横川良明の演劇コラム「本日は休演日」  vol. 33

Column

舞台『かがみの孤城』で感じた想い「やっぱり演劇界にキャラメルボックスは必要なんです!」

舞台『かがみの孤城』で感じた想い「やっぱり演劇界にキャラメルボックスは必要なんです!」
今月の1本:舞台『かがみの孤城』

ライター・横川良明がふれた作品の中から、心に残った1本をチョイス。独断と偏見に基づき、作品の魅力を解説するこのコーナー。

今月は舞台『かがみの孤城』をピックアップ。全身の温度が上がるような感動の先に感じた、あの眠れる人気劇団への想いを語り尽くします。

辻村深月だから描けた、中学生の孤独と希望

中学生。それは、多くの人にとって、最も多感で、デリケートで、傷つきやすい時期。そして、人間が傷つきやすい生き物だと知っているからこそ、他人を傷つけいたぶる快感に魅入られてしまう時期でもあると思う。

きっかけは、ほんの些細なことかもしれない。だけど、標的にされた人間は、行き場もないほど追いつめられる。二度と立ち上がれないほどの深手を負う。痛めつける側の人間は、簡単に忘れてしまっても、痛めつけられた人間は、絶対にその傷を忘れない。

思い出すだけで胸が塞ぐような中学時代のあの息苦しさをありありと描きながら、最後に一筋の突破口を見せてくれる。『かがみの孤城』は、そんな孤独の希望の物語だ。

原作は、人気作家・辻村深月。『冷たい校舎の時は止まる』でティーンエイジャーから圧倒的な支持を集めた辻村が、同作の発表から13年の時をかけて書き上げた“アンサーストーリー”がこの『かがみの孤城』とも言われている。

中学1年生のこころは、ある日突然同級生からいじめのターゲットとされ、不登校に。学校に行けず家に閉じこもり続ける日々の中、ある日、部屋の鏡が突然眩しく輝き出す。その光に導かれるようにして鏡の中に飛び込むと、目の前は不思議な城のそびえ立つ別世界。そこには、こころと同世代の6人の子どもたちと、オオカミの仮面をかぶった奇妙な少女が待っていた。

あらすじだけ見れば、よくある異世界ファンタジー。だけど、そこから始まるストーリーは読み手の想像を遥かに上回っていく。初めて原作の小説を読んだとき、僕はクライマックスのページをめくりながら涙がこぼれるのを止められなかった。

原作の魅力を損なうことなく、スピード感たっぷりに舞台化

そんな傑作が初めて舞台化される。作・演出を務めるのは、演劇集団キャラメルボックスの成井 豊。過去にも『スロウハイツの神様』で辻村作品を手がけており、その相性の良さは証明済み。「自分の作品は全部成井さんに舞台化してほしい」と惚れ込む辻村本人の希望もあって、今回の舞台化に至った。

とは言え、成井の作品はキャラメルボックス時代から公演時間は2時間が目安。しかし、『かがみの孤城』は単行本にして558ページの長編小説だ。物語は5月からスタートし、鏡の世界から卒業する3月30日まで、ほぼ1年の間に起きるさまざまな出来事が積み重なって、クライマックスへと結実する。エピソードを大幅に省略してしまうと物語自体が成立しなくなる可能性もある、非常に戯曲化の難しい作品だ。その難題に、成井は果敢に挑んだ。

物語の骨格となる部分を漏れなく編み上げ、スムーズな場面転換とスピード感ある展開で凝縮。それでいて、この物語の最大の見せ場である謎解きからエンディングにかけての疾走感をまったく損なうことなく、10代の痛みや苦しみ、人と人との出会いの奇跡を舞台上に描き出した。

そして、涙でいっぱいのラストシーンを見届けながら、作品の素晴らしさに打ち震えるとともに、僕はこう思ったのだ。やっぱりキャラメルボックスはいいな、と。

日本の小劇場界を牽引したキャラメルボックス

『かがみの孤城』を企画・製作・主催したのは、株式会社ナッポスユナイテッド。キャラメルボックスのチーフプロデューサーである仲村和生が代表取締役社長を務め、現在は成井を筆頭に西川浩幸、大森美紀子、坂口理恵、多田直人らキャラメルボックスの劇団員たちも所属している。

この『かがみの孤城』自体も、メインキャストには生駒里奈、溝口琢矢ら若手キャストを迎えているが、多田、渡邊安理、原田樹里らキャラメルボックスの劇団員が脇を固めている。成井の演出も、川崎悦子振付によるオープニングのダンス、For Tracy Hydeなど日本のロックバンドを中心とした選曲など、キャラメルボックス時代と変わらぬもので、昔からのサポーターにとってはキャラメルボックスの空気感を随所に感じさせるものがあった。

キャラメルボックスの旗揚げは1985年。夢の遊民社や第三舞台が活躍した1980年代小劇場ブームからそのバトンを受け継ぐように一気にシーンのトップへ飛躍。劇団☆新感線や惑星ピスタチオらと切磋琢磨しながら人気を高めていき、上川隆也が『大地の子』でブレイクすると共に人気もピークへ。最盛期は年間総観客動員数12万人を突破した。

そのわかりやすい内容と、戯曲が図書館でも手に入る親しみやすさから、高校演劇でも広く成井の作品は上演され、学生時代に『銀河旋律』や『ナツヤスミ語辞典』を演じたことがあるという人も多数。初めての観劇はキャラメルボックスという声も多く、『かがみの孤城』の原作者である辻村自身、高校時代に『俺たちは志士じゃない』を観て以来、キャラメルボックスの大ファンであると公言している。日本の観劇人口の拡大に多大な貢献を果たした劇団であると言っても何ら過言ではないだろう。

早く彼らに「おかえりなさい」と言える日がきますように

しかし、2019年6月、キャラメルボックスは活動休止を発表。運営母体である株式会社ネビュラプロジェクトの破産のニュースは、演劇界に衝撃を与えた。

キャラメルボックスは、ずっとそこにあるのが当たり前だと思っていた。活動休止の報を受け、そんな声があちこちから聞こえてきた。忙しくてもう何年も行ってなかったけど、生活が落ち着いたらまた行きたいと思っていたのに。そう残念がる声もあった。劇団というものはとても脆く、常に活動を保証されている団体などないのだという事実を、キャラメルボックスの活動休止は、多くの演劇ファンに改めて知らしめたと思う。

現在もまだキャラメルボックスは活動休止中のままだ。劇団員たちはそれぞれの場所で活動を続け、成井自身も今年2月に舞台『おおきく振りかぶって』の脚本・演出を担当するなど、創作活動を続けている。

だけど、この『かがみの孤城』を観て、改めて早くまたキャラメルボックスが観たいと思った。不要な間は省き、熱量高めのスピーディーな台詞回しで畳みかけていく会話の応酬。場面と場面をつなぐ印象的なモノローグ。思わずクスッとなる小ネタや遊び。そして、人の優しさや絆の尊さに瞼が熱くなるラストシーン。キャラメルボックスのお芝居を観るだけで胸が幸せでいっぱいになった。世界がキラキラして見えた。現実はそんなにいいことばかりではないとわかっているけれど、ほんの少しだけ明日を信じてみようという気持ちになれた。

僕が演劇を好きな理由のいくつもが、キャラメルボックスにはつまっていた。

キャラメルボックスはこれだけ高い知名度を誇り、演劇界に大きな影響を与えてきたにもかかわらず、これまで賞レースで評価の対象になったことはほとんどない無冠の人気劇団とも言われている。見やすくわかりやすく親しみやすい。そうしたエンタメを軽視する風潮は、少なからずあるように思う。

でもこのコロナ禍により多くの人がエンタメを渇望した中で、幕が上がった成井 豊の舞台を観て、改めてこういう演劇がもっと必要なんじゃないかという想いが溢れてきた。ただ劇場に行くだけで希望を感じられる。客席に座れば温かい気持ちになれる。ほんの短い時間でも、その間だけは現実を忘れて物語の世界に没入し、曇りのない夢を見られる。今の僕たちに必要なのは、そういうピュアなひたむきさなんじゃないかと思った。

だからこそ、早くキャラメルボックスに戻ってきてほしい。たくさんの人たちの心に元気と優しさを与えてほしい。そんな願いが胸の中ではちきれそうになっている。

看板役者の西川浩幸はカーテンコールでおきまりのようにいつもこう言っていた。「僕はいつでもここにいます」と。こんな言い方をしたらプレッシャーを与えることになるかもしれないけど、あの約束を早くまた果たしてほしい。多くの人は待っているのだ、カーテンコールで彼らに思い切り拍手ができるのを。

そして、そのときは想いを込めて伝えたい、「おかえりなさい」と。キャラメルボックスのいない演劇界は、やっぱりちょっと寂しすぎるのだ。

NAPPOS PRODUCE 舞台『かがみの孤城』

東京公演:2020年8月28日(金)~9月6日(日)サンシャイン劇場
大阪公演:2020年9月18日(金)~9月20日(日)サンケイホールブリーゼ
愛知公演:2020年9月22日(火・祝)刈谷市総合文化センター 大ホール

原作:辻村深月「かがみの孤城」(ポプラ社刊)
脚本・演出:成井豊

出演:
生駒里奈、溝口琢矢、野田裕貴(梅棒)、
山本沙羅、前田航基、原田樹里、
河内美里、渡邊安理、多田直人、
木村玲衣、石森美咲、稲田ひかる、澤田美紀

※初出時より出演者に変更があり、木津つばさに代わり山本沙羅の出演となりました。

公演オフィシャルサイト

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