オトナに響くストーリーマンガ  vol. 3

Review

話題のアニメーション映画『音楽』の原作を手がけるマンガ家・大橋裕之の世界に迫る!

話題のアニメーション映画『音楽』の原作を手がけるマンガ家・大橋裕之の世界に迫る!

世界4大アニメーション映画祭のひとつ・オタワ国際アニメーション映画祭で長編部門グランプリを受賞。総作画枚数40,000枚超、監督・岩井澤健治が実に7年の月日をかけて個人制作したことでも話題のアニメーション映画『音楽』。原作は、マンガ家・大橋裕之による同名の作品です。

文学・音楽・演劇など様々なカルチャー畑からの支持を集めてきた大橋の作風は、余白の多いシンプルな画面の中に独特のオフビート感覚を感じさせる唯一無二のもの。これを機会にぜひ手に触れてほしい、作者の魅力がよく伝わる作品をピックアップしました。

文 / 永田 希


話題のアニメーション映画の原作

©大橋裕之/カンゼン

『音楽 完全版』

地元では有名な不良「研二」が仲間の二人とバンドを組むことに。「古武術」と名付けられた研二のバンドはベーシスト二人とドラマー一人でひたすら「ボボボボ」と音を出すだけのもの。同じ学校の「古美術」なるフォークソングバンドの森田くんや、研二の同級生の亜矢に見守られながら、地元のロックフェスに出演が決まる「古武術」だが、研二は急にやる気をなくしてしまう。他方、研二を倒そうと他校の不良たちも集結しつつあった。はたして「古武術」はフェスに出演できるのか。

ロックバンド「ゆらゆら帝国」の坂本慎太郎が主役の研二の声優を担当し、オタワ国際アニメーション映画祭で長編コンペティション部門のグランプリを受賞した『音楽』(岩井澤健治監督)の原作。ディズニーの『白雪姫』、故・今敏監督の『パーフェクトブルー』、押見修造原作のテレビアニメ『惡の華』などで採用されたロトスコープという、実写映像をベースにしてアニメーション映像を作り上げる手法を使い、実に七年間もかけて個人制作されたという。

いっけんすると手を抜いたように見えるラフな描線が特徴の大橋裕之だが、たとえば本作に描かれている研二のアクションシーンでは骨格や筋肉が的確に捉えられていることがわかる。p.88の一番上のコマは、パンクロックの金字塔、ザ・クラッシュ『ロンドン・コーリング』のジャケットを連想させるが、よく見ると手や足の位置や曲がり方が全く違う。それでいて同じようなリアリティと勢いを感じさせてくれるのはさすがとしか言いようがない。

巻末の解説ではコラムニストのブルボン小林が大橋作品の「間」が独特であることを指摘している。アニメーション映画でも原作の「間」の再現に力を入れたと思しき場面がいくつか見受けられたが、やはりマンガと動画は別物だ。映画を見て原作に関心を持ったひとには、ぜひ原作の、激しい緩急のコントラストを楽しんでもらいたい。

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アニメーション映画『音楽』オフィシャルサイト
http://on-gaku.info/

夏を取り戻すために奮闘する少年たちを描く

©大橋裕之/幻冬舎

『夏の手』

小学校三年生のタケシは、市民病院で「みっちゃん」という同い年の女の子と知り合う。周囲に馴染めずいじめられてもいたタケシは、みっちゃんと遊ぶようになる。犬の糞を集めたり、はいはいで隣町まで行ったりと、ふたりの遊び方は少し奇妙だ。ある日、タケシをいじめていたクラスメートが、みっちゃんと遊んでいるタケシにまた絡んできた。みっちゃんはいじめっ子たちに犬の糞をなすりつけ、自分も自分で顔に糞をなすりつけて大笑いするのだった。

タケシとみっちゃんといじめっ子の二人がそのあと体を洗っていると、みっちゃんが「夏は日本に来ない」と言い出す。確かにその年は冷夏だ。「夏さん」とみっちゃんが呼ぶ存在は、常夏の島「ケロ島」にいるらしい。その翌日タケシは、みっちゃんが脳の病気で入院したことを知る。日本に夏を取り戻すため、そして夏祭りにみっちゃんを連れて行くために、タケシといじめっ子たちはケロ島に向かう。

田舎の景色のなかで出会った少年と少女の物語。脳の病気や「夏さん」の失踪という不穏な事件が語られることによって、世界観は徐々に不気味さを増していく(「小学三年生の少女が自分の顔に犬の糞をなすりつけた顔」を表紙にしているのはかなりヤバい)が、描き込みが少ない画面はどこまでも軽くあっけらかんとしている。

ケロ島では「夏さん」を「サンキング」と呼んで研究していたおじさんが登場、意外にあっさりと「夏さん」と対面することになるタケシだったが、日本に戻ってもみっちゃんは手術の後遺症でタケシのことを忘れてしまっていた。宇宙人が細菌の姿で地球人の社会に紛れ込んでいるとか、みっちゃんの脳内が世界の全てであるとか、SF的な仕掛けも投入され、少年たちの物語はどんどん壮大になっていく。

それでも絵柄は飽くまでシンプルで朴訥なまま。宮藤官九郎監督で映画化もされた、しりあがり寿『弥次喜多シリーズ』や、湯浅政明監督によってアニメ化されたロビン西『マインドゲーム』を思わせる傑作だ。

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独特の世界観を描く鬼才の自伝的作品

©大橋裕之/カンゼン

『遠浅の部屋』

高校を卒業した「僕」は実家を離れて一人暮らしを始め、プロボクサーを目指す……はずだった。しかし運動神経も良くなければ闘争心もない「僕」はそもそもボクサーには向いていない。ボクサーよりも漫画家になりたいと実は思っている。「ふわふわとした若者」すぎて自分でもウンザリしながら、バイトの合間に雑誌の賞を獲るべく執筆と投稿を繰り返す。

多くの大橋作品に通じる、気怠い無能感と突発的な全能感を行ったり来たりする展開は、(なんとなく気がついていたけど)やっぱり作者自身の性格と実体験に由来するのだなあ、と思わされる作品。もっとも、自伝的といえどもこの作品じたいも大橋が描いているわけで、本当に作者がこういう日常を送っているから作品にそういう傾向があるのか、この作者が描くとなんでもこういう双極的な傾向になるから自伝的な作品でもそうなってしまうのか、どっちが正解なのかは結局のところわからない。

自転車で海に出かけようとして道に迷ったり、バイトや同窓会のような場で周囲に馴染めなかったり、ダメな日々を分かち合う友達がいたり、とつぜん音楽をやってみたり、『音楽』をはじめとする他作品で繰り返し描かれるモチーフの元ネタ(?)も描かれている。この作者に特徴的な目の描き方が生まれる経緯が語られる場面もある。

なお初期の作品を集めた『ゾッキA』と『ゾッキB』には、「遠浅の部屋」の続編にあたる描き下ろしの「遠浅の部屋から2006逃避」「遠浅の部屋から2006上京」が収録されているので、合わせて読んでみてほしい。とくに「逃避」では『音楽』の自費出版の経緯が触れられているので、今回のアニメーションでこの作者を知ったひとにもおすすめできる。

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