サザンオールスターズと昭和・平成・令和元年  vol. 23

Column

個々の聞き手にダイレクトに届くことを願った『さくら』

個々の聞き手にダイレクトに届くことを願った『さくら』

2018年にデビュー40周年を迎えたサザンオールスターズのバンド・ヒストリーを、彼らが生み出した数々の作品から改めて見つめていく。音楽評論家・小貫信昭が独自に紐解く、サザンオールスターズの魅力──。


2018年にリリースされたサザンオールスタ−ズの40周年プレミアム・アルバム『海のOh,Yeah!!』には、今回ご紹介する『さくら』(98年10月)から、全16曲の半数にあたる8曲が選出されている。それは彼らが、このアルバムに思い入れや手応えを感じていた証拠だろう。そしてこの文章は、その20年前へとワープする。

そう。20周年記念のベスト『海のYeah!!』を引っさげて臨んだ渚園である(1998年8月8〜9日)。なお、このライブの正式タイトルは「1998 夏 サザンオールスターズ スーパーライブ in 渚園 モロ出し祭り 〜過剰サービスに鰻はネットリ父ウットリ〜」という、開催地の浜松を意識したものだった。両日で10万人もの観客を集め、さぞかし彼らは、ファンの熱狂と興奮が塊となって押し寄せるのを体感しただろう…、と、思いきや、ちょっと違ったようだ。

というのも、後日、桑田に話を聞くと、語ってくれたのは数万人のことではなく、あるひとりの女性ファンのことだったのである。ふとそのヒトのことが目に入った桑田は、日常のなかでは様々なことを抱えているであろう彼女が、自分たちの演奏に一心不乱に熱狂してくれてる姿に「教えられた」と言ったのである。

シンプルなことだった。「教えられた」こととは、音楽に没頭できることの素晴らしさだ。いや、彼女だけじゃない。渚園に来てくれた人々は、けしてひとつの塊などではなく、桑田の意識のなかでは、“それぞれの人生の集合体”だったのだ。

その意識がどこかに反映されているのが『さくら』だろう。さらにこのアルバムは、人々の好みが細分化していく21世紀を控え、その予兆を捉え、対処しようとしたところがあった。それがすなわち、サザンオールスターズが目指す、次なる“ポップ観”と言えたのだ。

ここで、当時のインタビューを振り返ってみたい。『さくら』がリリースされる前に、「次の作品集はどんなものになりそうか?」と質問すると、桑田はこう答えてくれた。

(次は)アッパーで、というより、常温で、というのは考えているんですけどね。それは興奮とか感動とは、ちょっと違うイメージかもしれない。どこか醒めてるというか、マンションでひとり部屋を暗くしてインターネットをやってる人たちにも、パーソナルに訴えるような、そんなイメージなんですけど
(引用は『ワッツイン』1998年10月号)

なお、これは今ほどインターネットが普及してなかった頃の発言である(この時期、日本におけるネット人口は、やっと一千万人を超えたくらいだった)。そしてこのインタビューの時、桑田が「パーソナルに訴える」とは逆の例として挙げた自らの作品が、一丸となり盛り上がる「みんなのうた」だった。

もし『さくら』で目指したものが“みんなのうた”でなければ、なんだったのだろう。おそらく、“それぞれのうた”、である。1曲のなかに様々な境遇の想いを折り込んだ「私の世紀末カルテ」は(その観点から言えば)象徴的な作品なのだった。

登場人物の多様化は楽曲の多様化につながった。歌の舞台も様々で、“湘南”から“コルコバードの丘”まで広範囲である。時代も近未来から“唐人お吉”の幕末までと、実に幅広い内容だ。

音も『Young Love』とは違ってきている。前作が芯のあるバンド・サウンド(往年のロックをアナログのレコードで聴く感覚)なのに対して、本作は音の再処理なども盛んに行ったものであり、音のレンジも広い。洋楽的影響でいえば、レイディオヘッドが傑作『OKコンピューター』をリリースして来日した頃でもあった。デジタルとアナログの“融合”というより、両者の大胆な“共存”こそにオリジナリティが求められた。

オープニングの「NO-NO-YEAH / GO-GO-YEAH」が、まさにそれを宣言しているがきようだ。松田弘の闊達なドラムとコンピューターとの“共存”が果たされた。さらに1997年8月のシングル「01MESSENGER〜電子狂の詩(うた)〜」は、その後、ドラムン・ベース的な発展を果たし、「(The Return of) 01MESSENGER〜電子狂の詩(うた)〜 <Album Version>」として収録されたのだった。

“問題作”の「マイ フェラ レディ」も聴き直してみた。これはまさに、既に多くの解説がある通り『フォー・フレッシュメン&ファイヴ・トロンボーンズ』へのオマージュとなっている。ご本家の1曲目の「エンジェル・アイズ」の気だるさを、よりムード歌謡に寄せてみた、といった仕上がりだろうか。過激な歌詞だが、日本語とスペイン語の発音や音節構造の類似に着眼した、桑田にしか不可能な“ソラミミ的マルチ・リンガル”となっている。

さて次週は、“問題作”の真打ち登場、「イエローマン〜星の王子様〜」について書いていくことにしよう。“イエローマン”の、その後の数奇な人生も含め…。

文 / 小貫信昭

ALBUM『さくら』
その他のサザンオールスターズの作品はこちら
vol.22
vol.23
vol.24