年末特別企画・es執筆陣が選ぶ2016年エンタメベストコンテンツ  vol. 7

Column

【音楽評論家が選ぶベスト3】ワールド・ミュージックの世界では、人種や民族や言葉や宗教を越えた交流が激増

【音楽評論家が選ぶベスト3】ワールド・ミュージックの世界では、人種や民族や言葉や宗教を越えた交流が激増

2016年、今年も様々な音楽、映画や舞台、アニメ、ゲームなどの様々なコンテンツがこの世に送り出され、僕たちを大いに楽しませてくれました。師走を迎えて、TVや雑誌、WEB等の各メディアが、盛んに2016年のエンターテインメントを総括する企画をオンエア・掲載していますが、「エンタメステーション」も、【es執筆陣が選ぶ2016年エンタメBEST 3】と題したスペシャル特集を実施致します。より自由で独自な見解をベースに、日頃からesサイトで活躍する気鋭の執筆陣に、それぞれのBEST 3を選出してもらいました。第7回の今回は、音楽評論家・北中正和さんの寄稿。ぜひ読者の方々もご一緒に、今年の素晴らしい作品、印象的なコンテンツを振り返ってみるのはいかがでしょうか?


北中正和が選ぶベスト3
北中正和
Constantinople & Ablaye Cissoko
Jardins Migrateurs

Ma Case


北中正和
Harold López-Nussa
El Viaje

キングインターナショナル


Voxtra

The Encounter of Vocal Heritage

Muziekpublique


洋楽は世界の出来事と連動している

文 / 北中正和

 デイヴィッド・ボウイにはじまり、才能あるミュージシャンが次々にこの世に別れを告げた悲しい年。ボブ・ディランがノーベル賞を受賞し、ローリング・ストーンズが渋いブルース・アルバムを発表した年。伝統と革新を体現するパンチ・ブラザーズの忘れがたいライヴを体験できた年。イギリスのEU 離脱やアメリカ大統領選のトランプの勝利など、ロックの今後に大きな影響を与えそうな事件が起こった年。

 洋楽は世界の出来事と連動している。シリアの内戦をはじめ、主義主張や国境をめぐる争い、外国人労働者や移民や難民の排斥など、不寛容な社会の到来を思わせるニュースも絶えない。振り返れば振り返るほど、頭の中がこんがらがって整理がつかない。しかしこれだけ人や物や情報が行き交う世界で、一方的に境界を遮断することは事実上不可能だ。ぼくがよく聞いているワールド・ミュージックの世界では、人種や民族や言葉や宗教を越えた交流が激増している。コンスタンティノープル&アブライェ・シソコの『ジャルダン・ミグラチュール』はその美しい例のひとつだ。

 コンスタンティノープルはフランスを拠点にしている古楽アンサンブルで、メンバーの名前から推測すると、いわゆるフランス人とアルメニア人によるトリオ。ヨーロッパの古楽でおなじみの弦楽器ヴィオラ・ダ・ガンバ、イランの弦楽器セタール、杯型の太鼓トゥンバクなどを使って、地中海から西アジアにかけての地域のさまざまな古典曲や民謡を演奏してきた。グループ名は、民族や宗教のちがう人たちが共存してきたトルコの国際都市イスタンブールの西洋名。

 アブライェ・シソコはこれまでドイツのジャズ・トランペット奏者フォルカー・ゲーツェらジャズ畑のミュージシャンと共演することが多く、ひょうたんハープのコラの透明な響きを生かした、落ち着いた演奏や歌を得意としている。

 アブライェの属する西アフリカのマンデ系の民族には、西洋の短調に似たメランコリックな歌の伝統がある。コンスタンティノープルのレパートリーの西アジアの音楽には、ためこんだ感情をひそかやかな情熱をこめて吐露する歌の伝統がある。このアルバムでは両者の出会いがモザイク状をなし、ほどよい緊張感を生んでいる。

 『旅する庭園』という意味のアルバムのタイトルは、スペインのアンダルシア地方特有の四方を壁に囲まれた小さな庭から発想されたらしい。閉じられているが宇宙に向かって開かれたその庭は、聖書の失われた楽園やペルシャの四つの川に囲まれた土地の神話を連想させる。古来、庭園は土地の文化を象徴し、住民や旅人を迎え入れる場だった。多様な地域の種子や水や光を受け入れ、豊かな対話や思索や愛が生まれる場だった。哲学者やスーフィーが修行者し、瞑想する場でもあった。この静かなアルバムはそんな空想もかきたてる。

 アロルド・ロペス=ヌッサはキューバ出身のジャズ・ピアニストだ。2016年の東京ジャズで来日したとき、三鷹のスイング・ホールで彼のトリオの演奏を聞いたが、キューバのさまざまな伝統音楽をふまえた演奏が圧巻だった。

 キューバは音楽家の育成に力を入れてきた国で、クラシックから民謡までシームレスな知識を身につけた凄腕ミュージシャンがたくさんいる。2015年の国交回復のころからアメリカでの活躍の機会も増え、才能ある若手や中堅のアーティストが亡命せずに国際舞台で活躍できる条件が整ってきた。10年代の後半以降にはキューバ系のアーティストを目にする機会がこれまで以上に増えるにちがいない。

 ハロルド・ヌッサ=ロペスはその先陣を切って活躍してきた。叙情的なソロからリズミカルな伴奏まで振り幅の広い演奏が、カリブ海の陽光が降り注ぐような楽しいきらめきを感じさせる。アルバム『エル・ビアッへ』では先輩のチューチョ・バルデス&イラケレのヒット・ナンバー「バカラオ・コン・パン」を取り上げでいるが、チューチョの鋼のような演奏とくらべると、愛嬌たっぷりの演奏だ。

 このアルバムではベースにジョー・ザヴィヌル・シンジケートにいたセネガル出身のワリュン・アデを迎え、伝統的なキューバ音楽だけではないリズム・アンサンブルを聞かせる。ワリュンはベースの技量も素晴らしいが、真綿のような歌声も魅力的で、リチャード・ボナが好きな人なら、その面でも気に入るだろう。

 そしてもう一枚のヴォクストラもまた国境や民族を越える試みだ。『歌声の伝統の出会い』というタイトルどおり、地中海のアルバニア、イタリアのサルディニア島、北欧のフィンランド、アフリカのマダガスカルなどの歌手やコーラス・グループが、それぞれの伝統的な曲を持ち寄って、演奏よりずっと難しいはずの歌声の共演に、おたがいの伝統的なスタイルを生かす形で取り組んでいる。彼らの歌声は、先行き不透明な時代たからこそやるべきことは尽きないと訴えかけているような気がする。

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