酒にない斬新なネーミングや、率先して5人がイベントに登壇するなど、常に話題性を絶やすことなくヒット商品を出したことで、NEXT5は秋田の酒を広める原動力となっていく。

そして記念すべき第10回の今回は、海外のスイーツと日本酒のコラボレーションに挑んだ。

こうして完成したのが、山本&白瀑を醸す山本酒造店をホスト蔵として、酒米:美郷錦(春霞)、仕込み水:(一白水成)、酒:三段仕込みの亜麻猫オーク樽(新政)、仕込み配合設計&現場監督:(ゆきの美人)による2020年の貴醸酒に結実した。

数年前から地方の酒蔵による地酒産業は、かなり活気を取り戻しつつあるという。

その最先端でチャレンジを続けてきた彼らから伝わってきた、酒造りにおける純粋さと熱情について、ピエール・エルメが期待を込めて綴ったメッセージを、最後に記しておきたい。

私たちのモノづくりにおいては、技術の伝達、地道な修練、さらには細部への留意を通じて職人としての基本所作を身に付け、仕事と製品に関わる固有の哲学を分かち合うことができるようになります。「NEXT FIVE」の皆さんは、その知識と勇気と想像力を存分に発揮することによって現代のお酒だけでなく、未来志向のお酒も新たに提案することが可能になっているのです。

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートを手がけている。
久世光彦のエッセイを舞台化した「マイ・ラスト・ソング」では、構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。現在は顧問。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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ボイジャー

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