全集中!『鬼滅の刃』特集  vol. 1

Column

アニメ『鬼滅の刃』全26話から本気で選んだ“もう一度観たい神回” 劇場版&TV特番にこれで備える!

アニメ『鬼滅の刃』全26話から本気で選んだ“もう一度観たい神回” 劇場版&TV特番にこれで備える!

いよいよ10月16日に公開が迫った『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』。この映画では、2019年に放送された『鬼滅の刃』TVアニメ最終話(第二十六話)の続きの物語が描かれる点が一つの特徴に。このためTVアニメはもちろん全話観た、という人でも、この劇場版を前にあらためて予習・復習しておいて損はないはず。

今回はそんな『鬼滅の刃』TVアニメのおさらいとして、劇場版公開前にぜひ押さえておきたい名作エピソードを解説。26話すべてを観直しておくのが理想……というのは大前提として、今回はあえて5大エピソード(計6話)を厳選! それぞれの魅力を、「無限列車編」に向けたキャラクターの成長を軸に振り返りました。あわせて、記事後半では劇場版のワンポイント解説、フジテレビ「土曜プレミアム」にて2週連続放送される『鬼滅の刃』特番ガイドも! ぜひ最後までお楽しみください。

構成 / WHAT’s IN? tokyo編集部
文 / 実川瑞穂


物語の根底にあるテーマを振り返る 第一話「残酷」

母と5人の弟妹と、山村で慎ましくも穏やかに過ごしていた竈門炭治郎の幸せが、鬼によって無残にも壊されてしまった第一話。自分の不在中に家族が殺されてしまうという耐え難い後悔や、唯一生き残った妹・禰豆子(※1)が鬼になってしまうという追い打ちをかけるような絶望が次々と押し寄せる、重くつらい回だ。

にもかかわらず、なぜ炭治郎は前に進めたのか。一話は、炭治郎が“原動力”を知る回でもある。それを教えてくれたのが、鬼狩り・冨岡義勇だった。「生殺与奪の権を、他人に握らせるな!」という義勇の言葉通り、泣いても乞うても、現実や鬼は立ち止まる者の意思や願いを尊重してはくれない。つらい状況を分かったうえで、それでも「泣くな、絶望するな。そんなのは今することじゃない」という義勇のモノローグは、この先『鬼滅の刃』という作品を読み進めるなかで、何度も思い出す言葉だろう。

人間は弱い。それでも絶望に負けず自分を再び奮い立たせることができたからこそ、鬼にならず、人間として前に進める。理不尽さや残酷な現実に、どう立ち向かえばいいか。『鬼滅の刃』という物語のテーマのひとつが描かれた、重要なエピソードだ。

※1 禰豆子の「禰」は「ネ+爾」が正しい表記となります。

善逸、伊之助が合流! 第十二話「猪は牙を剥き 善逸は眠る」・第十三話「命より大事なもの」

十一話から十三話は、鼓を打つ鬼・響凱(きょうがい)との闘いが描かれる「鼓屋敷」編。十話で善逸が合流、屋敷内で伊之助も加わったことで、にぎやかさと会話の勢いが一気に増す。シリーズとしての雰囲気が大きく変わるのもこの鼓屋敷編からだ。今回は特にこの後半部にあたる十二話~十三話を重要回として挙げたい。

このエピソードの映像面でまず目を見張るのが、屋敷の背景。鼓を打つことで部屋を自由自在に回転させる響凱との戦闘シーンは、アトラクションのような映像が凄まじい。

加えて重要なのは、十二話で炭治郎が口にする“長男理論”だ。戦闘中、恐怖や痛みでピンチのなか飛び出す、「すごい痛いのを我慢してた。俺は長男だから我慢できたけど、次男だったら我慢できなかった」というモノローグは、一度聴いたら忘れられない。でも「長男であること」は、炭治郎のすべての行動理由であり、支えでもある。冗談ではなく本気なのだ。自分で決めたことをまっすぐに信じ、己を鼓舞する炭治郎の意志の強さが実に面白い。だからこそ、己を鼓舞できなかった響凱との対比がより切ない。認められなければ居場所すらないと筆を折ってしまった響凱と、誰が求めなくても長男という居場所で踏ん張り、折れない炭治郎の勝負は、胸が熱くなる。

また、善逸の意志の強さが描かれる点にも注目。中身が鬼であることは分かっていても、炭治郎の大事なものだからと、禰豆子が入っている箱をボロボロになりながら守り続ける善逸の行動理由も、自分が信じると決めたからに他ならない。この時の善逸はまだ、箱の中身が女の子であることを知らないという点も、彼の意志の強さを際立たせている。この出来事で善逸の意志の強さを知った炭治郎が、那田蜘蛛山編でピンチを迎えた際、善逸が助けに来てくれることを信じて疑わなかったことにもグッとくる。

「霹靂一閃・六連」その一瞬に詰まった意味 第十七話「ひとつのことを極め抜け」

十五話~二十一話で描かれている那田蜘蛛山(なたぐもやま)編。十七話では、単独行動していた善逸が、巨大な人面蜘蛛の鬼と対峙することに。このエピソードが多くの人に感動を与えたのは、善逸が唯一使える“雷の呼吸 壱ノ型”を自分で極限まで鍛え上げた大技“霹靂一閃・六連”を放ち、見事に鬼を倒したからではない。普段はヘタレな善逸がかっこよかったからではない。いままでもこれからも、善逸が臆病で弱い自分を諦めなかったから、こんなにも感動するのだ。

幼くして親に捨てられた善逸は、誰からも期待されず必要とされてこなかった。でもたった一人、自分を育ててくれた師匠だけは、何度逃げても見限ることなく鍛え続けてくれた。善逸を信じて諦めなかった師匠の想いが、やがて善逸自身が自分を諦めない強さになったのだ。師匠が善逸に言った「お前は必ず報われる」という言葉も、「努力」が報われるのではなく、「お前」が必ず報われるというところに、師匠の愛を感じずにいられない。

痛くても苦しくても諦めなかったのは、善逸がそれだけ師匠に大切にされていることを実感できていたからだろう。“雷の呼吸 壱ノ型”を極めることができたのは、自分を信じてくれた人を受け入れ、自分自身を諦めずにいままで努力してきた証でもある。瀕死の善逸が戦闘後、このまま生きることを諦めたら、師匠だけでなく「炭治郎にも怒られる」と思っていることにもグッとくる。自分を信じて待っていてくれる存在であり、信じたいと思った存在が増えていたのだから。たった一瞬の“霹靂一閃・六連”だが、そこには諦めなかった善逸の、いままでとこれからが詰まっている。

”神回”として知られる那田蜘蛛山編のクライマックス 第十九話「ヒノカミ」

物語としても、アニメーションとしても、神回と名高い十九話。この回で炭治郎は、“ヒノカミ神楽”を会得する。だがその出来事以上に、TVアニメの中で最も厳しく、キャラクターたちが大きく成長するこの戦いを、アニメーションで表現するために注がれた制作陣の想いに感動する。

アニメーションの面白さは、特にTVアニメの場合、限られた時間や人数のなかで作り手がどこまでこだわって表現しているか、というところにあると思う。原作の素晴らしさを、作画・演出・構成・音楽・声の芝居といった各分野のプロが昇華させたとき、想像を超える感動をもたらすのだ。それが詰まっているのが、この十九話。

父が“ヒノカミ神楽”を舞うシーンは、炭治郎が見た走馬灯のなかに登場する。十七話・十八話の戦闘で、善逸と伊之助もそれぞれ走馬灯を見ており、胡蝶しのぶ曰く「今までの経験や記憶の中から、迫りくる死を回避する方法を探す」ために、人は走馬灯を見るのだという。累の強力な血鬼術を前に、死を意識した炭治郎が走馬灯を見たこと。それが亡き父との約束であり“ヒノカミ神楽”だったということが、大きなカタルシスを生む流れとなっている。

ほんの約21秒間とは思えない、父の舞の美しさと圧倒的な説得力は、実際に振り付けを行い、ロトスコープで描くというすさまじい労力と情熱から生まれたもの。そこから炭治郎が放つ“ヒノカミ神楽・円舞”の火の表現や、絶対にコマ送りで見てほしい累とのアクションシーンに、鳥肌が止まらない。オレンジがかった炭治郎の火と、ピンクがかった禰豆子の爆血の火が混ざり合う表現は、まさに18話分かけて描かれてきた兄妹の絆そのものだった。

戦闘中の挿入歌であり、特殊エンディングとして流れる「竈門炭治郎のうた」の歌詞にも注目してほしい。善逸が炭治郎を表現する際に使った「泣きたくなるような優しい音」という言葉や、炭治郎自身が言った「失っても失っても生きていくしかないです。どんなに打ちのめされようと」という言葉など、これまでの炭治郎の物語が歌詞に散りばめられているのだ。他にも挙げたらきりがないくらい、アニメーションならではの映像や音楽による表現が、十九話には詰まっている。こんなアニメーションを作ってくれたことに感謝したくなる、まさに神回だ。

「無限列車編」に繋がる最重要エピソード 第二十六話「新たなる任務」

TVアニメ「竈門炭治郎 立志編」の最終話であり、劇場版へと繋がる二十六話。最大の見どころは、無限列車編で戦うことになる下弦の壱・魘夢(えんむ)の不気味さ。鬼殺隊に下弦の伍・累が殺され立腹する鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)は、本拠地・無限城に集めた下弦の鬼を次々と粛清していく。そこでたった一人生かされたのが、魘夢だ。「人の不幸や苦しみを見るのが大好き」と、うっとり夢見心地に語る魘夢の醜悪さを気に入った無惨は、己の血を分け与え、柱と炭治郎の抹殺を命じる。

二十六話までのテーマが家族の絆だったとしたら、次なる「無限列車編」のテーマは、鬼殺隊の絆だ。ヒノカミ神楽で使う“火の呼吸”の正体や、炎柱・煉󠄁獄杏寿郎の実力。そして、那田蜘蛛山編では炭治郎にとって守るべき存在だった伊之助の成長など、物語はさらに盛り上がっていく。どんなに絶望しても、諦めずに進んできた炭治郎・善逸・伊之助の3人の戦いを見届けてほしい。

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