STAGE SIDE STORY〜エンタメライター 片桐ユウのきまぐれ手帖〜  vol. 2

Column

vol.2 “おうち観劇”

vol.2 “おうち観劇”

演劇、舞台をメインに執筆しているライターの片桐ユウが、芝居やエンターテインメント全般に思うことを綴っていくコラム。作品は人に様々な感情をもたらすもの。その理由やルーツを訪ねて飛び回ってみたり、気になった場所を覗き込んでみたり、時には深堀りしてみたら、さらに新しい気づきがあるかもしれない。“エンタメ”とのコミュニケーションで生まれるものを、なるべく優しく大切に。
今号では、次々と新しい企画が生まれている“配信”の演劇について思ったことを。


刺身に、フライ、あとツナ缶3つお願いします

「全部選ぶ!」
──ミュージカル『刀剣乱舞』 〜真剣乱舞祭 2016〜(加州清光)

5分前、LINEに「待機OK」と友人からメッセージが入る。

通常ならば同じ方向を向いて、出航を待つかのようなソワソワした気持ちで客席に着く。しかし今日、座る場所は各自宅のPC前だ。
20時に配信が始まる。現場の視界よりずっと小さく区切られたモニターの中に、客席で様々な色に光るペンライトが映し出された。

友人は、そのミュージカルを「いつか見てみたい」と私に話していたのが運の尽き、いや運命の始まり。配信をシリーズ通して観終えた頃には「どの公演のBlu-rayを購入しようか」という相談のLINEが日付を越え、「そろそろお手入れの時間が」という“台詞”に“既読”が付いたのは夜中の2時過ぎだった。
配信期間中、私たちは寝不足になりながらも充足感で幸せいっぱいだった。

輪が広がっていく様子はとても楽しい。
同じ空間に居なくとも、作品の素晴らしさを共有する喜びは味わえるのだと思った。

新型コロナウイルス感染拡大防止のための自粛期間もひと月以上が過ぎ、社会全体に疲れが目立ち始めてきたことは否めないが、そんな日々の中でもエンタメは生きている。

世界規模では、この感染症との闘いを支援する目的で、レディー・ガガが発起人となりグローバル・ストリーミング・コンサート「One World: Together at Home」が4月19日(日本時間)に開催。100人以上のアーティストが参加し、各国のスターが自宅から演奏を配信した。
また、アスリートたちからの応援メッセージ配信、オンラインによる料理や手芸、体操のレクチャー動画など、今と未来をつなげようとする活動は、国内外で行われ続けている。

舞台関係も“エンタメを届けたい”という意向を中心として、ジャンルを問わず数々の劇団や制作会社、劇場が舞台作品を配信。(今現在も多くの作品が配信中)

特にSNSを賑わせていたのは、シリーズ連続放送を行っていた作品だ。ミュージカル『刀剣乱舞』シリーズはDMM動画にて4月24日~5月3日、全10作品をライブ形式で無料配信。ミュージカル「ヘタリア」シリーズは「4cu」公式LINE LIVEチャンネルにて4月26日~4月30日まで、5作品のライブ配信(及び2日間の無料アーカイヴ)を行っていた。

TV番組の録画や動画アーカイヴは「いつでも好きな時に見られる」という手軽さが魅力だが、ライブ配信は「必ずその時間に見るしかない」という“限定感”がある。
開始時間を待つワクワク感は、ある意味で不便さを有する“観劇”のシチュエーションを彷彿とさせ、気分を高めてくれる効果があったように思う。

さらに、この時代はリアルタイムで感想を言い合える。通常、劇場では上演中に声をあげられないが、自宅では(同居人や隣人に配慮した範囲で)自由。TV番組の実況のように感じたことを都度投稿したり、タイムラインに流れてくる薀蓄に頷いたり、配信ならではの楽しみ方も広がっていた。
私の場合は、初見の友人に解説を送ったところ「邪魔すんな」と一蹴されたので、沈黙を守った鑑賞となったが。

友人と同じように、タイトルは知っていても触れる機会がなかった人々が、作品を目にするチャンスを得て、興奮に呑み込まれていく現象を目撃できたことも、仕事柄もあり嬉しい出来事となった。

正直に言って、“配信観劇”は本当に楽しかったのだ。
モニターの大きさがステージとは比較しようもないくらい小さいことと、劇場空間と違って自分の部屋が夢要素皆無なところに気が付かないフリをすれば、部屋着で飲食しながらの観劇も可能。前に座る人の座高に一喜一憂しなくて良いし、トイレも並ばなくて良い。終演後に混み合った電車へ駆け込むことなく、余韻に浸りながら真っ直ぐ布団に潜り込むこともできる。

もちろん、劇場での観劇特有の感触も捨てられるものではない。自分自身がそうした“劇場体験”を持っているから、“配信”の良さをより実感できたのだとも思う。

年齢も職業も様々な人間たちが、客席というポジションに着いた途端に一律の存在になっていくような、先程まで生きていた世界が遠のく感覚。M0(芝居が始まる直前にかかる曲)がかかった瞬間、皆の意識が自然にスーッと舞台上に集約されていくあの静寂。演者の呼吸や舞台演出の間合いとレスポンスをし合うような関係性。
さらには劇場そのものが持つ歴史や物腰が、作品の背後からそのパワーを後押ししているように感じられる時さえある。

……と、“配信”を味わいながらも“生=劇場での観劇”の魅力を思い出したりしていた。
いやジュディ・オングかよ! と、伝わりづらいツッコミを自分に入れたりもしていた。

そんな中、演劇界では既に次々と新たな作品作りも始まっていた。

フルリモート劇団「劇団ノーミーツ」による“Zoom演劇”。“リモート配信劇場”として朗読劇をライブ配信する「うち劇」。柄本時生、岡田将生、落合モトキ、賀来賢人の4人が結成した「劇団年一」による作品『肌の記録』は、“オールリモートでビデオ通話を使った、映像のような演劇のような”と説明されており、配信ツールをステージにした企画が続々と登場。

5月6日にYouTube Liveにて生配信された『12人の優しい日本人 を読む会』も大きな話題となった。
劇作家・三谷幸喜が「もし日本にも陪審制があったら?」という設定で描いた密室劇。1990年に劇団・東京サンシャインボーイズにて初演。映画化もされた傑作を錚々たる俳優陣がZoomによる配信形式で見応えのある“作品”に作り上げた。

発起人は近藤芳正。演出はアガリスクエンターテイメントの冨坂友。「読む会」と称されてはいたものの、中身は迫真の演技。フレームを活かした演出も効いていた。
演者の細やかな表情を追い尽くせる贅沢感は、12分割(守衛が登場する場面は13分割、ピザ屋も登場した場面では14分割)で全員の顔を一律に鑑賞できるZoomならではの特色だった。

実は、心のどこかで「舞台配信やリモートによる演劇を肯定することは、生(劇場観劇)の否定だと思われるのではないだろうか」という一抹の不安がぐるぐるしていた。
けれど、“生”の“代替品”として、“配信”があるわけではないのだと思った。いや、始めこそ“劇場で集まれない代わりに”という面もあったかもしれないが、その時期はもう過ぎたように感じられる。今現在における“演劇の配信”というものは、既に新たなジャンルとして芽吹き始めているように思うのだ。

舞台のチケットが取れなかったので上映会に……という選択をした人にとっては、代わりという意識が強いかもしれないが、“舞台の映像”は、“舞台”とはまた一味違う魅力を持つものとなる。
演劇の映像を映画館で上映する<ゲキ×シネ>しかり、ライブビューイングやパッケージ販売用の映像しかり。プロが撮影して、編集して、映像としての魅力を追求して作り上げられたまたひとつの“作品”である。

この機会にナショナル・シアター・ライブ『フランケンシュタイン』も視聴したが、ステージを真上から見下ろすショットが幾つかのシーンで使用されており、この目線は映像でしか得られぬものだと衝撃を覚えた。
(舞台のディスク化の歴史や需要の変化についてはまた他の方向に広がりそうなので別の機会にでも書いてみたい)

そして、配信ツールの演劇的利用方法を模索して作品を作ることも、新しい“演劇”ではないかと私は思う。

“演劇”には、きっと全てを呑み込む力がある。
人々の進化に合わせて、その時代に最も適切な場所を選び取り、社会を映し出す。土地の伝承や神話、英雄譚、古代の歴史から近代史。ごく最近に起こった社会的事件、ベストセラー小説、大ヒット漫画やゲーム。どんな素材も調理してしまう。

演劇が始まったのは紀元前(一説には紀元前5世紀)。
かたやインターネットがサービスとして一般化し始めたのは1980年代末。
インターネットも配信サービスも、おそらく演劇は“我が物”にするのではないかと予想している。

そして素材が良ければ、そのものが良い作品であれば、
“生”でも“配信”でも、良いものは良いのではないだろうか。

良いマグロは刺し身でも漬けでもアボカド和えでも角煮でもツナ缶でも美味しいし、良いカツオは刺し身でもタタキでもフライでも鰹節でもツナ缶でも美味しい。
(この例えを書きたくて念の為ツナ缶の素材を調べたところ、我が家にはキハダマグロを原材料とした「シーチキンLフレーク」、カツオ油漬(フレーク)という名称の「シーチキンマイルド」、同じくカツオ油漬(フレーク)が品名の「いなばライト」の3つが存在したため、マグロver.とカツオver.の2つとも書くことにした)

ツナ缶に向かって「お前は刺し身の代わりに過ぎない」と言うなんて失礼だ。ジュディ・オングの「魅せられて」でリアルに一緒にいる方の相手に対してくらいアウトである。
刺し身には刺し身の旨さがあり、ツナにはツナの美味しさがある。刺し身には鮮度があり、加工品には工夫がある。

“生”も“配信”も、好きな時に好きなかたちを選んで楽しめる世界がいいなと思う。

文 / 片桐ユウ

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