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宮沢氷魚が大鶴佐助と初めての“二人芝居”。このときを我々はどう生きていくのか──『ボクの穴、彼の穴。The Enemy』開幕レポート

宮沢氷魚が大鶴佐助と初めての“二人芝居”。このときを我々はどう生きていくのか──『ボクの穴、彼の穴。The Enemy』開幕レポート

PARCO Production『ボクの穴、彼の穴。The Enemy』が、9月17日(木)より23日(水)まで東京芸術劇場 プレイハウスにて上演中だ。
本作は松尾スズキが初めて翻訳を手がけたデビッド・カリの絵本をもとに、翻案・脚本・演出 ノゾエ征爾により、2016年、旧PARCO劇場の「クライマックス・ステージ」を飾った舞台の再演にあたる。
戦場の塹壕に取り残され、見えない敵への恐怖と疑心暗鬼にさいなまれるふたりの兵士“ボク”と“彼”の物語。
前作に引き続き、翻案・脚本・演出はノゾエ征爾が手がける。主人公の“ボク”には、新生PARCO劇場のオープニング・シリーズ第一弾『ピサロ』で、インカ王アタウワルパを豪胆に演じた宮沢氷魚と将軍ピサロの小姓マルティンを繊細に表現した大鶴佐助。2018年の舞台『豊饒の海』でも共演を果たした、共に盟友と言い合う最も勢いにのる若手俳優による“二人芝居”だ。
そんな舞台の公開ゲネプロと取材会が行われたのでレポートしよう。

取材・文・撮影(取材会)/ 竹下力 写真(舞台)/ 阿部章仁


“ボク”は、詰まるところ、今を生きる我々が心の片隅に抱く不安の反映

公開ゲネプロ後の取材会で、翻案・脚本・演出のノゾエ征爾は「初演は戦争が抱える普遍的なテーマを描くことを心がけ、再演では現代の社会状況を鑑みた舞台にもなっている」といった趣旨の発言をしていた。
たしかに本作は、反戦や戦争の不毛さ、悲惨さや愚劣さだけを訴えかけるものではない。もちろん、戦争の無意味さ、残酷さ、なにより、戦争とは人間だけが犯す犯罪であり、他人を無慈悲に傷つける行為だと強烈に教えてくれる。

ただ、今作における舞台のテーゼである“戦争”は、ひとつの比喩的な装置となっている。コロナウイルスがもたらした現実が、人の人生を大きく傷つけて狂わせ、価値や生き様を分断することを暗示している。未曾有の危機を経験している我々が、どう生きていくのか、あるいは、どう生きてきたのかを真空パッケージした、ドキュメント性の高い、多層的な意味合いを持つ傑作に仕上がっていたと思う。

ボクの穴、彼の穴。The Enemy WHAT's IN? tokyoレポート

物語の冒頭、ボクA(大鶴佐助)が銃を持ちながら「戦争です」という諦念に満ちた言葉を発する。そこから舞台は始まる。見渡す限りの砂漠にある塹壕。塹壕にはボロボロのバケツやしけたタバコや薄汚い毛布、大切な家族の写真などが並ぶ。彼はひとり塹壕に入って、敵だと教え込まれた相手に向けて銃を放っては、撃ち返される日々を過ごしている。

ボクAはひたすらモノローグを繰り返し、ルーティーンになった銃撃戦にうんざりしながら、自分の人生や、性格を自己分析し、戦争に意味を見出そうとするが、答えは出ない。彼にできるのは、出会ったこともない敵であるもうひとつの塹壕にいる“彼”に想いを馳せることだけ。

ボクの穴、彼の穴。The Enemy WHAT's IN? tokyoレポート

シーンが変わると、ボクB(宮沢氷魚)がスポットライトの下にいる。ボクAと変わらない雑多なモノがひしめく塹壕。彼はこの戦争で大切な友達を亡くし、仇を討ちたいと思っている。ボクAと同じく、ボクBもひたすらモノローグを繰り返し、生や死の意味を考え続ける。けれど、話しかける相手はいない。答えは得られないまま、疑問だけが積み重なっていく堂々巡り。

次第に、彼は戦争に参加する理由を明かし始める。戦争以前、「戦争マニュアル」という冊子を受け取り、「殺されなければ殺される。敵に殺されないためには、敵を殺さなければならない」といった歪んだ考えを教えられる。それは殺戮を肯定する概念でしかなかったが、敵という凶悪な“モンスター”がいるならと、ひたすら見えない敵に銃を向け続ける。

ボクの穴、彼の穴。The Enemy WHAT's IN? tokyoレポート

中央に穴が空いた紗幕を塹壕に模して、そこに見える同じ星空の下で出会ったことのないふたりは歌を歌ったり、食糧の尽きた塹壕に現れたミミズやトカゲを捕まえようと躍起になったり、雨が降り出すと体を洗ったりする。ふたりの目的や、そのための行動はシンクロしているのに、決してお互いの気持ちがクロスしないもどかしさ。敵の顔が見えない、そもそも敵が存在しているのかどうかさえわからないことへの苦悶。ふたりが自身の基板さえゆるぎ始める感情を覚えたとき、彼らは戦争を終わらせたいと願うようになる。こんな逡巡を繰り返す日々は終わりにしよう。彼らは銃を手にし、塹壕を抜け出して、見えない敵を殺そうと決意するのだった……。

ボクの穴、彼の穴。The Enemy WHAT's IN? tokyoレポート

ひたすら内省を繰り返すモノローグ。それがダイアローグにならない点が今作では重要だと思う。対話をせずとも、みんな同じことを考えているという現代を表象している。戦争は必要ないし、コロナなんて収束してほしいと願っている。それでも、“ボク”にとってそれは、誰かの同意を得たわけでも、共感さえ得られてもいない。ひとりよがりでヒロイックに歌い上げられる寂しい願望だ。

どんなに努力をしても、誰にも想いが届かない空疎な感覚は、今の日本、あるいは世界に住む人々の心を射抜いている気がする。永遠に続きそうな内省の渦のなかで、いつしか、彼らは見えない敵と出会いたいと願うようになる。己の存在証明のために。

ボクの穴、彼の穴。The Enemy WHAT's IN? tokyoレポート

この舞台は、1時間20分ほどの短い上演時間の間に、価値の変転が大胆に起きることが見どころ。我々が忌避すべき戦争で、自分を傷つけようとする敵がいればいるほど、自分のありかを感じて安心できるという歪んだ事実。己を深く傷つける相手がいなければ自分を確認できない。あるいは自分を深く抉らなければ相手を感じることができない。戦争があるからこそ生きていけると言わんばかりだ。コミュニケーションの不全が強くなればなるほどコミュニケーション願望が頭をもたげる。 だからこそ多用されるモノローグ。決して巡り合わずにすれ違う“ボク”と“彼”。それはあまりにも悲しすぎる。なのに、それが人間だという現実。

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ボクAの大鶴佐助は、無垢で空想だけが生きがいな孤独な青年を演じ切った。現実離れしたキャラクターを演じているのに、“コンビニ”や“パソコン”といった言葉のチョイスが現代的なので、芝居にリアリティーがある。発する膨大な言葉は、ほとんどがモノローグなので、大鶴の台詞の間やテンポだけでシーンがバウンシーに展開していく。彼の場合は、台詞や仕草が軽快で愉快なので、観客の感情が入り込みやすいと思う。

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ボクBの宮沢氷魚は、ボクAとは対照的に、理性的で物事を理詰めで考えていく性格が徐々に破綻して壊れていくフラジャイルな姿に心が打たれる。学級委員的だと台詞にあったけれど、その几帳面な性格にメリハリをつけて、突然起こる爆発的な感情の起伏をダイレクトに観客にぶつける芝居が圧巻だった。大鶴と同じように多くの台詞を淀みなくこなしながら、華奢でスッと伸びた体躯をリズミカルに使う演技も素晴らしかった。

ふたりが自分を肯定してくれる相手がいないことに対する不安を口にすれば、現代の人々が抱える問題を代弁していると感じる。大鶴や宮沢の演じる“ボク”は、詰まるところ、今を生きる我々が心の片隅に抱く不安の反映なのだ。

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今作も翻案・脚本・演出と八面六臂の活躍を見せたノゾエ征爾は、取材会で「暇だから、毎日観にくる」と笑わせてくれたけれど、現代における個人の生き方を徹底的に見つめ直そうとするストイックな姿勢が垣間見えた。ペーソスとユーモアを織り混ぜた台詞を駆使し、シンプルで印象的な舞台機構を活かしながら、人間の不条理を炙り出す。

細かな道具立てを施しながら伏線を大胆に回収し、“ボク”のモノローグの羅列を時折りダイアローグに見立てるファンタジックな演出で、終盤には壮大なカタルシスが味わえる見事な“二人芝居”に仕上げたと思う。

ノゾエ征爾という作家を通して描かれるのは、芥川龍之介が言い残したような未来に対する「ぼんやりした不安」だけでなく、デカルトの「我思う、故に我在り」といった、己の一切を見つめ直し、強く生きることを心に誓う、不安と期待が混じり合う誰も見たことのない新世界なのだ。

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今まで当たり前だと思っていたのに、当たり前ではなくなってしまった世界における、アイデンティティ・クライシスから生き延びて、どうやって未来を紡いでいくのか。答えは明示されないけれど、どんな最低な状況でも生きることを止められないという人間の根源的な絶望に、それでもなお生きることを肯定しようと、希望の光をさりげなく差し込ませた優しさと温かみのある舞台だった。

劇場とは、人が集まって初めて息遣いが生まれる

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公開ゲネプロが行われたのち、大鶴佐助、宮沢氷魚、翻案・脚本・演出のノゾエ征爾が登壇し、取材会が行われた。

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まず、公開ゲネプロが終わった心境を問われ、ノゾエ征爾は「2020年になって、僕が関わる公演が次々と中止になり、この舞台が今年初めての本番になりました。これから初日を迎えますが、劇場とは、人が集まって初めて息遣いが生まれる素晴らしい場所だと感じています」と感慨深げな表情を見せる。

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宮沢氷魚も「今年の春に舞台『ピサロ』という作品に出演していましたが、コロナの影響で10回の上演で中止になり、それ以来の舞台で、こうして無事に初日を迎えられることを嬉しく思っています」と続けた。

ボクの穴、彼の穴。The Enemy WHAT's IN? tokyoレポート

さらに大鶴佐助も「ゲネプロが終わって、取材会までの待ち時間に袖で待機しながら(宮沢)氷魚ちゃんと話していたのですが、客席に人がいるだけでエネルギーをもらえますし、再び舞台に立てて嬉しかったです」と万感の思いを口にした。

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脚本や稽古の感想を問われた宮沢は「コロナ禍では、他者とコミュニケーションが減り、誰かの人生に関わっていくことがおろそかになる可能性が高くなったと思います。この作品は、他者が生きていることを確かめることで、僕らも生きていると実感して安心できるという、当たり前のことと向き合った舞台で。初めての“二人芝居”で、こんなに身体的に精神的に追い込まれた稽古は初めてですし、とてつもない台詞量をこなすのが大変でしたが、親友の(大鶴)佐助とノゾエさんが優しく支えてくれて楽しかったです」と振り返った。

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それを受け、大鶴は「戦争を知らない僕たちが、戦争をテーマにした舞台で演じる。それでも、今年のような過酷な現実の前では、みんなで共有できる想いが必ずあるはずです。僕たちの目に見えない“モンスター”の実態をしっかり掴んでいないと観客は納得してくれないと思い、稽古場ではみんなとディスカッションをし、どうやってお客様をお芝居で納得させるかと、稽古をしてきました。稽古は大変でしたが、クタクタになって稽古場を後にすると、やっぱり楽しかったし、僕は舞台が好きだと改めて思うようになりました」と語った。

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観客へのメッセージとして、大鶴は「毎日新しい役を生きるつもりで稽古をしたし、劇場に来るお客様と僕たちで作り上げる作品は毎公演違うと思うので、一公演ずつ大事に演じたいと思います」とコメント。

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宮沢は「僕と佐助とノゾエさんやスタッフと作り上げてきた作品を、お客様の前で披露できることが心の底から嬉しいです。コロナウイルスの状況は、これからも続いていきますし、お客様も万全の対策をして来てくださると思うので、僕らも体調に気をつけて楽しい公演をお届けしたいと思います」と意気込んだ。

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最後にノゾエは「こういう現実の中で、ひとつの公演を立ち上げて、多くのスタッフがいろいろなことに気をつけながら模索して作り上げた舞台になっています。みんなの期待を背負って、俳優ふたりが演じている様子を稽古から楽しく眺めていました。これから客席が埋まっていけば、さらに感慨が深くなると思いますし、お客様の気持ちを受け取って、みんなで築いていく作品を千秋楽まで見届けたいと思います」と締め括った。

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公演は、9月23日(水)まで東京芸術劇場 プレイハウスにて。また、劇場の入場制限緩和に伴い、9月19日(土)以降の公演に対してチケットの追加販売が決定した。さらに、9月21日(月・祝)の18時の回は、チケットぴあ「PIA LIVE STREAM」、イープラス「Streaming+」、WOWOWメンバーズオンデマンドにて生配信される。「PIA LIVE STREAM」、「Streaming+」では9月24日(木)までアーカイブ視聴が可能だ。

PARCO Production『ボクの穴、彼の穴。The Enemy』

2020年9月17日(木)~9月23日(水)東京芸術劇場プレイハウス

<「PIA LIVE STREAM」、「Streaming+」、WOWOWメンバーズオンデマンドにてライブ配信>
配信公演:2020年9月21日(月・祝)18:00開演公演
●詳細はこちらにてご確認ください。

原作:デビッド・カリ
イラスト:セルジュ・ブロック
翻訳:松尾スズキ(千倉書房より)
翻案・脚本・演出:ノゾエ征爾

出演:宮沢氷魚 大鶴佐助

オフィシャルサイト
オフィシャルTwitter(@bokuana2020)