LIVE SHUTTLE  vol. 393

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MISIA 大会場隅々まで届く“息遣い”。ジャズのファクターを注入した音世界に心を奪われたステージを回想する。

MISIA 大会場隅々まで届く“息遣い”。ジャズのファクターを注入した音世界に心を奪われたステージを回想する。

MISIA SOUL JAZZ BIG BAND ORCHESTRA SWEET & TENDER
2020年2月1日 横浜アリーナ

MISIAはデビュー以来、22年間、常に前回のライブを上回る出来映えを更新し続けてきた。これは他の誰にも真似のできない、驚異的な実績だ。進化を続ける彼女は、今回の“MISIA SOUL JAZZ BIG BAND ORCHESTRA(以下 MISIA SOUL JAZZ BBO)SWEET & TENDER”で、どんなライブを観せてくれるのだろうか。そして、またしても新たな更新がなされるのだろうか。

4年前、NY在住のジャズ・トランぺッター黒田卓也との出会いから始まった“MISIA SOUL JAZZ”プロジェクトは、MISIAの音楽に最先端のジャズのファクターを注入し、その斬新な内容は音楽シーンに衝撃を与えた。超刺激的なリズムと和音は、MISIAの過去の楽曲群をアップデートし、さらには新しい音楽を生みだした。その成果と言えるニューアルバム『MISIA SOUL JAZZ BEST 2020』が、“MISIA SOUL JAZZ BBO SWEET & TENDER”の直前にリリースされたのだった。

このプロジェクトの最初の頃は、ZeppなどMISIAのライブとしてはやや小さめの会場が選ばれていた。その理由は、“MISIA SOUL JAZZ”が演奏者同士のインタープレイ(他者の演奏に即座に反応して、自分の演奏を組み立てていく“音楽の会話”)を重要視していて、そこに現われる音楽の細かいニュアンスを楽しむために、至近距離でプレイヤーの息遣いが感じとれることが優先されたからだった。

以来、通常のツアーや“MISIA 星空のライヴ”、“Misia Candle Night”と並行して、“MISIA SOUL JAZZ”のライブは行なわれ、そのたびに充実度を増して来た。だから今回の“MISIA SOUL JAZZ BBO SWEET & TENDER”は、ニューアルバムと並んでこのプロジェクトの最初の集大成となる。ただ、至近距離で楽しむ方が向いている“MISIA SOUL JAZZ”を、横浜アリーナという大会場で行なうのは大変なリスクを伴う。僕は少しの懸念を抱いたまま、新横浜駅に降り立った。

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横浜アリーナに入ると、まずは支柱をすべて取り払ったシンプルなステージが目に入る。ステージ背後のスタンドもオーディエンスで満たされていて、360度からMISIAを見ることができるセッティングだ。もうひとつ特徴的だったのは、モニター画面が無いこと。前述の「至近距離」のことを考えると、真逆の演出のように思える。“MISIA SOUL JAZZ”を最も良く知るMISIAだけに、スクリーン無しでのこの挑戦には、きっと何かメッセージがあるに違いない。そんな思いを巡らしているうちに会場は暗転になり、メンバーが入場してきた。

ビッグバンドの通例であるロゴマーク入り譜面台が、ステージの上手サイドに並んでいる。“MISIA SOUL JAZZ”の核心メンバーであるサックスのCraig Hill、トロンボーンのCorey King、そしてバンドマスターの黒田が各セクションのリーダーを務め、サックスには4人、トロンボーンには3人、トランペットには4人の日本人メンバーが加わった総勢14人のブラスセクションが位置に着く。

その他のメンバーはキーボード大林武司、ドラムスTOMO、ベースRashaan Carter、パーカッション伊達弦、女性コーラスは佐々木久美、Tiger、Geila Zilkhaという強力な布陣だ。コスチュームは全員、赤。最後に真っ赤なドレス姿のMISIAが登場すると、大歓声が上がった。

TOMOのドラムのフィルから新曲「Cassa Latte」がスタート。すぐにブラス・セクションが入ってくる。輝くようなブラス・サウンドが、アリーナの空間の隅々までを満たす。しかも分厚いアンサンブルが、トリッキーなシンコペーションを繰り返しながら、超スピードで激流のようにうねって走る。そこにMISIAの力強い声が加わると、これまで横浜アリーナで聴いてきたどのライブとも違う音楽が聴こえてきた。大会場、複雑なリズム、細部まで凝った和音構成、ファンキーなグルーヴ、何よりMISIAのパワフルな歌声という、相反した要素がいくつも重なり合いながら響く。大会場だからこそのダイナミズムと、遠い距離だからこそ美しく響き合う複雑な細部の両立は、奇跡と言っていい。凄いライブがあるものだ。改めてMISIAの構成力に感じ入った。1曲目が終わったときの怒濤のような拍手は、その凄さを感じているのが僕だけではないことを表わしていて痛快だった。

黒田が大きなアクションで会場のハンドクラップを促す。2曲目の「来るぞスリリング」も、TOMOのドラムから始まる。スピード感たっぷりのこの曲は、数層にも重なるポリリズムが特長で、“MISIA SOUL JAZZ BBO SWEET & TENDER”のアンサンブルの巧みさがカラフルなサウンドを生む。ゆったりとリズムに乗るMISIAのボーカルの一方で、ブラスの刻む細かいフレージング、そのふたつを繋ぐ大林のピアノが効いている。ステージ背後の観客を盛り上げていたMISIAは、終わると「今日は楽しんで行こうね!」と叫んだのだった。

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「ありがとう! 改めまして“MISIA SOUL JAZZ BIG BAND ORCHESTRA SWEET & TENDER”にようこそ。ニューアルバム、聴いてくれましたか? 今日はモニター画面がないので、いちばん後ろの人にはMISIAが見えてる?」と問い掛けると、スタンド最後方のオーディエンスから「あんまり見えな~い」と声が上がった。

「あら、今日は可愛い服を着てるんですけどね。帽子とかディテールは、よかったらNHK-BS4Kで収録しているので、そこで見てください。“MISIA SOUL JAZZ”では、ソウル、ジャズ、R&B、HIP HOP、ラテン、アフロビートなど、好きな音楽を生演奏で追求しています。皆さんもジャンルレスで楽しんで下さい」とまずは挨拶。「次は“MISIA SOUL JAZZ”の最初の頃のシンプルな編成でお送りします」。

リズムセクションはそのままに、ブラスはパート・リーダー3人だけでの演奏になる。次の曲の「BELIEVE」は、MISIAが黒田と出会ってすぐに演奏したナンバーで、初めて聴いたときはオリジナル・バージョンとのあまりの違いに驚かされた記憶がある。明るくスムーズなミディアム・バラードが、黒田のフィルターを通されて、深い陰翳をまとっていたからだった。それから4年後のこの日、「BELIEVE」はさらなる変化を遂げていた。何度もセッションを重ねていく中で、一音一音のエッジが立ち、彫りが深くなる。その変化にとても感動した。そういえばこの編成でMISIAは2年前、フジロックに出演し、世界の音楽ファンから大喝采を浴びた。その時よりもこの日の「BELIEVE」は表現の深みを増していたのだった。 

「ありがとうございます。モニター無しなので、後ろの方まで届くように、心を込めて歌ってます。届いてますか? ここからはゆったりした曲なので、皆さんもゆったりして聴いて下さい」。

MISIAが再びモニターのことを口にした。ここまできて、彼女の意図が分かった気がした。今ではモニターは当たり前のようにライブ会場に設置され、後ろの席のオーディエンスに対するサービスとしてすっかり定着している。だが、前の方のオーディエンスも、モニターばかり見ていることがしばしばある。だからこそMISIAは、もっと音に集中して欲しいと思っているのかもしれない。

モニターを置かないことで、オーディエンスの神経は自然と音に集中する。そうすれば、“MISIA SOUL JAZZ BBO SWEET & TENDER”の複雑で大胆なアンサンブルを、後ろの方のオーディエンスにも楽しんでもらえる一助になるのではないか。大きな賭けではあるが、彼女が“MISIA SOUL JAZZ”をやろうと決めた時の大きな目標に近づけるのではないか。その目標とは、豊かな感情表現と、ベストなグルーヴと、最先端の音楽性を、できるだけ多くの人と分かち合うこと。MISIAは直接的にMCで「私たちの演奏をじっくり聴いて、楽しんで」とは決して言わなかった。それは彼女の矜持であり、音楽を信じる心の表われなのではないかと思った。

次のハイライトは中盤、黒田のエモーショナルなトランペット・ソロから始まる「オルフェンズの涙」だった。鷺巣詩郎・作曲のビッグスケールなナンバーを、黒田は違った意味でスケールアップするアレンジを施した。シンプルなリズムに乗せて、重厚なハーモニーを響かせる。ひとつ間違えると、ベタベタのマイナーブルースになってしまうのに、見事に乾いた哀しみを表現することに成功していた。

実はこの「オルフェンズの涙」の成功の因は、もうひとつある。それはMISIAが“MISIA SOUL JAZZ”をやろうと決めた時、バンドにギターを入れなかったことだ。どうしても感情過多になりやすいギターという楽器を入れないことで、音楽の湿度を下げたかったのではないかと思う。同時に、80~90年代を席巻した“フュージョン”というジャンルに欠かすことのできなかったギターを入れないことで、新しいソウルとジャズの融合を図りたかったのだ。この日の「オルフェンズの涙」の歌と演奏の感情コントロールは絶妙で、“濡れ過ぎない涙”を見事に演出していたのだった。

終盤は「あなたにスマイル」から弦一徹が率いるストリングスが加わり、ラッパーのMIYACHIをフィーチャーした新曲「Mysterious Love (feat. MIYACHI)」、アフロビートの「MAWARE MAWARE」など、曲を追うたびにアンサンブルはタイトになっていく。MISIAの声のボルテージも上がり、軽々とスキップするようにグルーヴする「つつみ込むように…」で本編が終わった。

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アンコールでMISIAは、シルバーのドレスを着て登場。そのドレスのキラメキのようにストリングスとブラスが「Everything」のイントロを奏でると、万雷の拍手が沸き起こる。もうこの時点でモニター・スクリーンの有無を思う人はいない。ピアノだけのバックでMISIAが歌い始めると、アリーナ中の耳が歌声に集中する。4人の弦と14人の管が生み出す恐ろしいほどの倍音が会場を満たし、ダイヤモンドダストのように輝く。これほどの倍音に包まれるのは初めてだ。オーディエンスたちが息を呑んでそれに浸っている光景は、とても感動的だった。もちろんMISIAの声も最高で、最終盤に入ってもパワーはまったく落ちていない。

「初めてのアリーナでの“MISIA SOUL JAZZ”、どうだった? なんか、あっという間だったね。ちょっとここから離れ難い(笑)。満腹の時、お腹いっぱいって言いますけど、皆さんの胸がいっぱいになるように、心の栄養で満腹にしたいと思ってます。最後の曲はありがとうの気持ちを込めて」と「アイノカタチ」。

再び“MISIA SOUL JAZZ”の基本編成と、ストリングスでの演奏だ。広いステージの一隅だけに照明が絞られ、まるで小さなホールで観ているような錯覚に陥る。MISIAとメンバーの音楽的会話が、充分に聴こえてくる。もしかすると、これがモニター無しでMISIAが見せたかったものではないかと思った。

黒田のトランペット・ソロの後、歌がエンディングに差し掛かると、MISIAに当たっていたスポットに黄色が加わって、シルバーのドレスがゴールドに輝く。コンパクトだが、無限にも感じられる素晴らしいエンディングだった。

それはMISIAのこれまでのホーム“横浜アリーナ”が、“MISIA SOUL JAZZ”のホームにもなった瞬間だった。こうしてMISIAはまたも過去のライブの更新に成功したのだった。

文 / 平山雄一
撮影 / Masaaki Miyazawa / Junichi Itabashi / Santin Aki

MISIA SOUL JAZZ BIG BAND ORCHESTRA SWEET & TENDER
2020年2月1日 横浜アリーナ

セットリスト

M1「CASSA LATTE」
M2「来るぞスリリング」
M3「LADY FUNKY」
M4「BELIEVE」
M5「真夜中のHIDE-AND-SHEEK」
M6「キスして抱きしめて」
M7「あなたとアナタ」
M8「オルフェンズの涙」
M9「愛はナイフ」
M10「Mysterious Love (feat. MIYACHI)
M11「あなたにスマイル」
M12「MAWARE MAWARE」
M13「陽のあたる場所」
M14「つつみ込むように・・・」
M15「Everything」
M16「アイノカタチ」

その他のMISIAの作品はこちらへ。

MISIA

長崎県出身。グローバルな知性を持つ、アジアを代表する歌手。
1998年、デビュー曲「つつみ込むように…」が大ヒット。グルーヴ感抜群の歌唱で、音楽シーンに衝撃を与える。2000年にはバラード「Everything」がヒットして国民的人気歌手となり、2004年には女性アーティストとして初めて5大ドームツアーを敢行。アジアにも進出して大成功を収めた。
以降、J-POPの枠にとらわれることなくチャレンジを続け、日本にクラブカルチャーを根付かせた。同時に、世界基準のサウンド・クオリティとポピュラリティの両立を果たしている。
ライヴにおいても常にトップ・アーティストであり続け、コンピュータを駆使した大規模なツアーでは斬新な演出の中心となり、楽器の生演奏のみのコンサートではエンターテイナーに徹し、最新のグルーヴを探究するライヴでは超一流ミュージシャンとのセッションを楽しんでいる。20周年を迎えた2018年はフェスの最高峰“フジロック”でその実力を世界に見せつけた。
また社会貢献活動にも積極的で、特に子供の教育支援に尽力。音楽に込めるメッセージと、貢献活動が一致していることも特筆される。
そのアーティスティックなライフスタイルは、あらゆる世代の男女に強い共感を呼んでいる。

オフィシャルサイト
https://www.misia.jp

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