横川良明の演劇コラム「本日は休演日」  vol. 26

Column

この人を斬れるのは自分しかいない。“刀ステ”史上最も泣いた刀と主の戦い

この人を斬れるのは自分しかいない。“刀ステ”史上最も泣いた刀と主の戦い
今月の1本:舞台『刀剣乱舞』維伝 朧の志士たち

ライター・横川良明がふれた作品の中から、心に残った1本をチョイス。独断と偏見に基づき、作品の魅力を解説するこのコーナー。今月は舞台『刀剣乱舞』維伝 朧の志士たちをピックアップ。個人的に“刀ステ”史上最も泣いた力作の魅力を語ります。

※今回のコラムでは物語上の核心部分について言及します。未見で、Blu-rayやDVDが届くのを楽しみに待っているファンの方は、ご注意ください。

もし自分が脱藩していなければ。龍馬の悔恨が、物語を生んだ

生きていれば、後悔は避けられない。あのとき、もっとああすることができていれば。人の人生には「たら・れば」がつきものだ。もちろん心の強い人は、やり直したい過去なんてない、と胸を張ることだろう。そのまっすぐに伸びた背筋は、文句なくカッコいい。でも、いくつもの「たら・れば」を抱えながら、もがき苦しみ生きている人のことも同じように肯定してあげたい、と僕は思う。

舞台『刀剣乱舞』維伝 朧の志士たちは、「歴史を守る」という『刀剣乱舞』の根幹そのものに真っ向から立ち向かった骨太なヒューマンドラマだった。

「いくら悔やんでも時間は巻き戻せん。もう過ぎたことをやり直すことはできんがや」

坂本龍馬(岡田達也)は、そうやるせなく呟いた。

時代は、尊王攘夷の風が吹く動乱の幕末。土佐藩にも倒幕の機運が高まっていた。その急先鋒が土佐勤王党の盟主・武市半平太(神農直隆)。佐幕派の土佐藩前藩主・山内容堂はこれを良しとせず、土佐勤王党を弾圧、岡田以蔵(一色洋平)を斬首、武市に切腹を申しつけた。

その報を聞き、後悔の念に駆られたのが龍馬だった。過激な尊王攘夷路線に走る武市と袂を分かった龍馬は、もし自分が脱藩していなければ武市を説得できたかもしれないと悔やむ。その悔恨が、この物語を生んだ。

僕がこの舞台『刀剣乱舞』維伝 朧の志士たちに胸を激しく揺さぶられたのも、そんな龍馬の後悔と、彼に刀を向けざるを得なかった刀剣男士の悲痛な使命がどこまでも泥くさく、どこまでもドラマティックに描かれていたからだ。

おんしとは会いたあなかったなあ。そう言って、陸奥守吉行は笑った

謎の入電を受け、文久三年の土佐藩へ出陣した陸奥守吉行(蒼木 陣)たち5振りの刀剣男士。そこは、歴史修正主義者の手により歴史改変がなされたあとの「放棄された世界」。本来なら八月十八日の政変により土佐勤王党の弾圧が始まっているはずのこの時代に、土佐勤王党が恐怖政治を行っていた。この歴史改変の手を引いているのは誰か。陸奥守吉行らは、政府権限で顕現された刀剣男士・肥前忠広(櫻井圭登)、南海太郎朝尊(三好大貴)と合流し、歴史修正の糸口を探す。

その道中で出会った龍馬は、本当に魅力的な男だった。当時の土佐藩は、厳しい身分制度に支配されていた。上級藩士である「上士」と、下級藩士である「郷士」。上士は郷士を犬畜生のように扱い、両者は同じ藩士でありながら敵対関係にあった。

「こん国をじゃぶじゃぶ洗濯して、身分差別のない均しの世にするんじゃ」

そう夢を語る龍馬の目は澄んでいて、この人を信じてついていきたいと思わせる志に溢れていた。だからこそ、末満健一の用意したシナリオは残酷だった。

大切な友を守るため、悲しい過去を塗り替えるため、龍馬は歴史のうねりに身を投じる。見方を変えれば、今作の坂本龍馬はタイムスリップものの主人公そのものだ。けれど、『刀剣乱舞』ではそれを決してヒーローとしては描かない。なぜなら、刀剣男士の宿命は、正史を守ること。だから、どれだけ龍馬の気持ちがわかろうと、どれだけ龍馬が愛すべき人間であろうと、彼の行為を認めるわけにはいかない。この葛藤こそが、『刀剣乱舞』の面白さだ。

放棄された世界で、龍馬と出会った陸奥守吉行は「おんしとは会いたあなかったなあ」と苦しげに笑った。陸奥守吉行にとって、龍馬はかつての主。龍馬がその命を落としたとき、佩刀していたのが陸奥守吉行だったと言われている。陸奥守吉行の土佐弁も豪快な性格も龍馬譲り。刀は時代遅れだと言い、銃を携帯しているところなんて龍馬そっくりだ。

だから、ふたりが気が合うのは当たり前。「むっさん」「ぬっさん」と呼び合い、龍馬は陸奥守吉行に対し「他人じゃないような気がする」と目尻を垂らす。一緒によさこい節を歌う姿は、長年の知己のようだった。

蒼木 陣と岡田達也。男同士のぶつかり合いが、この戦いを本物にした

しかし、平穏なときは長くは続かない。すべての真実が明かされたとき、ついに陸奥守吉行は龍馬と対峙する。「おんしと会うたら、こうなるような気がしたからじゃ」と言って龍馬に刀を向けた陸奥守吉行の胸中を思うと、身が引き裂かれそうだった。

歴史を守るのが刀の本能。この尊敬すべき人を、愛すべき友を、斬らなければいけない。そして龍馬も「むっさんに斬られるなら悪ないにゃあ。なんせむっさんはうちの家宝やきね」とすべてを受け入れたように優しく笑う。

こんなにも相手のことを想いながら刀を交えることなどあるだろうか。「無抵抗なもん斬りとうない。ぬっさん、戦うてくれ。全力で戦うて、おんしを斬りたいんや」と望む陸奥守吉行。それに応える龍馬。この宿命を背負えるのは、他にはいない。他の誰にも彼を斬らせない。陸奥守吉行に与えられた物語はあまりにも過酷で、でもあの瞬間は間違いなく他の誰も立ち入ることのできない、主と刀だけの世界だった。陸奥守吉行にとっては残酷でしかない筋書きだけど、そんな非情の運命を乗り越えることが、強くなることなんだと、その太刀筋が叫ぶ。

演じる蒼木 陣と岡田達也の気迫が、この男の戦いを本物にした。蒼木 陣の演じる陸奥守吉行は熱と仁義に溢れていて、僕の初期刀が陸奥守吉行であることを差し引いても、感情移入せずにはいられない人間くささがあった。どうして陸奥守吉行が笑うと悲しい気持ちになってしまうんだろう。あの場にいた審神者たちの多くが、悲運を生きた陸奥守吉行に、心をこなごなに砕かれたはずだ。

そして、自らが所属する演劇集団キャラメルボックスで何度も坂本龍馬を演じてきた岡田達也が見せた、坂本龍馬像は完璧だった。実物よりずっと広く見えるその背中は、厳しい舞台の上を四半世紀にわたって生き抜いてきたたくましさがあって、それが龍馬のようでもあり、この板の上で本気の勝負を交える後輩たちに見せた役者の生き様のようでもあった。

「わしは、あほうやのう。やり直すことができんけえこの世は面白いっちゅうに」

哀切と形容するしかない龍馬の笑い顔が、いつまでも瞼に焼きついている。そしてその笑い顔は、むっさんによく似ていた。

こいつは犬じゃない。人斬りだ。肥前忠広と岡田以蔵をつないだ人斬りの心

そしてもう1振り、心に残った刀剣男士がいる。それが、肥前忠広だ。龍馬が脱藩するときに乙女姉さんから受け取った刀が、肥前忠広。つまり、肥前忠広もかつては龍馬の刀だった。それが数奇な運命を辿り、岡田以蔵の手に渡る。肥前忠広もまたかつての主と戦うことを余儀なくされた刀剣男士だ。

郷士である以蔵は、身分制度の厳しい土佐藩では、人を斬ることでしか認めてもらえなかった。天誅こそが、岡田以蔵のアイデンティティーだった。そんな以蔵に、密命がくだる。龍馬を斬れ。これまで何人もの人間を斬ってきた以蔵は、親友を斬らねばならない運命に激しく苦悩する。

岡田以蔵と肥前忠広を見ながら感じたことは、刀こそが主の最大の理解者であるということだ。常にそばに身を置き、生死をくぐり抜けてきた唯一無二の間柄。誰にも見せない心の奥も、刀なら覗き見ることができる。

上士たちに「犬畜生」となじられる以蔵を、肥前忠広は「こいつは犬じゃない。人斬りだ」とかばう。それは、人斬りの刀と恐れられ、敵を斬ること以外に己の存在価値を見出せなかった肥前忠広だから言える台詞だった。

そしてその一方でわかっていた、岡田以蔵の本当の心を。本来は、優しく純粋な男だ。人を斬ることなんてしたくはなかった。だけど、人を斬ることをやめてしまったら自分が自分ではなくなる。だから、斬るしかなかった、どれだけその身が返り血で染まろうと。

そんな岡田以蔵に肥前国広は言う。「斬りたいわけじゃねえ。そんなこと、俺がいちばんよくわかってるよ」と。あの瞬間、何かが決壊したように僕の口から嗚咽がこぼれ出た。

無愛想だけれど、心の内に揺るがぬ正義と使命を持った肥前忠広を、櫻井圭登は的確に表現していたと思う。そして、何と言っても見惚れるのが一色洋平の存在感だ。抜群の身体能力で舞台上を跳躍し、末満健一の誇る高速殺陣も意のままに操る。見事な階段落ちも含め、今回のアクションの山場をつくったのは、間違いなく一色だろう。刀剣男士が束になってかかっても、この男にはかなわない。そう絶望に伏すだけの鬼神のような威圧感を、一色の強靭な肉体が放っていた。

陸奥守吉行が最後に龍馬に告げたあの言葉を、僕たちは忘れてはいけない

「きっと志半ばなんかやない。あん人が望んでいた国がそこにあるんじゃからよ」

陸奥守吉行は、暗殺によって31年で生涯を閉じた龍馬の胸中をそう代弁していた。最後に龍馬に「おんしが知っとる日ノ本はええ国か」と尋ねられた陸奥守吉行が「ああ、ええ国じゃ」と答えたのは本心だったのか。それとも主へのせめてもの餞だったのか。答えは、直接聞いてみなければわからない。

だけど、少なくとも僕たちは陸奥守吉行の言葉を嘘にしてはならない、と思った。僕たちは、龍馬がつくろうとした世界の延長線上に生きている。ほんの150年あまり前には、龍馬たちのような若き志士が、僕たちの立っているこの地の上を駆け回っていたのだ。そうやって歴史を受け継ぎ、今、僕たちは次代へと更新しようとしている。

朧の志士たちに誇れる未来をつくれているのだろうか。あの陸奥守吉行の答えを嘘でも強がりでもなくできるのは、僕たちだけだ。

舞台『刀剣乱舞』維伝 朧の志士たち

東京公演:2019年11月22日(金)〜12月1日(日)TOKYO DOME CITY HALL
兵庫公演:2019年12月6日(金)〜12月15日(日)AiiA 2.5 Theater Kobe
東京凱旋公演:2019年12月20日(金)〜2020年1月12日(日)TBS 赤坂ACTシアター
福岡公演:2020年1月17日(金)〜1月18日(土)福岡サンパレス ホテル&ホール

原案:「刀剣乱舞-ONLINE-」より(DMM GAMES/Nitroplus)
脚本・演出:末満健一

出演:
陸奥守吉行 役:蒼木 陣
肥前忠広 役:櫻井圭登
南海太郎朝尊 役:三好大貴
和泉守兼定 役:田淵累生
堀川国広 役:小西詠斗

小烏丸 役:玉城裕規
鶴丸国永 役:染谷俊之

坂本龍馬 役:岡田達也
武市半平太 役:神農直隆
岡田以蔵 役:一色洋平
吉田東洋 役:唐橋 充
ほか

主催:ニトロプラス/マーベラス/東宝/DMM GAMES

オフィシャルサイト
オフィシャルTwitter(@stage_touken)

©舞台『刀剣乱舞』製作委員会 ©2015-2019 DMM GAMES/Nitroplus

舞台『刀剣乱舞』維伝 朧の志士たちBlu-ray&DVD発売

発売日:2020年4月15日(水)
価格:Blu-ray ¥9,800円(税別) DVD¥ 8,800(税別)
発売元:株式会社マーベラス
販売元:東宝株式会社

vol.25
vol.26
vol.27