サザンオールスターズと昭和・平成・令和元年  vol. 31

Column

<最終回>気づけばサザンを取材し始めてもうすぐ40年…。

<最終回>気づけばサザンを取材し始めてもうすぐ40年…。

2018年にデビュー40周年を迎えたサザンオールスターズのバンド・ヒストリーを、彼らが生み出した数々の作品から改めて見つめていく。音楽評論家・小貫信昭が独自に紐解く、サザンオールスターズの魅力──。


気づけば彼らを取材するようになって40年である。お付き合いが始まった、キッカケを話したい。講談社という出版社で新たな音楽雑誌が創刊され、そこで記者のようなことをやらせてもらえることになり、編集部に面接に行ったのだ。すると名物女性編集者の方が、僕にこう訊ねた。

「ところでどんなアーティストが好きなの?」

そのとき、僕は咄嗟に「サザンオールスターズとか所ジョージさんとか…」。そう言ったのだ。もちろんサザンは大好きだったし、所ジョージさんも、マジでシンガー・ソング・ライターとして好きだった。すると、彼女はこう告げた。「じゃあ、そのふたつは来月号から担当ね!」。

“こんな簡単に決めていいんだろうか”とこっちが不安になったが、かくして僕は、サザンオールスターズのツアーの追っかけ取材と、所ジョージさんの連載を担当することになるわけだ。

最初の取材は「青年サザンのふらちな社会学(ツアーTHE NUDE MAN)」の福井か富山での公演だった(データによると、1982年の11月30日か12月1日である)。シングル・リリースで言うなら「Ya Ya (あの時代(とき)を忘れない)」が出た直後。このツアー自体は、アルバム『NUDE MAN』を引っ提げてのものである。

セットリストを調べてみると、オーバチュア的な「Ya Ya (あの時代(とき)を忘れない)」から「DJ・コービーの伝説」でスタートし、本編最後をこの最新シングルで締める構成だったようだ。ようだ、なんて曖昧に書いているが、さすがにこの日のステージのことを明確に覚えてはいない。

しかし、開演前の楽屋での、ちょっとした出来事なら今も鮮明に覚えている。

携帯音楽プレイヤーの元祖である「ウォークマン」の1号機が発売されたのは1979年で、音楽好きのサザンオールスターズのメンバーは、ほどなく手に入れただろうし、既にこの頃は、ツアー中の移動時間などに活用していた。

で、実は楽屋に、彼らがその時、「ウォークマン」で聴いてたであろうカセットが10数本、ケースに入れられ置いてあった。蓋は開いていて、中が見える状態だったので、“どんなの聴いてるんだろう…”と、興味津々、覗き込もうとしたその瞬間だ。誰かが僕の背後から声を掛けてきた。

「あ、なんか聴きたいのあったら、聴いてていいよー」

声の主は桑田佳祐だったのである。正直、僕の憧れ、ナンバー・ワンだ。でも、なんて気さくなヒトなんだろうと、そう思ったものだ。

ここで読者のみなさんのなかでも音楽マニアの人達は、当時、メンバ−が聴いてたカセットの中身を、具体的に知りたいかもしれない。そこで自分の頭をハンドジューサーに突っ込み、記憶を絞り出してみたが、ひとつの作品が思い出された。申し訳ないけど、記憶違いの可能性もある。いやでも、多分、合っている。

そのカセットの束のなかには、ジョー・ジャクソンの『Jumpin’ Jive』(か『Night and Day』)が含まれていたはずだ。僕はジョーがアメリカの黒人のジャンプ・ブルースをイギリス人的角度で解釈してみせた『Jumpin’ Jive』というアルバムが大好きだった。なので、“そうか、サザンオールスターズの面々もこのアルバムが好きなのか”と、嬉しい気持ちになったからこそ、今も記憶しているのかもしれない。

さて、この日はコンサートを観たあと、メンバ−に少しだけインタビューもさせてもらった。で、翌日は外でロケをしつつ写真撮影だった。この時、面白いことが起こった。

既に日本を代表する人気バンドに育っていたサザンオールスターズではあったが、更なる飛躍を願いたい……、そんな写真を撮ろう、みたいなことだったと思う。で、飛躍? 飛躍かぁ…。「そうだ、滑走路で撮影しよう!!」。そんなことになり、我々は当時、リニューアル・オープンを控えた小松空港へ向かったのである。

いわゆるアポなしだったと思う。なので管理事務所を訪ね、当日、許諾を取ることになる。門前払いではなかった。基本的にオーケーだ。でも、交渉中の編集者さんとカメラマンさんの様子を見ていたら、なにやら若干、モメているようにも思えた。やがて二人が、メンバーや僕がいるところに戻ってくる。

「何人(なんびと)も、敷地内に立ち入る際は、“見学”の腕章をつけてくれっていうんですよ。説明しましたよ。サザンオールスターズ、テレビで見たことありますよね? 彼らの撮影なんですよって…」

しかし、埒があかなかったようだ。編集者さんの手には、人数分の腕章が束ねてあった。

「面白いよ。腕章つけて、撮ろうよ」

メンバーのなかの、誰が言い出したのかまで覚えてないけど、かくして彼らは、“見学”の腕章を全員が右腕につけ、カメラに収まったのだった(この写真、残念ながら手元にないのだが、国立国会図書館とかで探せば、きっとあるハズだ)。思えばこのときのツアーは、「青年サザンのふらちな社会学(ツアー THE NUDE MAN)」である。図らずも、メンバーの腕章姿は、このタイトルにぴったりでもあった。

そして、こうしたハプニングを、むしろ面白がって糧にしてしまう柔らかな姿勢こそが、その後も永きに渡り、彼らの鉄壁なオリジナリティの一端を担っていくことになるのである。  

(普段はこういう個人的な思い出、みたいな原稿は書かないようにしているのだが、サザンオールスターズの連載も最終回ということで、お許しいただけたらと思う)

文 / 小貫信昭

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