佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 145

Column

600曲を超えるストリーミング配信が始まった山口百恵を聴いて、あらためて気づいたのはロックとの親和性だった

600曲を超えるストリーミング配信が始まった山口百恵を聴いて、あらためて気づいたのはロックとの親和性だった

2月から新型コロナウイルスの影響にともなって、コンサートやイベントの自粛による中止が相次ぎ、全国にあるライブハウスが営業できなくなるなど、音楽業界はかつて経験したことのない大きなダメージを受けている。
ぼくも決まっていた公演やイベントがなくなったために、完全に自宅での仕事に切り替えたが、4月から5月にかけては鬱々とした気分が晴れないままだった。

そのような危機的な状況を受けて様々な試行錯誤が始まっていくなかで、動きが活性化してきたのがライブ配信を使用したイベントへの期待である。

どこからでも配信・視聴が可能なライブ・ストリーミングは、全国から何人でも参加できるし、有料・投げ銭などによって収益化も図れるようになった。
自分もいくつかに参加してみたのだが、実際のライブとはまったく異なる音楽との出会いを楽しんで、将来に希望を感じることができたのは収穫だった。

そんな中で5月29日、まったく予期していなかったうれしいニュースが発表された。
2020年が始まった時点でサブスクを解禁していなかった1970年代のスーパースター、山口百恵の全シングルと22枚にも及ぶ意欲的なオリジナル・アルバム、そして二枚組だったライブ盤が6種類、さらには女優として出演したサウンドトラック盤の8作を合わせて、トータルで600曲以上がスマホやパソコンで聴けるようになったのだ。

さっそく16歳の山口百恵が初めて挑戦したコンサートのライブ盤を聴いてみたのは、CDを2枚準備して途中て掛け替えるのに比べると、ずっと手軽だと思ったからである。

そして実際にも操作性に関してはスムーズで、快適そのものだったと思う。

1975年8月28日から31日まで開催された新宿コマ劇場における「第1回百恵ちゃん祭り」で、彼女はロックンロールやブルースによるロック・ミュージカルに取り組んでいた。

アルバムを検索して『第1回百恵ちゃん祭り(1975年)』をクリックすると、1曲目は先ごろ亡くなったロックンロールの創始者、偉大なるリトル・リチャードの「ルシール」をカヴァーした「ルシア」だった。
そして2曲目はフランスを中心に活躍していたアダモのオリジナル曲で、ロッカバラードの傑作「ブルージーンと革ジャンバー」である。

これが「黒い天使のテーマ」になっていた。

ぼくはそれを歌と音楽とセリフで聴いているうちに、ロックと山口百恵の親和性について考えさせられた。

彼女は中盤になってから宇崎竜童が率いるダウン・タウン・ブギウギ・バンドのヒット曲「スモーキン・ブギ」と「カッコマン・ブギ」を、いささかも照れることなく、実に堂々と唄っていたのだ。

そういう前段階があったからこそ自分の意志で宇崎竜童の名前をあげて、山口百恵はスタッフに歌いたい旨を意思表示してきたという。

16歳の山口百恵が歌った「朝日のあたる家」から聴こえてきたのは、ロックンロールとブルースのスピリットだった

16歳の山口百恵が歌った「朝日のあたる家」から聴こえてきたのは、ロックンロールとブルースのスピリットだった

2019.09.10

1976年の夏に大ヒットした「横須賀ストーリー」は、4月に出す予定のアルバム『17才のテーマ』のために作られた楽曲だったという。
しかしあまりにも見事な作品に驚いた制作スタッフたちが、アルバム収録ではなくひとつ先のシングルに選んだことによって、彼女の歌手としての人生が変わっていくことになった。

レコーディングされてから半年後の6月21日、13枚目のシングルとしてリリースされた「横須賀ストーリー」は、アイドルとしての人気を拡大したにとどまらず、山口百恵をカリスマ的なスーパースターにまで押上げていった。

ホリプロダクションの音楽制作部門で一千数百曲もの作品を作ってきた音楽プロデューサーの川瀬泰雄は、「エルヴィス・ビートルズ・陽水・百恵で僕の音楽の歴史がつくられました」と述べている。
そしてトータルの4分の1近い曲数を占める山口百恵の全作品について、事実関係やレコーディングのエピソードを詳述した著作『プレイバック 制作ディレクター回想記 音楽「山口百恵」全軌跡』(学研教育出版)を2011年に出版した。
そのなかで川瀬は1975年の著しい成長について、シングル「ささやかな欲望」を例にして、このように描写していたのが印象的だった。

この作品での、百恵の歌手として上達は、信じられないほどだった。「この3ヶ月の間に何が起こったのだろう」と驚くほどに、前作までとテクニックも感情の込め方もまるで違っていた。
レコーディングでの僕のディレクションは、いつもと同じように、「ここは抑えて歌おうよ」とか「ここから感情込めてみようよ」、とかいう程度だったと記憶している。しかし、よく聴いてみると全てにおいて、格段に進歩しているのだ。

(『プレイバック 制作ディレクター回想記 音楽「山口百恵」全軌跡』学研教育出版)

それがミュージカルでロックやブルースに開眼したからだったのではないか、ということがこのライブ盤をノンストップで聴いてわかった。

第2部の最後に「ささやかな欲望」のライブ・ヴァージョンを聴いたことによって、そのことをはっきり感じることができたと思う。

CDで聴いていた時には気づかなかったことだが、音楽を聴く環境の変化が新しい発見につながったのだ。

山口百恵のオリジナル アルバムは、当時としてはクオリティーが高いことで有名だった。

それが今回のサブスク解禁によって誰にもわかるようになったことも、ここで特筆しておきたい。

とくにロンドンでレコーディングされた『GOLDEN_FLIGHT』は、完全にロックのアルバムとして完成していた。

これを機会に新しい音楽ファンにも発見されてほしいと、ぼくは心からそう願っている。

山口百恵の楽曲はこちら

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートを手がけている。
久世光彦のエッセイを舞台化した「マイ・ラスト・ソング」では、構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。現在は顧問。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

ウェルカム!ビートルズ 1966年の武道館公演を実現させたビジネスマンたち

著者:佐藤剛
ボイジャー

ビートルズ来日をめぐる人間ドラマを丹念に描く感動のノンフィクション。

1966年のビートルズ来日公演、それは今になってみれば、奇跡的といえるものだった。いったい誰が、どのようにしてビートルズを日本に呼ぶ計画を立てて、それを極秘裏に進めて成功に導いたのだろうか? これは日本の経済復興の象徴だったリーディング・カンパニーの東芝電気と、その小さな子会社として生まれた東芝レコードにまつわる、歌と音楽とビジネスをめぐる物語である。

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