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再放送を機にトレンド入り! 高畑勲・宮崎駿ら参加の名作、アニメ『赤毛のアン』と「世界名作劇場」再入門のすすめ

再放送を機にトレンド入り! 高畑勲・宮崎駿ら参加の名作、アニメ『赤毛のアン』と「世界名作劇場」再入門のすすめ

TVアニメ『赤毛のアン』が、2020年4月よりTOKYO MXにてHDリマスター版での再放送をスタートし話題となっている。「世界名作劇場」シリーズの一作として1979年から1年に渡って放送された本作は、後にスタジオジブリを設立する高畑勲、宮崎駿、近藤喜文らが手掛けたことでも有名な作品だ。

ここでは、あらためて本作品の魅力を解説した上で、動画配信サービスなどで手軽に楽しめるようになった「世界名作劇場」シリーズについても紹介。長い歴史を持つシリーズ作品の中から、『赤毛のアン』をきっかけに観始めるならぜひ推薦したい傑作をあわせてピックアップした。

文 / 山下達也(ジアスワークス) 構成 / 柳 雄大


テレビ黄金期を象徴するアニメシリーズの思い出

皆さんは「世界名作劇場」を覚えているだろうか? あるいはご存じだろうか?

「世界名作劇場」は、日本アニメーションが1970年代から20年以上に渡って制作し続けてきた作品群のこと。『フランダースの犬』や『トム・ソーヤーの冒険』など、世界的名作である原作をアニメ化したもので(『七つの海のティコ』のみ例外)全26作品が制作されている。1975年に放送された「世界名作劇場」シリーズ第1作目『フランダースの犬』(当時は『カルピスこども劇場』)以降、日曜夜7時30分のお茶の間に感動を届け続けた。

当時、日曜日のフジテレビ夕方帯と言えばアニメのゴールデンタイム。その中で「世界名作劇場」は、『サザエさん』、『タッチ』(1985年~1987年)、『キテレツ大百科』(1988年~1996年)、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(1996年~2004年)など、視聴者にとってはそうそうたる作品をじっくり楽しんだ後の〆のアニメという位置付けだった。当時の子供は本当にテレビばっかり観ていたわけだが、「世界名作劇場」は、そんなテレビ黄金期を象徴するアニメシリーズの1つといっても過言ではないだろう。

このうち1979年スタートの『赤毛のアン』をリアルタイムで見ていたのは、現在の“アラフィフ”世代だろうか(筆者もそうです)。しかし、その感動は40年以上経った今も少しも色あせることがない。むしろ大人になってから観直して、こんなに面白い話だったのかと驚いている人も多いのではないだろうか。

子供と大人では見え方がまったく違う? 『赤毛のアン』の奥深い面白さ

アニメ『赤毛のアン』は、カナダ人作家ルーシー・モード・モンゴメリの連作小説『赤毛のアン』シリーズが原作。カナダ東部に実在するプリンス・エドワード島を舞台に、老兄妹の元へ養子に引き取られた少女アン・シャーリーの穏やかで幸福に満ちた生涯を描いた作品で、アニメ『赤毛のアン』では、少女時代から思春期へと向かう彼女の成長が語られる(原作第一作目『赤毛のアン』をほぼ忠実に映像化)。

「アン」シリーズは世界的に高く評価されている作品だが、中でも日本人のアン好きはかなりのもの。「世界名作劇場」シリーズの中で2度もアニメ化された数少ない作品であり、さらにNHK連続テレビ小説『花子とアン』(2014年)でもモチーフにされている。2016~2018年に3部作という形で公開されたカナダ製作の実写映画も話題になった。舞台となったプリンス・エドワード島は今でも日本人の人気観光地だ。

そんな原作を全50話のTVアニメに仕上げたのは、惜しくも2年前に亡くなった故・高畑勲監督。スタッフには宮崎駿(場面設定・画面構成)、近藤喜文(キャラクターデザイン・作画監督)ら、後のスタジオジブリの面々も参加している。この時点でもうアニメとしての完成度は折り紙付きと言えるだろう。

本作について筆者が感じた第一の特徴は、主人公が冒険をしないこと。全50話の物語は、アンが機関車でプリンス・エドワード島のグリーン・ゲイブルズ(これは地名ではなく老兄妹の住む家の屋号で「緑の切妻屋根」という意味)にやってきてから、旅立つまでの4年間の暮らしを丁寧に描く物語、なのだ。

心沸き立つようなアクションシーンは存在しないし、こういってはなんだが、とても地味な物語。だが、だからといって退屈な作品というわけでは断じてない。高畑監督の代表作である『火垂るの墓』や『おもひでぽろぽろ』のような、しっとりと視聴者の心に寄り添うような力強さのある作品に仕上がっているので、まずはその空気感を味わってみてほしい。70年代の高畑・宮崎作品を支えた故・井岡雅宏の手掛けた背景美術にも特筆すべきものがある。

具体的には、たとえば第1話……プリンス・エドワード島にやってきたアンが、養父・マシュウの馬車に乗せられてグリーン・ゲイブルズまで向かう途上の林檎並木や小さな池(アン曰く「喜びの白い道」「きらめきの湖」)の美しさはアンならずともうっとりしてしまう。

第13話「アン・学校へ行く」で親友ダイアナと共に歩む通学路の描写も実に見事だ。春になると窪地にスミレの花が咲き乱れると聞いたアンが、そのようすを想像すると、画面にパッとスミレの花が咲き乱れる……その心浮き立つ幸福感も感じてほしい。こうした、プリンス・エドワード島の四季の巡りを観ているだけでも作品の価値が感じられるはずだ。

そんな美しい環境で、アンは11歳から15歳に成長する。当初は思ったことをすぐに口に出して周囲の大人を閉口させる妄想気味な女の子だったが、終盤はまわりの大人を気遣える立派なレディに成長していく。第37話「十五歳の春」で養母マリラが見違えたように「あんた、そんなに背が高かったかい?」「大きくなったね、アン」と言うシーンがあるのだが、これには筆者も親(あるいは親戚のおじさん)になったかのような、ジーンとした気分にさせられてしまった。

そう、大人になると、アンよりもその周囲にいる大人たちに感情移入させられてしまうのだ。アンに厳しく当たるマリラは、子供目線ではうるさいおばさんなのだが、大人になってから観直すと、彼女の苦悩や苛立ちにこそ共感できる。特に終盤、ある大きな喪失を経て、マリラが初めてアンに弱さを吐露するシーンはこの作品の中でもトップクラスの感動エピソードと言えるだろう。

子供の頃に観た時は冒険をしないアンの物語を退屈だと思ったし、子供の成長や大人の苦悩にもピンときていなかった。それが大人になると、分かる。当時、『赤毛のアン』を大好きだった人もそうでない人も、今、改めて観直すことで新たな発見がある。もちろん、まったく世代ではないという人にもぜひ観てほしい。今のアニメとは違った、心に染み入るような深い感動を味わってもらえるはずだ。

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