横川良明の演劇コラム「本日は休演日」  vol. 27

Column

また劇場に通える日まで。僕はステキなことを数え続ける

また劇場に通える日まで。僕はステキなことを数え続ける
今月の1本:『エブリ・ブリリアント・シング~ありとあらゆるステキなこと~』

ライター・横川良明がふれた作品の中から、心に残った1本をチョイス。独断と偏見に基づき、作品の魅力を解説するこのコーナー。今月は『エブリ・ブリリアント・シング~ありとあらゆるステキなこと~』をピックアップ。厳しい状況が続く今だからこそ、演劇がくれるステキなことを語り尽くします。

共演者は観客。世界中から愛される観客参加型演劇が本邦初演

劇場に入ると、いつもと少し雰囲気が違う。客席がそわそわと浮き立ち、あちこちで観客が手を挙げている。視線の先を辿ると、その人がいる。俳優・佐藤隆太。この舞台の主演俳優であり、唯一の出演者だ。

佐藤隆太は手を挙げた人の中から何人かを選んで、カードを渡しながら何やら示し合わすようにして話し込んでいる。それが、秘密の作戦会議みたいでドキドキする。まだ開場中だというのに、すっかり客席はいつもと違う祝祭的な雰囲気に包まれている。その中で、佐藤隆太は「難しいなあ」と時折顎に手を添えながら考えつつ、客席のあちこちを飛び回る。

開演時刻が過ぎてしばらく経ってからいよいよ本編が始まる。『エブリ・ブリリアント・シング~ありとあらゆるステキなこと~』は2013年にイギリスで初演されて以来、世界各国で上演されている一人芝居だ。だけど、正確には一人芝居ではないし、出演者も佐藤隆太ひとりではない。客席に集まったすべての観客が、彼の共演者。本作は、イマーシブシアター(没入型演劇)という名で、今、世界的に広がり始めている観客参加型演劇だ。

登場人物はひとりの男性。7歳のときに大好きなママが病を患う。すっかり生きる力をなくしてしまった母親を元気づけようと、主人公はステキなことやステキなものをノートに書き出してみる。きっとこれが1,000個まで集まったら、ママは元気になってくれるはず。そう信じて、主人公は「ステキ」を探し続ける。「1番 アイスクリーム」「2番 水鉄砲合戦」「3番 寝る前に観るテレビ」といったふうに。

観客が登場するのは、この数字を佐藤隆太が読み上げたときだ。佐藤隆太が「1」と言えば、その番号をふられた観客がカードに書いてある「アイスクリーム」と答える。そうやって物語が進んでいく。そのうちどんどん観客の出番は増えていき、即興で主人公の父親役を演じたり、精神科医の先生の役を務めたりする。当然、観客はただの素人。観客を唸らせるような演技ができるわけではない。

だけど、そんな素朴な観客と佐藤隆太のやりとりがハートフルかつコミカルで、お芝居を観ているんだけど、もっと違う何かに立ち会っているような不思議な感覚になる。そして気づけば、とても悲しい物語なのに、心は優しさでいっぱいになっている。子どもの頃大事にしていたぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたときのような、温かい気持ちになっている。まさに「ステキ」というしかない体験を観客全員で共有するのが、この『エブリ・ブリリアント・シング~ありとあらゆるステキなこと~』だ。

佐藤隆太の笑顔が、観客の心を幸せにする

一般的にシャイな日本人は、観客参加型をあまり好まない傾向が強い。注目を浴びるのは恥ずかしいし、何か強要されることへの抵抗もある。必ずしも「観客参加型=楽しい」とは限らない。だけど、劇場に集まった観客はまるでお楽しみ会にやってきた子どものように顔を輝かせている。こんなにも臆せずこの空気感を楽しんでいられるのは、間違いなく俳優・佐藤隆太の力だろう。

テレビで観るのとまるで変わらない、あの人の良さそうな笑顔。目尻にシワをたっぷりつくってニコニコと笑い、肩の力が抜けるようなジョークで場を和ませる。観客とのコミュニケーションが絶妙なのだ。芸能人/一般人という境目がまるでない。佐藤隆太が相手だから、観客も警戒を解いて、この独特な場に溶け込める。今作は日本初演だが、佐藤隆太以外にこの役が務まる人はいるだろうかと思えるぐらいの適役だ。

当然、劇場にいる観客は毎回違う。番号を呼んでも観客が咄嗟に反応できない可能性もあるし、台本もない中、父親役に選んだ観客がどんな返しをするかは佐藤隆太本人にもわからない。これは、俳優にとっても緊張を強いられるはずだ。

だけど、佐藤隆太はそんな気配をまるで見せない。彼は、即席の共演者がどんなリアクションをしても、驚いたり、意外そうに笑ったりはするけれど、困ったり、流れを無理に戻そうとしたりしない。あるがままなのだ。そして、僕がこの作品を観て、こんなにも心を柔らかくしてもらえたのは、その姿勢にあることに気づいた。

否定せず、支配せず、すべてを受容し、肯定すること

佐藤隆太は、決して相手を否定しない。起こったことをそのまま受け止める。そして、少し緊張している観客に「大丈夫」と優しく目で促す。こうした受容性は、僕たちがすこやかに生きるうえで、いちばん大切なことなんじゃないだろうか。

僕たちの人生は何が起きるかわからない。誰も人生を思い通りにコントロールなんてできない。この物語の主人公の人生だってそうだ。決してハッピーなことばかりではない。ステキなことを数え上げる気力さえ萎れてしまいそうになるときもある。

それでも彼は思い出し、もう一度、ステキなことを探し始める。そうやってまたあの笑顔を取り戻していく。1,000を超えても、彼はステキなことを探し続ける。信じる力が、自分自身を幸せにするのだ。

人生には、深い悲しみに見舞われるときがある。どうして自分ばかりがこんな目に遭うのだと嘆きたくなるときがある。予想もしない困難に翻弄され、心がズタボロになるときが、ある。

けれど、そんなときも決して目の前のことを否定しないこと。人を拒んだり、捻じ曲げようとしたりせず。どうにもならないことを嘆いたり、自暴自棄になったりせず。受け入れて、そこから見つけていく、なにかステキなことを。悲しみの中から楽しさを拾い上げるように。憎しみの中から優しさをすくい上げるように。ささやかな幸せを見つけ出す天才になることが、人生を豊かにしてくれるのだと、『エブリ・ブリリアント・シング~ありとあらゆるステキなこと~』は教えてくれた。

今、新型コロナウイルスによって多くの劇場が灯を消している。1ヶ月前はここまでの事態になるなんて想像していなかった。人生は、やっぱり何が起こるかわからない。自分たちの力でコントロールできないものに遭遇したとき、僕たちはただ立ち尽くすしかない。

それでも、ほうっておいたら心がカサカサになっていくような毎日だからこそ、日常の中にあるステキなことを意識的にでも見つけたい。あの日見た佐藤隆太のように。

「1番 人と笑うこと」「2番 目覚ましをセットせずに眠る夜」「3番 推しの出演情報」。そうやってステキなことを数えていくうちに、きっといつかまた劇場の灯がともる日がくると信じている。

『エブリ・ブリリアント・シング~ありとあらゆるステキなこと~』

東京公演:2020年1月25日(土)~2月5日(水)東京芸術劇場 シアターイースト
新潟公演:2020年2月8日(土)~2月11日(火・祝)りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館・劇場
松本公演:2020年2月15日(土)~2月16日(日)まつもと市民芸術館 特設会場
名古屋公演:2020年2月18日(火)~2月19日(水)名古屋市千種文化小劇場
大阪茨木公演:2020年2月22日(土)~2月23日(日)茨木市市民総合センター(クリエイトセンター)センターホール 舞台上特設劇場
【公演中止】高知公演:2020年2月29日(土)~3月1日(日)高知市文化プラザかるぽーと

作:ダンカン・マクミラン ジョニー・ドナヒュー
翻訳・演出:谷 賢一

出演:
佐藤隆太

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