佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 163

Column

「よそう。また夢になるといけねえ」~春風亭一之輔・藤巻亮太 二人会のライブを観て

「よそう。また夢になるといけねえ」~春風亭一之輔・藤巻亮太 二人会のライブを観て

10月4日の日曜日、およそ半年ぶりに大ホールでのライブに出かけた。

場所は東京の三軒茶屋にある昭和女子大学人見記念講堂。

出演したのは落語家の春風亭一之輔と、シンガーソングライターの藤巻亮太の二人だ。

中島みゆきの「2020ラスト・ツアー 結果オーライ」の一環だった2月13日のNHKホールから半年余りだったが、ほとんどすべてのコンサートは中止もしくは延期となってしまった。

そのなかではかなり早い段階での、大ホールにおけるライブだった。

しかも落語との組み合わせだったので、何が起こるかと余計な期待もあったが、弾き語りの歌と落語だけの正攻法にもかかわらず、観客を十分に満足させる内容に感心させられた。

それだけにとどまらず、日本のエンターテイメントの将来に関しても、可能性やヒントをもらえた気がする。

二人のトークによれば、この公演はわずか一か月前に決まったらしい。

そのためなのか、タイトルはいたってシンプルで、「春風亭一之輔・藤巻亮太 二人会 ~芝浜と粉雪~」とあるだけだった。

ここから記憶をたどって実際の流れを書いてみると、二人が登場してから挨拶とトークが数分→藤巻のライブが5曲で約30分→一之輔が「お見立て」で30分→お仲入り15分→続いて一之輔の「芝浜」が40分→藤巻の「粉雪」が1曲で数分→最後に二人のカーテンコールで終了して幕が下りた。

2017年に藤巻のラジオ番組にゲスト出演したことをきっかけに知り合った二人は、一之輔が二歳ほど年上で年齢が近かったこともあり、プライベートで交遊するようになったと述べていた。

藤巻ファンの間では前半の新曲「あかし」が、期待にたがわぬ作品で好反応だったようだ。

後半のハイライトは古典落語の演目として有名な『芝浜』だが、これは江戸時代の庶民生活を題材にして、夫婦の愛情を描いた人情噺の傑作として名高い。

したがって噺家によって様々なバリエーションが生まれて、細部にわたってそれぞれに工夫がこらされたことから、個性による違いが楽しめるという。 

もっとも知られている古今亭志ん朝の『芝浜』は直弟子の志ん輔が継承しているほか、春風亭一朝も「志ん朝の型」で演っていたといわれる。

2012年に21人抜きの抜擢で真打に昇進した一之輔は一朝の弟子なので、師匠ゆずりの『芝浜』を演じているらしいということは、事前に調べてわかったことだ。

本番が始まって一之輔による長屋暮らしの夫婦の会話を聞いていると、現代人の生活から失われた実直な言葉のやり取りが、なんともリズミカルに感じられた。

そして酒で失敗を重ねる夫の勝五郎に向かって、本気で立ち直ってもらいたいと願う妻の切実な思いが、いつしかリアルに聞こえてくると心が温まっていった。

『芝浜』の最後で使われる”下げ”の場面では、何年かがすぎた後にすっかり酒を断って働き者になった夫に、「おまえさんはもう大丈夫。さあ、好きな酒を飲んどくれ」と、妻が感謝の意を込めて酒を用意しようとする。

そこで一瞬、その気になった勝五郎だったが、かつての自分を思い出したのか、こんなセリフできっちり落ちを付けるのである。

「よそう。また夢になるといけねえ」

鮮やかな落ちを決めて一之輔が退場すると、下手でふたたび藤巻が一曲だけ、「粉雪」を弾き語りで披露した。

ぼくは伸びやかな歌声を聴いているうちに、心地よい安らぎを感じて目を閉じた。

すると『芝浜』の物語が残した余韻のなかで、その波動と合わせるかのように歌われた冬の情景が、美しく浮かび上がってきた。

「粉雪」
作詞・作曲:藤巻亮太

粉雪舞う季節は いつでもすれ違い
人混みに紛れても 同じ空 見てるのに
風に吹かれて 似たように凍えるのに
僕は君の全てなど 知ってはいないだろう
それでも一億人から 君を見つけたよ
根拠はないけど 本気で思ってるんだ

あえて誰もいない空間の片隅で歌われた「粉雪」が、2時間半の贅沢なステージを見事に締めくくった。

落語と歌の二人会という試みは、それぞれの作品に込められたエッセンスが、聴き手の心情とも調和することによって、なんとも不思議な響きを奏でてくれたのだ。

ぼくは帰り道も余韻を楽しむように三軒茶屋の駅までゆっくりと歩いて、そこから2両編成の東急世田谷線に乗って山下で降りて、小田急線の豪徳寺駅で乗り換えて自宅に戻った。

その道すがら、「シンプルな構成だったからこそ、成功につながった」ということに気づいた。

途中で商店街の和菓子屋さんに寄って焼き団子を買い求めると、自宅に着いてまずお茶を入れて一息ついた。

それからTwitterを開くとまもなく、タイムラインに藤巻本人のつぶやきが目に入った。

実に7ヶ月ぶりにお客さんを迎えて開催できた本日の「芝浜と粉雪」はいかがでしたか?
直接皆さんの前で歌えて、生の拍手を頂けて、本当に幸せでした。
何より一之輔師匠の深い懐の中で落語の世界と共に歌を歌わせて頂いたこと、とても素晴らしい経験になりました。
本当にありがとうございました!(亮太)

初めてライブを体験した藤巻亮太というシンガーソングライターが、想像していたよりもはるかに骨のあるアーティストだとわかって、ぼくは不明を恥じると同時にうれしくなった。

そこで「こちらこそありがとう」と、自分で自分につぶやいたのだった。

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートを手がけている。
久世光彦のエッセイを舞台化した「マイ・ラスト・ソング」では、構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。現在は顧問。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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