佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 152

Column

音楽ライター出身の和田静香さんの文章に胸を打たれ、突き動かされて観てきた映画から学んだこと

音楽ライター出身の和田静香さんの文章に胸を打たれ、突き動かされて観てきた映画から学んだこと

そのツイートを目にしたのは7月18日の夜だった。

いつになく心が突き動かされたのは、和田静香という人の素直な気持ちがそのまま、文面から伝わってきたからだろう。

映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』
小川淳也議員と大島新監督にインタビューしました。その前編です。後編は後程アップされます。読んで下さい!
選挙の不条理さ、政治家っていい人じゃいけないの? 政治ド素人の視点で聞いて、書きました。

どこかただならぬ気配を感じてしまったので、ぼくは後編が公開されるのを待たず、すぐにAERAのウェブサイトでコラムの前半から読み始めたのだが、途中から自分が小川議員と大島監督の言葉に共鳴していることがわかってきた。

この映画は民主党から初出馬した政治家・小川淳也の2003年の衆議院選挙から、2020年の春までの17年間のを追ったノンフィクション作品だという。

四国の香川1区を地盤として選挙を戦ってきた小川淳也は2003年10月に32歳で総務省を退職し、霞が関でのエリート官僚という道を断って政治家に転身した。

そして当時の民主党から初出馬したが、地盤も看板のカバンもないままだったので落選している。

そこから2005年の選挙で再び自民党候補に挑み、惜敗したものの比例で復活当選を果たし、当選5期を数える現在では無所属で活動している。

2019年の国会で統計不正を質して注目を集めたのは記憶に新しい。

その時は頭の切れる若々しい国会議員が登場したと思ったが、すでに10数年のキャリアの持ち主だったのである。

大島新監督は数多くのテレビ・ドキュメンタリーを手掛けてきたベテランだが、選挙に打って出た小川淳也を追いかけることになったのは、たまたま個人的な縁があったからだったという。

そのあたりについて、和田静香がこんな話を聞きだしていた。

「私の妻が小川さん、お連れ合いの明子さんのふたりと高校の同級生で、『小川君はこんな人がいるのか?というぐらい好青年なんだけど、あっちゃん(明子さん)が猛反対してるのに選挙に出ると言ってるらしい』と聞いて、興味を持ちました。
職業柄ドキュメンタリーの企画はいつも考えていますし、政治家を撮りたいとも思っていたんです。ただテレビには報道局というセクションがあって、それ以外の人間が政治家を撮るのは難しい。
でも、初出馬なら私でもくいこめるかもしれないと、高松まで飛びました」

大島監督はそこで初めて会ったときの印象を、"今と変わらない"としながらも、理想を語る生真面目さに胸を打たれたと述べていた。

「『国民のためという思いは誰にも負けない』と無私にまっすぐ理想を語る。本当に驚きました。こんな人がいるのか?と胸を打たれたんです。
分かるじゃないですか? ただのかっこつけなのか、本気で言っているかなんて。
しかも非常に優秀で、話が上手いし、説得力がある。ただ同時に、私がイメージしていた清濁併せ飲むといった政治家像からすると、こんなに青臭くて大丈夫なのか?
政界に入ってうまく渡って行けるんだろうか? とは正直思いましたね」

生きていくことについて邪念のない人たちが、たまたま、縁があって出会ったことで、そこから物語が始まって大河ドラマのように展開していく。
普通では起こりえないことなのだろうが、事実は小説よりも奇なりだったことになる。

そのようにして撮影が始まったこの映画は17年もの歳月を経て、今年の春にノンフィクション作品として完成し、6月13日から都内2館のミニシアターで封切られた。

するとコロナ禍で映画館不況が続く中で連日ほぼ満員御礼になり、上映館は徐々に増えて8月までに全国57館上映になることが決まった。

ぼくも今すぐにでも観たいと思って上映スケジュールを調べてみると、幸運にも翌19日の午前中ならば、東中野でならば観られそうだということが分かった。

ミニシアターの老舗に該当するポレポレ東中野には、前身となったBOX東中野の時代に足を運んだことしかなかった。

だがなんとしても観に行こうと決めたので、1か月ぶりに電車に乗って外出することにした。

前売りの状況から考えると開場する30分前、9時頃から並べば当日券で鑑賞できると予測したが、その通りだった。

映画は期待した通りの力作で圧巻だった。
とりわけ情動に流されない大島監督のクールな視点と、観客に対するアピールの仕方が見事だと思った。

その日の午後に帰宅してツイッターを見ると、和田さんがコラムの後半が公開されたことを、こんなふうにつぶやいていた。

どうしても有名な人、派手なこと、が先に出る。地味な記事、すぐに忘れ去られ、葬られていくウエブ。でも、読んでもらいたいんだ。すごくいい言葉をたくさん聞けた。長いのですが。何度もツイートしていきたい。

こうした正直な気持ちのやり取りが公になっていくことが、国民の目から閉ざされてきた日本の政治に、新しい息吹を吹き込んでいけるかもしれない……、ぼくもそんな手ごたえを感じさせられた。

この映画には大島監督から観客へのメッセージが、明確に言葉でも反映されていたように思えた。

劇場で購入したパンフレットの表4にはこんな言葉が書いてあったのだ。

誠実さを笑うか泣くか
いまの日本が浮かび上がる

そして映画は公開されたことで完成したにとどまらず、ぼくの行動にも影響を及ぼしたように、少しずつ現実を動かし始めている。

和田さんは書き上げた原稿を読んでくれた本人が、わざわざ自分でお礼の電話をくれたとも述べていた。

音楽ライター出身だったからスタッフによる文言のチェックや修正の依頼は、日常茶飯事、のことだったが、お礼の電話がかかってきたのは異例のことだった。

ふつう、そんなことしてくれる人はいない。ぜんぜんいない。だから、もう、すごいびっくりした。いい人すぎると思った。こんないい人が総理大臣だったら? 日本は変わる。本当に。そして原稿は全然直されなかった。そのまま出してます。

映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』のパンフレットには、小川議員のこんなコメントが最後に掲載されていた。

「17年に及ぶ交流のある大島監督の「日本政治に問う」との思いに共鳴しています。
私は取材には協力しましたが、映画の製作には一切関わっていません。観てもいません。作品を通じての私自身の評価は全て受け入れるつもりです。
このドキュメントが日本政治に何を問うのか、監督の思いが伝われば本望です」
小川淳也

小川議員の理想や苦悩、それを見てきた監督の思いを、ぼくは十二分に受け取ることができた。

そして誠実に生きていくことを、あらためて映画から学んだのである。

なお音楽ライター出身の和田さんは1965年千葉県生まれで、音楽評論家で作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターになった。

趣味の大相撲観戦やアルバイトに迷走する現実をなどに関するエッセイも多い。
著書に『音楽に恋をして♪ 評伝・湯川れい子』(朝日新聞出版)、『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて~44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』(シンコーミュージック)、『スー女のみかた 相撲ってなんて面白い!』(シンコーミュージック)などがある。

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートを手がけている。
久世光彦のエッセイを舞台化した「マイ・ラスト・ソング」では、構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。現在は顧問。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

ウェルカム!ビートルズ 1966年の武道館公演を実現させたビジネスマンたち

著者:佐藤剛
ボイジャー

ビートルズ来日をめぐる人間ドラマを丹念に描く感動のノンフィクション。

1966年のビートルズ来日公演、それは今になってみれば、奇跡的といえるものだった。いったい誰が、どのようにしてビートルズを日本に呼ぶ計画を立てて、それを極秘裏に進めて成功に導いたのだろうか? これは日本の経済復興の象徴だったリーディング・カンパニーの東芝電気と、その小さな子会社として生まれた東芝レコードにまつわる、歌と音楽とビジネスをめぐる物語である。

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