佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 141

Column

音楽活動によって育まれる交遊や友情に支えられてきた「上を向いて歩こう」が、ここからどんな広がり見せていくのか。

音楽活動によって育まれる交遊や友情に支えられてきた「上を向いて歩こう」が、ここからどんな広がり見せていくのか。

東京スカパラダイスオーケストラのオフィシャルや、メンバーたちのツイッターで海外における最新情報を知ったのは5月2日だった。
そのソースをたどっていくと、ニューヨーク在住の音楽ジャーナリストで、ロッキングオンに「ニューヨーク通信」という音楽コラムを連載している中村明美さんのツイッターが大元だとわかった。

いつもは冷静な中村さんが、冒頭に「すごい!」と書いていて、しかも感嘆符をふたつにしてあった。

まずそのことに驚かされた。

しかもNYタイムズのチーフライターであるJPさんの文章から、「しっかり友情が伝わる」という言葉を紹介してくれたことで、すごさの本質が伝わってくるようにも思えた。

東京スカパラダイスオーケストラが発表した「Olha pro céu / 上を向いて歩こう」を、世界のミュージシャン仲間と一緒に自宅から演奏した映像で公開したのは4月28日だった。

スカパラのオフィシャル・ページでは公開とともに、メンバーからのメッセージが紹介されていた。

今世界中がコロナウィルスと闘っている中、日本にいる我々からも何か発信できることはないかという思いから、スカパラの世界中の仲間達に声をかけてこの作品を作りました。
今回、国も超えて皆自宅でレコーディングし、オンラインで音をやりとりする中で、今まで以上に深く仲間と繋がり、一つの作品を完成させられたことは、我々にとってとても素晴らしい経験となりました。この場を借りて、参加してくれたミュージシャンに感謝します。
この事態が収束し、またお互いの国でコンサートが出来る日を楽しみに。
世界中の音楽ファンへ向けて。

そこですぐに映像と歌と演奏を体験してみて、「これは素晴らしい!」と素直に思った。
まさにスカパラにしかできないことだったので、沈みがちな日々の中でも気持ちが高揚してきた。

それをしっかり支えていたのは世界各地で積み重ねてきたライブの実績と、アーティストやミュージシャンとのフレンドシップだろう。

この映像を見た音楽ファンからはすぐに、こんな声がコメント欄に掲載された。

なんて爽やかな【上を向いて歩こう】なんだ
原曲は夜空だけどこれは雲一つない青空が見える
そんな青空の下でまたスカパラに会いたいです

このプロジェクトに賛同して出演したのは、2016年に「Olha pro feat.EMICIDA」を一緒につくり上げたブラジルのラッパーのエミシーダを筆頭に、アメリカからフィッシュボーンのアンジェロ、プエルトリコからイレとパートナーのイズマエル、アルゼンチンからロス・アウテンティコス・デカテンテスのメンバーたちである。
その参加者の顔ぶれも、世界中でライブを行ってきたスカパラならではのものだった。

音楽に国だとか関係ないんだね。
こうやって国とか関係なく
みんなが楽しい音楽こそ
本来あるべき音楽の形なんだなと
思いました

ことのはじまりは2015年にまでさかのぼるのだが、東京スカパラダイスオーケストラはリオデジャネイロのファべーラ(貧困地区)を訪れて、音楽を学んでいる”ファベーラブラス”の子どもたちのためにワークショップを行った。

「スカパラとファベーラブラスの関わり合いをリスペクトする」と語ったのは、ファベーラ出身で人気ラッパーになったエミシーダである。
それがきっかけとなってエミシーダとの交流が始まり、楽曲をコラボレーションする企画が進んで、レコーディングが実現した。

2016年7月29日、オリンピックの開催が翌週にせまっていたリオデジャネイロの新聞「Jornal O Globo」の文化面に、エミシーダとスカパラの記事が大きく載った。

バリトン・サックスの谷中敦が記者の質問に答えて、ファベーラブラスの子どもたちと一緒に練習し、エミシーダともレコーディングした「上を向いて歩こう」という楽曲について、こんなふうに語っていた。

「上を向いて歩こう」という曲は、日本人にとってすごく大事な曲です。
気持ちの上で落ち込んだ時に、歯を食いしばってでも、ニコニコしてでも、がんばって行こうって‥、青年の気持ちでね。
アメリカで1963年に1位になったときに、日本人にもできるんだと勇気を与えてくれた。
そんな希望のメッセージが含まれているし、普遍性があるからこそ、新しい世代にも受け継がれてきたと思う。

そうした経緯からエミシーダが書き下ろした「Olha pro céu」のリリックも、永六輔がオリジナルの「上を向いて歩こう」に込めて書いた、普遍的な歌詞に対するリスペクトから始まっていた。

大切な気持ちが受け継がれていることが、エミシーダの言葉を通してわかった。

涙がこぼれないように 空を見上げて
微笑むことができない 罪人のように
春の思い出が蘇る

孤独はここにあり 星が涙でにじむ
夜明けのマントが すべてを飲み込む
地面のない場所をどう歩こう

こんなふうにして、あらゆる人種や文化が交じり合うブラジルで、新たな生命を与えられて一歩を踏み出した「Olha pro céu / 上を向いて歩こう」が、世界中が困難に立ち向かっている2020年になって、ふたたび注目を集め始めたのである。

これまでにも楽曲の持つ力で何度か思わぬ生命力を発揮し、21世紀になっても歌い継がれてきた「上を向いて歩こう」は、音楽というノーボーダーの世界に鳴り響くなかで、これからどんな広がりを見せていくのだろうか。

歌や音楽は国籍や民族、宗教、性別、年齢などのくくりや障壁を超えて、人の心に何かを直接的に訴えかけることができる。

「Olha pro céu / 上を向いて歩こう」の映像の最後に、こんなメッセージが静かに浮かび上がるのが印象的だった。

一人ぼっちの夜を迎えて

一人ぼっちの悲しみを知る

悲しみを知る者は、他者の悲しみを知り、

悲しみを知る者が、他者への共感を育む

この曲を歌い、誰かの幸せを願う

この曲を奏で、希望に向かって歩き出す

中村力丸

「Olha pro ceu feat. EMICIDA」収録アルバム『TOKYO SKA PARADISE ORCHESTRA~Selecao Brasileira~』

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートを手がけている。
久世光彦のエッセイを舞台化した「マイ・ラスト・ソング」では、構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。現在は顧問。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

ウェルカム!ビートルズ 1966年の武道館公演を実現させたビジネスマンたち

著者:佐藤剛
ボイジャー

ビートルズ来日をめぐる人間ドラマを丹念に描く感動のノンフィクション。

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