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『Gのレコンギスタ』異例の全5部作リブートの理由 富野由悠季、『進撃の巨人』荒木哲郎と語りつくす“劇場版総集編”の面白さ

『Gのレコンギスタ』異例の全5部作リブートの理由 富野由悠季、『進撃の巨人』荒木哲郎と語りつくす“劇場版総集編”の面白さ

<劇場版『Gのレコンギスタ Ⅱ』「ベルリ 撃進」 富野由悠季×荒木哲郎スペシャル対談・前編>

地球上のエネルギー源であるフォトン・バッテリーを宇宙よりもたらすキャピタル・タワー。タワーを護るキャピタル・ガードの候補生ベルリ・ゼナムは、初めての実習で宇宙海賊の襲撃に遭遇して捕獲に協力。捕まった少女・アイーダに魅せられたベルリは、彼女が「G-セルフ」と呼ぶ高性能モビルスーツをなぜか起動できてしまう。宇宙世紀終焉後の時代、リギルド・センチュリーを舞台に少年少女の冒険は世界の真相に直進する。

富野由悠季総監督による15年ぶりのTVアニメシリーズとして、2014年に放送された『Gのレコンギスタ』(『G-レコ』)。SFロボットアニメの金字塔にして、シリーズの原典となる『機動戦士ガンダム』の生みの親が久々に取り組んだ作品だ。そんな『G-レコ』が劇場版としてリブートされ、富野監督みずからの手により、全5部作として再構成。2019年11月からの上映を順次スタートさせた。

その第2部となる劇場版『Gのレコンギスタ Ⅱ』「ベルリ 撃進」は、『進撃の巨人』や『甲鉄城のカバネリ』といった大人気アニメの監督として知られる荒木哲郎と深く関わりがある作品だ。今回は劇場上映を記念し、富野由悠季・荒木哲郎のふたりによるスペシャル対談企画(全2回)を実施。前編となる1回目は、富野監督の熱心なファンでもある荒木氏を聞き手として、本作がかつてのTVシリーズからどのようにカットアップされたのか、その“技術”論から、映像に込めた“想い”までを語ってもらった。

取材・文 / 山下達也(ジアスワークス)
構成 / 柳 雄大 撮影 / 松浦文生


富野由悠季にして「本当に上手にできている。悔しかった」と言わしめた荒木演出とは?

劇場版『Gのレコンギスタ Ⅱ』「ベルリ 撃進」は、『G-レコ』TVシリーズ全26話のうち、第6話「強敵、デレンセン!」から、第11話「突入! 宇宙戦争」までに相当するエピソードを再構成した作品だ。この中で、荒木哲郎はTVシリーズ第10話「テリトリィ脱出」の絵コンテ・演出を担当。うっそうと生い茂ったジャングルで重量級メカ「G-セルフ 高トルクパック」が猛烈な音と光を立てて大暴れするド迫力のアクション回で、劇場版『Gのレコンギスタ Ⅱ』「ベルリ 撃進」においても大きな見せ場の1つとなっている。

先述の作品で世界規模で高い評価を集めていた中、自ら志願して『G-レコ』TVシリーズに参加したという荒木哲郎。そんな彼の目には、富野監督編集による劇場版の出来映えはどのように映ったのか? 久々の再会を喜んだ後、荒木はまず作中で発せられた「ある言葉」について語り始めた。

Gのレコンギスタ 富野由悠季 荒木哲郎 WHAT's IN? tokyoインタビュー

荒木哲郎 劇場版『Gのレコンギスタ Ⅱ』「ベルリ 撃進」、見させていただきました。それで今日はいろいろ聞きたいことを考えてきたんですが、まず、終盤でベルリが言う「祟り」って言葉、あの言葉のチョイスがすごくカッコいいと思いました。

富野由悠季 いや、カッコいいなんてことはなくて、僕としてはああいう言葉選びしかできないんです。

荒木 でも新鮮でした。メカが活躍するような作品の中に出てくると、こんなにインパクトがあるものなんだって。

富野 それは意識もするし、なんとなくは使っていないんだけれども、この言葉しか思いつかないあたりが富野の限界だなって自覚もすごくあって、あんまり気に入ってない。本当はもう少し違うところに行きたかったんだけどね。続く第3部、第4部、第5部のことを考えると、縛られちゃった。そういう反省があります。だから今みたいに言われると正直、ホッともする。そういうふうに聞こえているんだったら、きっとそれで良いんだろうな。

こういう種類の作品には使われない言葉遣いを持ってくるっていうのは、本当に面倒なんだ。『G-レコ』では、作り終わったTVシリーズとしての改変事項っていうのは基本的にない。ただ、抜け落ちている部分を追加していかないと映画にならなくて、特にそれが第3部と第4部の部分でものすごく大きくある。その部分を付け加えたら、何とか5本で映画のかたちになるんじゃないかと予定して作業をしている。

荒木 なるほど、そういう役割のシーンなんですね。

Gのレコンギスタ 富野由悠季 WHAT's IN? tokyoインタビュー

富野 であるとね、「祟り」だけではすまない。もう少しロジカルな言葉を発明したかった。それができなかったってのは、これはもう世代の違いなのかなって気持ちというか、反省がある。

荒木 まさか「祟り」の話からここまで深い話になるとは……。そこまでの想いがあるとは思っていませんでした。すみません(笑)。

富野 (荒木監督に向かって蹴るようなポーズを取りながら)そのっくらいに思ってなかったら、作品って作れないんだよっ(笑)!

荒木 いや、本当に面白かったです。

富野 もちろん「面白かったでしょ?」ということは言える。今回、本当にありがたかったのは、荒木監督がTVシリーズの第10話を押さえていてくれたこと。劇場版『Gのレコンギスタ Ⅱ』「ベルリ 撃進」のヘソとしてポンと収まっているじゃないですか。あれがなかったら、ずっこけた作りになっちゃっていた。

荒木 恐縮でございます……。当時も、少なくとも戦闘シーンではお手伝いができたなという感触はありましたね。

富野 TVシリーズをやっていた時には気がつかなかったんだけど、映像を映画版に組み込んでいくときに、荒木演出の戦闘シーンの手際の良さには本当に感心した。あのコンテは僕にはできない。テクニック論とはまた別のところで、改めて荒木監督との世代の違いを感じましたね。

僕のような気分になると、メカそのものの構造みたいなことを追いかけて演出しなくちゃいけないって思ってしまうのだけど、荒木監督のコンテはその部分がなくて、劇として必要なカットしかない。これは僕にはできないんだよね。よくこんな風に割り切れるな、本当に無責任だな! って感じた(笑)。

荒木 でも、何か計算してやったわけではないんですよね。はしゃいで、楽しんだだけですよ。

富野 まさにそれが『G-レコ』全体をくるんでいるフィーリングでもあるから、はしゃぐってのは、こういう風な割り切りをもってやらなければいけないんだという手法を見せつけられたんですよ。カット割りだけの話ではなく、そこにはきちんと演出論があって、本当に上手にできている。今回、全部の尺をまとめていた時に、ちょっと悔しかったもの。腹が立つから全部外してやろうかと思ったんだけど、外せないんだよな(笑)。

荒木 俺は「第10話は全カットらしい」ってウワサを聞いていましたよ。確かに内容的にはなくても成立しそうな部分ですからね。でも最終的には全部残していただいてうれしかったです。

富野 映像ができあがって、エンディングロールを見終わった後の気分で言っても、荒木監督の担当したブロックがなければ成立していなかった。

Gのレコンギスタ 荒木哲郎 WHAT's IN? tokyoインタビュー

荒木 でも、自分としてはそんなことは全く思わなかったんですよ。劇場版Ⅱを観て、自分が一番好きだったのはまず冒頭の圧巻の戦闘シーン。そして、アイーダとお父さん(グシオン総監)が再会するシーンですね。あの、2人が浜辺に座るところ、あれだけで親子だってことがすぐ分かるし、いろいろ伝わってくるものがあって、その手触りがすごく良かったです。

富野 図らずも今、挙げてくれたそのシーンが効いているのは、荒木演出の戦闘シーンとの対比があるからなんだよ。戦闘シーンまで、アイーダとグシオンの出会いのシーンのようなロジカルな演出でやっていたら、あの親子の再会はあんなに簡潔に見えなかった。

僕はあのシーンを論理的に組んだつもりでいるんだけど、荒木演出がその後の戦闘シーンを受け継いでくれたおかげで、全体がロジカルに見えなくなっている。これは本当に命拾いしたなと思いましたね。演出って、1本の映画があったら1つのタッチでまとめなきゃいけないと言われているんだけど、それをやるとつまんなくなるんだよね。シーンごとに手を変え品を変えってやっていかないと1時間半以上の映像は楽しく観られない。

荒木 そうかもしれません。

富野 今回本作を観た人が、「キャラ全部がすごくビビッドですね」って言ってくれて、本当にうれしかった。ただ、それって全体の中での対比があるからこそビビッドになるのであって、全部をビビッドにしちゃうと単にワケが分からなくてゴテゴテしたものになっちゃう。今回は、(荒木演出パートのような)歯切れの良い部分があるからこそ、そう見えているんですね。

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