佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 139

Column

ミック・ジャガーの作った歌と出会って50年の歳月が過ぎて、良くも悪くもこんな日が来るとは思ってもいなかった

ミック・ジャガーの作った歌と出会って50年の歳月が過ぎて、良くも悪くもこんな日が来るとは思ってもいなかった

世界で初めてのテレワークによるヴァーチャル・コンサート「One World:Together at Home」が、日本時間で19日未明から開催されて、インターネットやテレビ放映など,さまざまなな方法で全世界に中継された。

これは新型コロナウイルスに対処する医療従事者を応援するために、自宅にいても音楽で気持ちをひとつにできるとして、レディ・ガガの呼びかけで始まった企画が実現したものだった。

ポール・マッカートニーやザ・ローリング・ストーンズ、スティービー・ワンダーなどの伝説的な先駆者たちや、現在の音楽シーンをけん引するテイラー・スウィフトやビリー・アイリッシュたちが、自宅やゆかりの場所から次々に歌や演奏を披露した。

この画期的なイベントが発表されたときに、おそらく今後の音楽が進む方向を示唆するものになるだろうと思って、ぼくも日本時間の19日の早朝から仕事をしつつも、それとなく中継を見ていた。

そして世界のスタンダードになった楽曲が放つ訴求力に、気持ちを動かされる瞬間がしばしばあった。

やがてお目当てだったローリングストーンズが始まると、4分割された画面に目が釘付けになった。

最初に左上の画面ににミック・ジャガーが現れて、アコースティック・ギターを弾きながら、1969年に発表した「無情の世界」をAメロから歌い始めた。

その瞬間にぼくは「声が若い!」と、思わず声に出して叫んでいた。

年齢による衰えを全く感じさせない、つやのある歌声そのものに感銘を受けたのだ。

I saw her today at the reception
A glass of wine in her hand

今日のパーティーで彼女を見かけた
ワインを注いだグラス手にして

続いて画面右上に同じくアコースティック・ギターを抱えたキース・リチャーズが登場する。

ロン・ウッドはエレキ・ギター、チャーリー・ワッツもドラム・セットなしで加わって、現在は4人体制のストーンズがそろった。

そしてアコースティックながらも独特のグルーブ感があるサウンドを、ぼくは自宅のiPadで堪能できたのだった。

真剣に弾き語りするミックと、エアー・ドラムで洒落るチャーリーが好対象で、ロック・バンドの王者にふさわしい貫禄が伝わって来た。

世界中の人たちが家から出られないという日が来るなんて、正直に言えばこれまで考えたこともなかったし、何という時代になってしまったのかというやるせない思いと、ぶつけるあてのない怒りは今でも胸の中でくすぶっている。

しかし、かつては反逆の象徴のように思われていた危険物扱いのストーンズが、現役のままこのような場に登場して、60年にもなろうかというキャリアでしか出せない雄姿を見せて、世界中の音楽ファンにアピールすることもまた、10代のぼくには想像できないことだった。

そしてこの時期に「無情の世界」を取り上げることの必然性と、未来を予知する歌や音楽の力にも驚かされたのである。

この寓話的で哲学を感じさせる作品の歌詞を、ミックは20代の半ばで書いていた。

それを極東の島国に住んでいた高校生は、辞書を何度も引きながら日本語に訳したものだった。

1コーラスごとに3回も繰り返されるサビのフレーズは、「ほしいものがいつも手に入るとは限らない」という警句だが、それでも「やってみろよ 手に入るかもしれないぜ」とミックが煽る。

そして最後の最後になって、「大切なものを手にしていることだってある」と、ミックは言い切っている。

You can’t always get what you want
You can’t always get what you want
You can’t always get what you want
But if you try sometimes
well you might find
You get what you need

この歌は高校時代から大学を卒業して社会人になっても、ぼくの座右の銘のようなものだった。

それから半世紀にも及ぶ歳月が過ぎたのに、「無情の世界」は世界中に響きわたったのだから、個人的には快挙以外の何ものでもなかった。

ところでお目当てだったローリング・ストーンズのほかに強く印象に残ったのは、肉親をがんで失った子ども時代の体験を唄った、グリーンデイの「九月が終わったら、起こして」だった。

父を亡くした少年時代のつらい日々の記憶を歌にしたビリー・ジョー・アームストロングは、ジャズ・ミュージシャンだった父から音楽の手ほどきを教えてもらっていたという。

ところが1983年4月に食道癌と宣告された父は、秋を迎えた9月10日に亡くなってしまったのだ。

それともう1曲、やはり肉親の病気についてテイラー・スウィフトが最新アルバム『ラヴァー』の中から選んだ「Soon You’ll Get Better(あなたはすぐに良くなる)」も、ぼくには強く印象に残った。

ピアノの弾き語りで披露したこの曲は彼女の母に、癌が再発してしまった事実に基づいた内容だった。

そのためにアルバムに収録するかどうかについて、家族の中で相談してから決めたという。

したがってライブで披露するのも今回が初めてのことだったが、「もう普通に戻ることはないだろう」という歌詞が、個人を超えて普遍のテーマとして伝わって来た。

個人にとっての大切な思いを込めた歌を、同じような思いを抱える人のために、勇気を奮ってひとりだけで唄ったテイラーには脱帽であった。

コロナ禍によってたくさんの人たちの命が奪われているという、逃れられない現実と重なり合ってくるもので、歌や音楽の力を感じさせられた。

それにしてもこうしたイベントに参加して、それにふさわしい作品を自分の作品から選んで、たくさんの人にアピールするアーティストの行動は真摯であったと思う。

それと後世に残っていくスタンダードな作品を目のあたりにして、パンデミックの中でも希望を提示できる力強さというものに、日本との違いを感じさせられた。

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートを手がけている。
久世光彦のエッセイを舞台化した「マイ・ラスト・ソング」では、構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。現在は顧問。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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著者:佐藤剛
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