山口洋のSeize the Day/今を生きる  vol. 86

Column

Still Life With My GTR

Still Life With My GTR

大きな時代の変わり目を生きる私たちに、明日のことを憂う暇はない。
いざという時自分を支えてくれるものは、胸の奥と手のうちにある「確信」しかない。
長きにわたってお届けしてきた連載も、いよいよ最終回直前。
山口洋という音楽の核心に迫る。


ギターを弾くこと。それはなにも考えないこと。無ではなく、からっぽになること。その空間のヴァイブレーションに身を委ね、空間にゆらぎを作りだすこと。時空をわずかに歪ませること。Still Life With My GTR。奥深すぎて、どこにもたどりつかない。たった6本の弦、そして2つのてのひら。

遠い日。

あのときギターに出会わなかったら、いったいどんな人生を送っていたんだろう? 今となっては想像もできないけれど、14回目の誕生日は僕の人生を決定づけた。

それまでもいろんなことに取りくんではいた。絵を描き、漫画を描き、文章を書き、野球に熱中し、模型飛行機を飛ばし、世界中のラジオを聞き、エトセトラ、エトセトラ。

でもなにひとつ、モノになりそうな予感がない。なにより閃きがない。10歳に満たないころ、実家の庭から海に沈んでいく夕陽を眺めていたら、なにひとつモノにできないまま死んでいく自分の姿が浮かびあがってきて、怖くて震えた。なにか自分を熱くしてくれるもの、すべてを賭けられるものを切望していた。

14歳のその日、親友の家にて。僕はそれまで絵を描いていて、彼はギターを弾いていた。彼から小椋佳さんの「さらば青春」を教えてもらって、最初のコード、Gを弾いたとき。全身に稲妻が走った。天啓と言ってもいいだろう。

「これだ!」と。

一瞬で理解した。あっという間にその曲をモノにして、翌日、父親のギターを借りてガンガン弾いていたら、「おまえ、いつからギターを始めたんだ?」と。「昨日だよ」と答えたけれど、信じてくれなかった。

のちに親友は絵描きになり、僕はミュージシャンになった。互いの才能が交錯。お互いの伸びっぷりに唖然とするしかなかった。

とにもかくにも。勉強する気なんてまるでない僕にとって、ギターは世界と自分とをつなぐ唯一のドア。教則本もYouTubeもヴィデオもない。ただ、ひたすら弾くだけ。起きている時間のすべてを費やして。

定期的にギターを弾いている人を見ることができるのは、ドリフのバックバンドくらいだった。だから、まばたきもせず、豆粒のようなそのギタリストの指を網膜に焼きつける。そして、ああでもない、こうでもないと試行錯誤を繰りかえしてみる。

ギターを買えないから、父親のガットギターに鉄の弦を張って弾いた。思うに、それがよかった。高校生になって、中華料理屋でバイトしてエレクトリックギターを手に入れたとき、あまりの弾きやすさに驚いたから。こんなに簡単だったんだ、と。

とにかく、僕はギターにしがみついた。これをモノにしなければ、生きていける気がしなかった。そしてヴェルヴェット・アンダーグラウンドでルー・リードが弾いていたギターに目を奪われる。2度目の天啓。

「弾くべきギターはこれだ」、と。

そのギターの名はグレッチ・カントリージェントルマン。実物を見るまで実に3年。18歳のある日、ともだちから電話がかかってきた。「ヒロシ、そのギター、電気屋にあるじぇ!」。

僕は徹夜して、朝イチで電気屋に電話をかける。「そのギター、僕が買います」。1万円も懐にはなかったのに。60回払い。初めて見たグレッチ。

それが今でも愛用しているギター。38年にわたってHEATWAVEを支えている。どうしてあんな音がするんですか? って。それは、ただひたすらこのギターを愛してきたから。ブライアン・セッツァーのリペアマンに「このギターはオールドとしては価値がありません」って言われたけど、そんなことどうだっていい。僕にはプライスレス。世界でたった一本のグレッチ。

ところで、バンドを始めて最初の4年くらいはただのギタリストだった。歌う気なんてなかった。できれば目立たず、いい曲を書いて、ギターを弾いていればそれで満足。

でもライヴの前日にヴォーカルが脱退。僕が歌うハメになる。今思い返しても、穴があったら入りたい。でも、その日を境に、ギターをやたらと褒められるようになる。

僕は歌に集中するあまり、ギターを弾くことを手放していたのだった。作為ではなく、無意識。その説得力。こうやってギターを弾くという行為の真髄に近づいていく。

弾こうとするから、弾けないのだ。圧倒的な修練のあと、それを手放せ。考えてはいけない。感じるだけ。それを愛すればいい、女性のように。

あの日から42年。

この楽器のおかげで、日本中、世界中を旅し、あちこちで演奏し、セッションし、ともだちを作り、生きてくることができた。悔しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、愉しいことも。いつだってギターとともに。

Still Life With My GTR。結局、どこにもたどりつかない。それがいい。

とある女子校の教壇に立ったとき。なにも話すことがなくて困っていたら、ひとつだけ伝えられる言葉が浮かんできた。

「恋愛でも、趣味でも、なんでもいいけど。好きになったことに徹底的に夢中になってほしい」、と。

本気で向きあったら、ギターがすべてを教えてくれたから。すべてを、だよ。ほんとなんだ。

感謝を込めて、今を生きる。


著者プロフィール:山口洋(HEATWAVE)

1963年福岡県生まれ。1979年にHEATWAVEを結成。90年、アルバム『柱』でメジャー・デビュー。1995年発表のアルバム『1995』に収録された「満月の夕」は阪神・淡路大震災後に作られた楽曲で、四半世紀を経た現在もなお、多くのミュージシャン、幅広い世代に歌い継がれている。“ミュージシャンズ・ミュージシャン”としてその名を挙げるアーティストも多く、近年は野外フェスやR&Rイベントへの出演も多い。バンド結成40周年となった昨年は、40thツアーとして全国を廻り、スタジオ・アルバムとしては2年ぶりとなる新作『Blink』をリリース(オフィシャルサイト、レコード店、大手通販サイト、配信等で販売中)。ファイナルとなった東京・日本橋三井ホールのステージの音源と映像をボックスセットとしてまもなく発売予定。ライヴハウスやイベントの自粛が求められるなかで、毎週末にインスタライヴという形で音楽と言葉を届けてきたが、6月20日にはバンド初の試みとして無観客生配信ライヴ“Blink”を行う。2011年東日本大震災直後に始めたプロジェクト“MY LIFE IS MY MESSAGE”は12月に開催延期。なお、延期となったソロ・ライヴを含め今後の動きについては、逐次オフィシャルサイトを参照のこと。

オフィシャルサイト
http://no-regrets.jp/index.html

ライブ情報

HEATWAVE TOUR 2020 “Blink”→開催中止

6月4日(木)東京 duo MUSIC EXCHANGE
6月6日(土)仙台 CLUB JUNK BOX
6月17日(水)京都 磔磔
払い戻しについての詳細はこちら

HEATWAVE 無観客生配信ライブ “Blink”
6月20日(土)20:00~21:30
http://no-regrets.jp/news/2020/0620_live_blink/

MY LIFE IS MY MESSAGE 2020|Brother&Sister→12月に開催延期

6月12日(金)山口洋(HEATWAVE)×矢井田瞳@横浜THUMBS UP(サムズアップ)※SOLD OUT
6月13日(土)山口洋(HEATWAVE)×おおはた雄一×仲井戸”CHABO”麗市@横浜THUMBS UP ※SOLD OUT
<振替公演>
12月9日(水)山口洋(HEATWAVE)×矢井田瞳@横浜THUMBS UP(サムズアップ)
12月10日(木)山口洋(HEATWAVE)×おおはた雄一×仲井戸”CHABO”麗市@横浜THUMBS UP
詳細はこちら(振替公演に来場できない方への払い戻しについてもこちらに)

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