Interview

“本当に面白いのか?”の自問自答が繰り返される作品。『HELLO WORLD』監督がオリジナル劇場アニメーション初挑戦で経験した苦労と面白さ

“本当に面白いのか?”の自問自答が繰り返される作品。『HELLO WORLD』監督がオリジナル劇場アニメーション初挑戦で経験した苦労と面白さ

2019年の邦画興行成績ではアニメーション映画が上位を占め、劇場版アニメーションは日本の映画界にとってもはや必要不可欠なものとなった。新海 誠監督作品や細田 守監督作品などはデートムービーとしても認知され、劇場版アニメーションはひと昔前のファンが観る作品から大衆向け娯楽作品になったと言えるだろう。

2020年4月8日(水)にBlu-ray&DVDが発売される『HELLO WORLD』(公開日:2019年9月20日)も、まさにそんな大衆向け娯楽作品だ。監督は『時をかける少女』『サマーウォーズ』で助監督を務め、『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』で初監督を務めた伊藤智彦。脚本には小説家の野﨑まど、キャラクターデザインにはアニメ版『けいおん!』の堀口悠紀子を起用し、制作はグラフィニカと、現在のアニメーション業界では最強クラスの布陣と言っていいだろう。

2027年という近未来を舞台にSF要素が盛り込まれた『HELLO WORLD』は、どのような思索で大衆映画を目指したのか? 今回のインタビューでは伊藤監督に作品の魅力について伺いながら、劇場版アニメーションの舞台裏について迫ってみた。Blu-rayスペシャル・エディションの特典内容についても聞いているので、購入を迷っている人は参考にして欲しい。

取材・文 / 加藤和弘(クリエンタ)


オリジナル作品に潜む自問自答

原作物であればある程度の人気は担保されているので、ある程度の不安は解消されるのかもしれないが、オリジナル作品の場合はそうはいかない。そのストーリーや世界観、キャラクターが受け入れられるかは、実際に公開されてみないと答えが出ないのだ。伊藤監督自身、本作を作る際、「これは本当に面白いのだろうか?」と自問自答を繰り返したという。オリジナル作品を作るということはどういうことなのか? まずは伊藤監督にオリジナル作品について聞いた。

2019年の邦画興行成績ではアニメーション映画が上位を占め、最近では大衆向けの大作も多く生み出されていると感じています。そのなかで劇場アニメーションを制作するのは大きなプレッシャーであったと思うのですが、制作を終えた今、どのようなお気持ちですか?

伊藤智彦 なかなかこういった劇場版のオリジナル作品という企画を実現するのは難しいことだと思うので、それをうまく実現できたのは良いことだったと思っています。TVアニメですとオリジナルの企画をやろうという機運は高まっていると思うのですが、劇場版となるとなかなか体験できないことだと思いますので、それが体験できたのはとても幸運だったと思います。

監督としてはオリジナル企画をやってみたいという願望はあったのでしょうか?

伊藤 せっかくやるのであればオリジナルをやりたいという気持ちはありましたね。何が何でも「俺のエネルギーを出してやる!」というほどではないですが、「もう少しこういう感じの映像を観たいんだけどな」という思いがあったというか、自分が観たいジャンルの映像を作ってもらえないと感じていたので、「じゃあ自分で作るしかないか」という発想の方が大きかったと思います。

制作がスタートしたのはいつ頃からだったのでしょうか?

伊藤 2017年の3月に企画がスタートしたと思います。それまでにもメンバーで集まって打ち合わせはしていたんですが、その時の企画はボツになってしまったので、新たにプロット合宿を行って、大枠が決まってから脚本に入ってもらったという感じです。企画に関しては「俺がやりたい話をやりましょう」という感じでスタートして、「自分がふたりいる話がいいですね」と持ちかけたんです。実は過去にも『世紀末オカルト学院』(2010年)で過去の自分から力を貰うというエピソードをやっていて、普段会えない人に会う話がいいなと思っていたんです。そこに「VR要素をくっつければいいじゃないですか」とプロデューサーの方が仰って、「それで行きましょう!」となった感じですね。

初のオリジナル劇場版アニメーション作品となった訳ですが、オリジナル作品に関して監督はどのような印象をお持ちですか?

伊藤 「これは本当に面白いのだろうか?」という自問自答が繰り返される作品だと思いますね。常々人と話すとき、自分でも嘘をついているつもりはなく「これはここが面白いんです」という感じで呪いのように言い続けるんですが、聞いている人がその通りに受け取ってくれるかはわからないんですよ。ですので、自分が面白いと思っている部分はスタッフにちゃんと伝わるようにしたいなと思っています。今回もどういう風にそれを伝えていけばいいのか考えつつ、共犯者と言いますか、共感してくれる味方を増やしていこうと心掛けました。

あと、先日見た漫画家さんのコメントにも、時々面白いのかわからなくなることがあって、そんな時には編集の意見を聞くようにしているそうです。それと同じで時折確認しながら進めるのが必要かなとは思っています。今回はプレスコ(※1)で収録だったこともあり、絵はコンテ状態でしたが、音声は入っていたので、それをみんなに観てもらいました。そしたら、「ここは少しわかりにくくなりそうだ」といった話が出て、「じゃあもう少しわかりやすくしようか」とか、逆に「ここはわかりにくいまま行きたいのでこのままで!」といった感じで色々とフィードバックをしながら制作していけましたね。

※1 プレスコ:台詞や音楽などを先行して収録する方法。

わかりにくさが生み出す、その人なりの“映画”

「この物語(セカイ)は、ラスト1秒でひっくり返る――」という映画のキャッチコピー通り、本作は次々とどんでん返しが起こり、まさに最後で世界がひっくり返る。そこにはミスリードを誘う情報や観る人に答えを委ねるような余白があえて仕込まれていたのだが、伊藤監督の意図はどこにあったのだろうか?

今回発売となるBlu-rayスペシャル・エディションの特典映像(ビジュアルコメンタリー)で、監督は「多少わかりにくい方がよい」という発言をされていましたが、その真意はどのようなことなのでしょうか?

伊藤 俺は映画を観た時に一から十まで説明されたくないんですよ。自分で考えたいというか、「きっとこうなんだろうな」という余白を残しておいて欲しいんです。『HELLO WORLD』の最後に出てきた世界も現実という風にはなっていますけど、本当に現実という保証はどこにもない訳で(笑)。自分だけの回答を探して欲しいんですよね。他の人に「これって実はこうですよね?」と言われた時にそれが正しそうだなと思ったらそれが正解かもしれないですし。だから、“こっちとしてはこう考えていますけど、それが正しいとは限りませんよ”というスタンスです。こちらから色々と設定などを提示はしますけど、観ている人なりに補填してもらえると、それが“映画”になるんじゃないですかね。

映画を見終わった時、「果たしてどこまでが本当なんだろう?」と、また最初から見直したくなったのですが、これは監督の狙い通りでしょうか?

伊藤 本当は最後のシーンにはもう一行台詞があって、「この世界も現実なのか疑わしい」という台詞があったんです。でも、97分間通して観た人達は「ここも本当の世界なんだろうか?」と普通に感じてくれると思って、その台詞はあえて入れませんでした。「今いる場所が本当の世界なのか?」という問題提起をする気はなくて、別に最後に直実がいた世界がシミュレーターの世界でも何の問題もないと思うんです。もし今喋っている言葉が誰かにプログラミングされているものでも、俺は構わないので。何か不利益を被らない限り、本人達にとってはそれが現実ですし、俺はそれでいいと思っています。

最近のアニメーション映画はデートムービーとしての側面もあるかと思います。本作も高校生の男女の物語ですからそういった部分はやはり意識されたのでしょうか?

伊藤 意識はしたんですが、デートムービーにしてはなかなかハードルが高かったかと思います(笑)。やはりSF要素が入っているので、そういった知識を持った人同士でないと、観たあとになかなか話が盛り上がらないかなと。こちらとしてはむしろ知識に差がある人同士で盛り上がって欲しかったんですが、なかなかそこまでの内容にするのは難しかったですね。

面白がって入れたコラボカットが悲劇を生む!?

劇場作品ともなると大がかりな仕掛けも多く、関わる企業も膨大となり、コラボレーション要素も発生する。そういった要素は映画にどんな影響をもたらすのか? 本作でもそういった要素が影響したカットがちらほらあるのだが、中にはとんでもない事態を招いたカットもあったようで……。

劇場版アニメーション作品となると、関わるスタッフの数も膨大になるかと思うのですが、『HELLO WORLD』ではいかがだったでしょうか?

伊藤 今回は3Dアニメーションで制作したのですが、3Dの場合、意外とコアスタッフが近くにいてくれることが多いんです。作画の場合、演出や作画監督が複数いて細分化しがちなんですが、『HELLO WORLD』に関しては3Dのチーフ的な人が複数いても、みんな俺の近くにいる環境だったので、何かあった時に対応しやすかったですね。完成したあと「この人とは最後まで会わなかったなぁ」という人は少なかったんじゃないかなと。今回は助監督すらいなく、演出は自分だけだったので、やりやすくもありました。

それと作画だと、自分は絵描きではないですが、演出の際に「この動きは違う」と思ったとき、参考になる絵を描かなきゃいけないんですよ。「あの作品のあれみたいに」という感じで伝えればスタッフに意図は伝わりやすいんですが、その場合は作画だと絵や資料を添付しなければならないですし、絵を描くという演出以外のカロリーも高くなるんです。 ただ3Dはある程度まで進むと、映像でキャラクターがどんな動きをするのかが提示されるので、それに対してポージングを変えてみたりとか、純粋に演出している感じはしました。カロリーも抑えられるので、監督としてはチェックがしやすくなると思いますね。

劇場版アニメーションでは様々な企業とのコラボなど、大がかりな施策・仕掛けも多いかと思いますが、監督としてこういったものに関わる際の面白さ、苦労された点はありますか?

伊藤 俺はそういったコラボとかに関しては、勝手に面白がってどんどん取り入れていく方ですね。ただ、京都マルイの閉店に関しては早めに知らせてもらいたかったです(笑)。というのも、エンディングに京都マルイへ行くというカットがあるのですが、京都マルイが2021年に閉店してしまうんですよね……。エンディングの制作に取りかかったのは終盤だったので、その時に閉店のことを誰か教えてくれればなぁと。なので、2027年に京都マルイが存在するという嘘の歴史を作ってしまいました(笑)。

たしかに、買い物に行くカットがありましたね。

伊藤 マルイさんが製作委員会に入っていたので、面白がって勝手に俺の方でやってしまいました。それに、俺はアーカイブに残すのが好きで、『世紀末オカルト学院』でも数年後に無くなる長野駅前のモニュメントを映像で描いたんです。それは時代的に正しかったから良かったのですが、ロケハンに行った時に「このアングルだな」と色々写真を撮って映像にしたものが、まさか嘘になってしまうとは……。でも、2027年までにまた京都マルイが同じ場所で復活するかもしれませんし、そうなるのを期待しています。

他にもロケハン当時「ここにも建物ができそうだな」という場所はピックアップしていて、直実が烏に本を拾われるシーンでは横にホテルが出てくるんですが、最初にロケハンに行った時にはなかったんです。何度かロケハンに行っているうちに建設が始まり、調べてみたらホテルができるということで映像にも反映させました。

そういった変化も映像に反映させているんですね。ほかにも、瑠璃の部屋にはドコモのCMに登場するモンジュウロウが映っていましたが、コラボカットなど監督が仕込んだ小ネタは、もっとあるのでしょうか?

伊藤 モンジュウロウがいる瑠璃の部屋には、ロッテのお菓子も置いてあります。瑠璃役の浜辺(美波)さんにまつわるCMのグッズが置いてある訳です(笑)。他にそういったパブリック的なカットはないのですが、直実の部屋には後々に観返すと「ここにこんなものがあったのか!」となるものを置いています。

それは気付きませんでした。ちなみに、どういったものが置かれているのですか?

伊藤 ロケットと謎のコマが置かれています。京都駅の階段でナオミが突然コマとジェットの話をしますけど、それは直実の部屋にあるものを見て思い出して言ったんだろうなと。ただ最後まで行った時に、Aパートでもっとコマとかアップにしておけば良かったなと思いました(笑)。もっとここぞというカットを入れておけば最後になんでコマが登場したのか観た人もわかりやすかったですし。あとは直実の部屋に飾ってあった賞状で、なんの賞を取ったのかも観て欲しいですね。賞状にはプログラミング大会で2位になったことが書かれています。本の話ばかり出るので文系かと思いきや理系もできるという。もちろん読書感想文でも賞はもらっているのですが(笑)。

監督はそういった小ネタなどの情報を仕込むのもお好きなのでしょうか?

伊藤 俺が観てきたアニメとかでもそういうのがあって、探すと楽しいという体験があったからですね。そういうのがキャラクター性に結びつくといいなと思っていますけど、なかなか一見すると気付かれないことが多いので、また見返してもらった時に見つけてもらって、キャラクター性を補完してくれればいいなと思っています。

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