オトナに響くストーリーマンガ  vol. 10

Review

巻を重ねるごとに衝撃を与える『青野くんに触りたいから死にたい』は「恋愛=ホラー」の傑作!

巻を重ねるごとに衝撃を与える『青野くんに触りたいから死にたい』は「恋愛=ホラー」の傑作!

今回ご紹介するのは『青野くんに触りたいから死にたい』。衝撃的な第1話がオンラインで公開されるやTwitterなどで話題になり、その後も着々とファンを増やし続けている作品なので既にご存知の方も多いかもしれない。
「初めて男子と話した」というだけで恋に落ち、告白した優里。その告白を受けて優里と付き合うことになった青野。初々しい幸せな日々が始まったかと思いきや、わずか2週間後に交通事故で青野が死んでしまう。「死ぬしかない」と思いつめた優里が自室で手首にカッターをあてようとしたところ、青野が幽霊となって現れる。
いわゆる天然かつ猪突猛進型の主人公と、優しいだけの恋人(幽霊)という構図の少しだけオカルト風味のラブコメ設定だと思われるだろう。しかし、本作は単なるラブコメ作品ではない。ホラーとしても優れた作品であり、かつまたラブコメのメインテーマである恋愛に対しても恐ろしいほど鋭く問いを突きつける作品なのだ。

文 / 永田 希


何が「怖い」のか

©椎名うみ/講談社

(以下、本文中のURLはマンガ情報サービス「アル」に出版社および作者の許諾を得て投稿されたコマへのリンク)

そもそも、主人公のズレ具合が実は怖い。一度話をしただけで恋愛するしかないと「思い込む」のは、猪突猛進と言えば簡単だが、ひとつ間違えばストーカーになりかねない。友人が少ないことや、家庭の複雑な事情なども描かれているが、こんな子にいきなり「好きです」と言われて付き合う青野もそれなりにぶっ飛んでいる。青野も青野で、人付き合いはそつなくこなしてはいるものの、優里とはまた違った家庭の事情を抱えている。

https://alu.jp/series/青野くんに触りたいから死にたい/crop/YZNBOF6wRVzknkhYCJem

※優里の自殺を止めようとする青野。

青野が幽霊となって現れるきっかけになったのは、優里が自殺しようとしたことなのだが、青野の過去の経験を考えると非常に切ない。本作には、主人公の優里と青野の背景にあるそれぞれの「家庭」の恐ろしさという、いわゆるオカルトホラーとは別の、生きている人間の恐ろしさが描かれていることは本作のひとつの特徴だ。

とはいえ、本作が心霊現象の描写に力を入れていないかというとそんなことはない。現実の物理法則とは関係のない、幽霊だけに適用される不可解な「法則」を登場人物たちが次々に見つけていくのも本作の魅力のひとつだ。理にかなっているようでいて、どこかおかしい、人知を超えているのか、いないのか、とにかく「何かおかしい」法則の数々に、登場人物たちが絡めとられていく展開には独特の不気味さがある。

https://alu.jp/series/青野くんに触りたいから死にたい/crop/x3X1fWLkeKez7hhkAbwT

※本作屈指の恐怖シーン。文脈がわからなければ不条理ギャグに見えるかも知れない。

ふたつの恐ろしさ

©椎名うみ/講談社

本作はつまり、ふたつの恐ろしさを描いている。

ひとつは優里たちを取り巻く人間の恐ろしさだ。彼女の家族、彼女自身の振る舞い、そして人が人を求める感情の恐ろしさ。
もうひとつが、いわゆる心霊現象の恐ろしさ。たとえば、幽霊が人間に憑依するという現象。青野は優里に取り憑こうとする悪霊の側面を持っており、その目的が明らかにされていないという恐ろしさがある。

「私に入って」という言葉を口にするように仕向けられた優里は青野を憑依させることになる。このときの青野は普段の青野とは顔つきが異なり、また憑依されているあいだ優里は記憶を失ってしまう。何かの法則があるようでいて、それは当然、現実の物理法則とは全く関係ない。誰が決めて、どのような力学で動いているのかわからない。

人間は物理法則を突き止めることで文明を発達させてきたわけだが、人間の恐ろしさと心霊現象の恐ろしさの解明はどうだろうか。哲学や心理学、社会学や脳科学、オカルト系にも学問を自称する体系が存在しているが、果たしてそれらはどれくらい、人間関係と心霊現象の恐ろしさに対峙する力を与えてくれるだろう。

https://alu.jp/series/青野くんに触りたいから死にたい/crop/AuZtwmudhPbXJusNzULV

※優里を助けるために代償として「瞳」を求める青野。

人間関係の恐ろしさ、おぞましさと、心霊現象の不気味さ。高純度で抽出されたこれらのエッセンスが本作には注ぎ込まれている。だから本作はホラー作品として素晴らしいのだが、それだけではない。本作はホラーというジャンルの王道を突き進むことで、恋愛についての描きにくい問題にも取り組んでいるのだ。

『凪のお暇』や『A子さんの恋人』など最近の恋愛漫画は、依存症的な感情の描き方を洗練させてきている。『青野くんに触りたいから死にたい』もまたそのような「依存」への対峙を一種のテーマにしていると言える。

依存と友人

人という字は、「誰かが他の誰かを支えている様子」をかたどった象形文字だ、という有名な俗説がある。これが流布してひろく共有されているのは、人間社会が相互に依存し合うネットワークとして発達しているからだ。依存それ自体は悪いことではない。問題は依存の仕方で、これは個々人それぞれがその時々で模索していくしかない。しかし特権的な依存関係が許されると考えられがちな「家族」や「恋愛」のモデルが強烈に社会で共有されているため、自律的に考えるのが難しい場合がある(本来は家族のあり方も恋愛のあり方も多様な筈なのだが)。

依存の仕方に関して柔軟な模索ができない人というのは往々にして現れる。自分に都合の良い関係性に人を嵌め込もうとする引力のようなものを様々な形で発揮し、その引力圏に囚われた人は積極的に逃げようとしないと寄りかかられ、感情、時間を奪われ、金銭的にも性的にも搾取されてしまう。これはかなりリアルに「怖い」現象だ。それは巧妙であったり天才的であったり、運命的だったりするため、取り憑かれた人がひとりで抜け出すのが難しかったりする。

そこで重要なのが、依存関係の半歩外にいながら介入する友人の存在である。『青野くんに触りたいから死にたい』では、生前の青野の親友だった藤本や、優里と同級生で不登校の美桜など、優里と青野の関係に介入する友人が登場する。

藤本は青野の死を悲しみ、優里に想いを寄せることになる微妙な立場の人物だ。青野と話せるのは優里だけなので、藤本は青野と話すことができない。コミュニケーションが双方向ではないことで、藤本には藤本なりの切なさがある。
美桜はホラー映画マニアで、その知識を活かして優里と青野をたびたび助けることになる(しかし青野はなぜか美桜の声に不快な感じを覚えるらしく、その理由は現時点では明らかにされていない)。
彼らの存在は、おぞましい人間関係と不可解な心霊現象に苛まれる優里と青野にとって不可欠なものになっていく。

優里と青野の、生者と死者という禁断の関係は今後どうなっていくのか、まだ結末を予想する材料は限りなく少ない。不穏さを多分に含んでいながら、死によって永遠に分かたれる筈の2人がかりそめに再び一緒に居られることすらも、もしかしたら救いなのかも知れない。

https://alu.jp/series/青野くんに触りたいから死にたい/crop/xIhj1yamC1T17nJjopIx

※ギャグマンガのような場面だが、こうすることでしか抱き合えない2人を的確に描いている場面でもある。可笑しさと切なさの絶妙な共存。


椎名うみ『青野くんに触りたいから死にたい』第1話試し読みはこちら(アフタヌーン公式サイト)
https://afternoon.kodansha.co.jp/c/aonokun.html

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