Column

『クトゥルフ神話』文化の最先端、『クトゥルフ神話TRPG』とTRPG動画

『クトゥルフ神話』文化の最先端、『クトゥルフ神話TRPG』とTRPG動画

『クトゥルフ神話』というコンテンツを語る上で欠かせないのがテーブルトークRPG(以下TRPG)、つまり『クトゥルフ神話TRPG』とTRPG動画文化である。そもそも『クトゥルフ神話』に関する知識は、TRPGを通じて日本のオタクコンテンツの中で受容されていった側面がある。また、日本のTRPGコンテンツの中で『クトゥルフ神話TRPG』が圧倒的な人気を獲得するに至ったきっかけが、ニコニコ動画を中心に発祥したTRPG動画であった。今回はこのあたりについて説明していきたい。

文 / 永田るいす・早川清一朗

100年以上広がり続ける無限の恐怖「クトゥルフ神話」の世界

100年以上広がり続ける無限の恐怖「クトゥルフ神話」の世界

2020.01.31

ライトノベル、コミックス、映像、ゲームへと無限の広がりを見せる『クトゥルフ神話』

ライトノベル、コミックス、映像、ゲームへと無限の広がりを見せる『クトゥルフ神話』

2020.02.18


『クトゥルフ神話TRPG』は『クトゥルフ神話』を広める原動力に

TRPGとは、数人のプレイヤーが同じ物語世界の登場人物となって架空の冒険を楽しむ卓上ゲームだ。ゲーム機を使わずに遊ぶRPGと言ってもよい。とくに米国では非常にポピュラーな遊びで、映画『E.T』の冒頭では主人公と友人たちが『ダンジョンズ&ドラゴンズ』というTRPGを遊んでいるシーンが描かれていたり、最近ではNetflixドラマ『ストレンジャー・シングス』でもTRPGを遊ぶシーンが出てくる。

TRPGではファンタジーな異世界の冒険者となって迷宮を探索したり、現代社会の闇に生きる異能力者となって悪党と戦ったりすることができる。既存の有名作品の世界の登場人物となるTRPGも多数存在し、最近では『この素晴らしい世界に祝福を!』や『ゴブリンスレイヤー』を原作としたTRPGも発売されている。そして『クトゥルフ神話』の世界観でこれをプレイするのが『クトゥルフ神話TRPG』(原題『Call of cthulhu』)だ。

この『クトゥルフ神話TRPG』、日本では1986年に最初の翻訳出版がなされ(当時のタイトルは『クトゥルフの呼び声』)、2003年にはバージョンアップされた第6版がKADOKAWAから『クトゥルフ神話TRPG』が、そして2019年12月には第7版が『新クトゥルフ神話TRPG』として発売された。

多くのTRPGでは、プレイヤーが演じるキャラクターは冒険者なり超能力者なり、多少なりともヒロイックな背景を持っているのが一般的だ。しかしホラー小説を原作とする『クトゥルフ神話TRPG』では、プレイヤーは探索者と呼ばれる「一般人」を演じることになる。ルールブックには探索者は「揺るぎない心」を持つとされているが、肉体的な能力は完全に一般人だ。神に選ばれた特別な存在でもないし、魔法や超能力も使えない。そんな探索者たちが右往左往しつつも神話的事件に立ち向かっていくことこそが、『クトゥルフ神話TRPG』の醍醐味のひとつである。

▲TRPGのセッション風景

TRPGセッションの風景

『クトゥルフ神話』という文化の広がりを語るうえで、『クトゥルフ神話TRPG』の話を欠くことはできない。じつは、日本のアニメやマンガ・ゲームなどに見られる『クトゥルフ神話』に基づいた描写の中にも、クトゥルフ神話TRPGを由来とするものが多々ある。

前回の記事で紹介した『這い寄れ! ニャル子さん!』でも、オープニングテーマの歌詞や登場人物のセリフの中で「SAN値」という言葉が登場したことを覚えている方も多いだろう。この「SAN値」こそ、『クトゥルフ神話TRPG』のもっとも特徴的なルールである、キャラクターの「正気」を数値化したステータスだ(現行のルールでは「正気度ポイント」と呼ぶ)。

また、クトゥルフ神話の中でも有名なキャラクターのひとつである、外なる神「ニャルラトテップ」。この邪神は千種類もの別の姿を持っているとされるが、中でも有名な化身のひとつが下記画像の「血塗られた舌」と呼ばれるものだ(「闇に吠えるもの」あるいは「月の吠えるもの」と呼ばれることもある)。「血塗られた舌」は様々なメディアに登場するが、筆者は岡田芽武『ニライカナイ』終盤で登場するニャルラトテップがこの姿であったことが印象に残っている。

▲『クトゥルフ神話TRPG クトゥルフ2010 』(KADOKAWA刊)の表紙はニャルラトテップ

じつは、ニャルラトテップのこの化身は、原典であるラヴクラフトの小説には存在しない。『クトゥルフ神話TRPG』のシナリオである「the Masks of Nyarlathotep 」に登場したのが初出であるという。さらには『外なる神』というクトゥルフ神話における神格の分類もTRPGが由来であるが、『クトゥルフ神話』をテーマとした各種作品の中で多用されている。

かように、クトゥルフ神話の世界観は『クトゥルフ神話TRPG』の影響を受けながら受容されてきたと言える。そして『クトゥルフ神話TRPG』は2020年現在の日本において、「TRPGといえばクトゥルフ」と言えるほどに大きなシェアを占めている。

基本ルールブックは第6版が累計20万部を超えており、サプリメントと呼ばれる追加ルールブックも日本版独自のものも含めて多数出版されている。また同人活動も活発で、コミックマーケットのゲーム(電源不要)ジャンルではクトゥルフ神話TRPGが最大手ジャンルだ。

『クトゥルフ神話TRPG』人気を牽引したTRPG動画

80~90年代には「多くのTRPGの中のひとつ」でしかなかった『クトゥルフ神話TRPG』が、これほどの人気作となったのはなぜか?

その要因となるのが2008年ごろに始まったニコニコ動画における”TRPG動画”文化である。「卓ゲ[email protected]」と呼ばれる、某アイドルゲームのキャラクターを使ってTRPGの紹介や、実際のプレイ風景を再現した動画が投稿されるようになったのだ。さらに2011年ごろからは「ゆっくりTRPG」と呼ばれる、ゆっくりボイス(Softalkや棒読みちゃんといった機械音声)や、ゆっくりキャラを使用した動画がブームとなる。

そしてこの「ゆっくりTRPG」ブームの火付け役となったのが、『クトゥルフ神話TRPG』をテーマにした『ゆっくり達のクトゥルフの呼び声シリーズ』(制作は「なんとかかんとか」氏)であった。この動画作品は『クトゥルフ神話』やTRPGを知らない層からも大きな支持を集め、『クトゥルフ神話TRPG』の知名度を上げることに大きく貢献したのである。

ゆっくり達のクトゥルフの呼び声 / ニコニコ動画

「ゆっくりTRPG」動画の元祖となった作品。残念ながらシリーズは未完で終了しているが、みんなで楽しく会話しながらプレイするTRPGの雰囲気がよく伝わってくる。

ふたりでクトゥルフ! / ニコニコ動画

TRPG初心者向けにおすすめの動画。用語解説も交えつつ、オリジナルシナリオのプレイを通じてTRPGの楽しさを伝えてくれる。

そして、後に続く多くの動画制作者達が『クトゥルフ神話TRPG』の動画を作成していった。『文豪ストレイドッグス』で有名な漫画原作者・朝霧カフカ氏も、デビュー前に『ゆっくり妖夢と本当はこわいクトゥルフ神話』という人気動画を制作していたことで知られている。この2011年からのクトゥルフ神話TRPGの動画ブームに加え、2012年には『ニャル子さん』のアニメ放映があったことが、現在の『クトゥルフ神話TRPG』の圧倒的な人気を決定づけることになったと考えていいだろう。

2020年現在においても『クトゥルフ神話TRPG』の動画人気は続いている。近年は実際のセッション風景を配信するというタイプの動画も増えており、最近ではホロライブ所属Vtuberの「白上フブキ」などがKADOKAWA運営のクトゥルフ神話TRPG公式チャンネルで配信されているセッション動画に出演したりもしている。

ではTRPG動画文化の中で、なぜ『クトゥルフ神話TRPG』がとくに高い人気を集めたのか? それはクトゥルフ神話そのものが持つ魅力に加えて、ゲームシステム自体が高い訴求力を持っていたためではないだろうか。

「現代社会に生きる普通の人間をプレイヤーキャラクターにできる」という世界観や、直感的に理解しやすいダイスによる判定システムは、とにかく初心者にもとっつきやすいという利点がある。

さらに、2019年12月に発売されたばかりの第7版『新クトゥルフ神話TRPG』は現代風にバージョンアップされ、ドラマチックなセッションを生み出しやすくなっている。今後もTRPG動画における『クトゥルフ神話』人気の勢いは継続していきそうだ。

2月28日には、入門者向けのサポートが充実した「新クトゥルフ神話TRPG スタートセット」も発売された。興味のある人はこちらをチェックしてみるといいだろう。