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『鬼滅の刃』だけじゃない! 「鬼」と「人」との関わりを描いたマンガ作品

『鬼滅の刃』だけじゃない! 「鬼」と「人」との関わりを描いたマンガ作品

大正から昭和にかけての日本を舞台に鬼と人間の死闘を描いて、原作マンガとアニメが記録的にヒットしている『鬼滅の刃』。

「鬼」は、人間に似た姿をしていながら人間を凌ぐ身体能力を持ち、人間を襲ったり人肉を喰らうなど、人間と共存できない存在である。童話のなかでも屈指の知名度を誇る「桃太郎」が、人間を苦しめる鬼たちの棲む鬼ヶ島に桃太郎が出征して鬼を成敗するという筋書きであることはいまさら説明不要だろう。だが「泣いた赤鬼」のように、人間と鬼との共存の可能性をテーマにする童話もある。

今回は「節分の日」ということで、鬼と人間の確執をテーマにした作品を紹介してみよう。

文 / 永田 希


鬼との恋愛は可能なのか?

©花田 陵/講談社

2018年にアニメ化もされた『デビルズライン』は、近未来の日本で吸血欲を持った「鬼」と、鬼の犯罪を取り締まる警視庁の人々を描く作品。人肉を喰らう「喰種(グール)」が登場する『東京喰種』や、不死などの特殊能力を持つ人々が人間社会とのあいだに大規模な波乱をもたらす『亜人』と同様、現代的な社会のなかで一般の人間と異なる能力や性質を持った存在が迫害されたり、その迫害から解放されることを求めて戦う物語だ。

『デビルズライン』の主人公である安斎は、鬼と人間とのあいだに生まれ、吸血欲が普通の鬼よりも少ない。鬼の遺伝子を持ちながら警視庁公安課の巡査として生きる安斎は、人間と鬼のはざまで苦悩し、みずからの吸血欲を抑えながら人間と鬼の共存の可能性を模索する。鬼と人間の恋愛や共棲、その生態についての研究など、シリアスな描かれ方が本作最大の魅力だ。

鬼と人間との恋愛というと、恋愛をすると鬼になって人を喰らうヒロイン鹿恋が登場する『鬼娘恋愛禁止令』などの良作がある。「鬼」としてのシリアスな側面は無いが『うる星やつら』も鬼と人間の恋愛を描いた作品として無視できない。『うる星やつら』のヒロインであるラムは一応「宇宙人」だが、その姿は「桃太郎」や「泣いた赤鬼」のような童話と同じくらい、もしくはそれ以上にメジャーな鬼神「カミナリ様」つまり雷神の姿が元ネタになっていることは間違いない。

なぜ鬼と人間との恋愛が人気なのか。人間には無い能力、人間を超えた能力が読者を惹きつけるのはもちろん、禁止されていること、危険を伴うことが、恋愛感情を掻き立てるからだろう。

人間VS鬼、鬼VS鬼

©岡田索雲/小学館

『デビルズライン』や『鬼滅の刃』には、人間を喰らう鬼と、鬼に喰らわれて命を落とすわけにはいかない人間との、たがいの死活を賭けた文字通りの死闘を描くという魅力もある。人間を超える特殊能力をもつ存在に対して、喰われる側として劣勢にありながら、ヒト科の生物学的な限界を抱えて鬼に対峙しなければならない人間たちの戦い。

でも鬼の側からすれば、素性を明かせば「狩られる」状況で、人間たちが多数派を占める世界で生きていかなければならないということでもある。人間からは恐ろしい存在として忌み嫌われながら隠れて暮らす日々に、「普通の人たち」に馴染めない人間たちは共感せざるを得ない。人間と戦う鬼を描く作品が人気になるのは、この「鬼の側への共感」が不可欠だ。

大半の人間が無意識に不快感をもよおしてしまう「鬼のオーラ」を生まれ持った主人公アラタが、素性を隠して通う中学で人間の友達を作ろうとしたり、やがては鬼と人間が共存できる世界を実現しようともがく『鬼死ね』は、イジメやさまざまな差別の構図を織り込みながら「人間と鬼の共存の可能性」のために戦う姿を描く。人間から迫害されてきたことで鬼たちは鬼だけで集まって暮らす村を作ったり、人間社会で目立とうとする鬼を粛清する組織を作るようになっており、アラタは鬼たちの内部の争いに身を投じていく。

鬼ならではの人間離れした戦闘シーンは迫力がある。人間社会では認められる事のない、その戦闘力を凄惨なまでに追究しているのが『衛府の七忍』だ。人間が殺し合う乱世の戦国時代を集結させた徳川家康は人間社会では英雄だが、本作の鬼と化した主人公たちの最大の敵となる。作者の山口貴由は、これまで『覚悟のススメ』や『エグゾスカル零』またそれ以外の諸作品でも繰り返し「鬼」を描いてきた。

山口はかつて童話の「桃太郎」を題材に、鬼ヶ島の鬼たちに敗北した桃太郎が雪辱を果たそうとする『サイバー桃太郎』という作品でデビューしている。同様に「桃太郎」を下敷きにした傑作が、にわのまことの破天荒なプロレスマンガ『THE MOMOTAROH』だ。桃太郎の子孫を自称するプロレスラーを主人公にしたギャグ要素多めの作品である。

『THE MOMOTAROH』には桃太郎と鬼ヶ島の伝説とは別の、平安時代から語り継がれるもうひとつの伝説が流れ込んでいる。源 義光や金太郎の原型とされる坂田金時らが征伐した酒呑童子をめぐる伝説だ。本作にはユーラシア大陸から流れ着いたロシア系の巨人・シュテンドルフという「鬼」が登場し、モモタロウらと死闘を繰り広げる。

そもそも鬼とは何なのか?

©岡野玲子・夢枕獏/白泉社

酒呑童子伝説を題材にしたマンガでは、夢枕 獏原作の小説を岡野玲子がコミカライズした『陰陽師』の続編『陰陽師 玉手匣』をはずすわけにはいかない。酒呑童子伝説では、源 義光の征伐隊メンバーに陰陽師・安倍晴明が含まれている。『陰陽師』はその安倍晴明が主人公である。星の動きを読み、みずからも妖怪の息子だと言われる安倍晴明が関わることによって「酒呑童子の伝説」は、「守天童子の伝説」として語り直されることになる。

「童子」つまり「子供」のような喜怒哀楽の爆発的な感情とその力を、人間は社会制度を確立していく過程で有害と見做して切り離そうとした。酒呑童子は、その感情と力が鬼の姿となって実体化したものだったという。認められず、忌み嫌われ、鬼門へと凝縮したその力は結局のところ、人間の集まる都(平安京)の脅威となり、源 義光らによる征伐を必要とすることになる。

©岡野玲子・夢枕獏/白泉社

画像は『陰陽師』第三巻所収の「鬼やらい」から、源 博雅が方相氏の姿をした場面。博雅は、安倍晴明とともに本作のもうひとりの主人公である。
「鬼やらい」は「追儺(ついな)」とも呼ばれる、現在の「節分の豆まき」の原型になった宮中の儀式。陰(オン)の気が転じた「鬼(オニ)」を追い払う儀式である「追儺」は、「鬼やらい」と声を出す方相氏が鬼(陰の気)を祓う。巻末の解説によると、もともとは鬼を祓うためのものだった「方相氏の面」が恐ろしいということで「鬼の面」として扱われるようになり、その「鬼の面」をかぶった人に煎り豆を投げる儀式に転じたらしい。

そもそも「鬼」という漢字は中国から伝来した。人間が死んだときに身体から抜け出る「魂」を意味する字で、今で言う幽霊のようなものを指す字だ。それが転じて人の営為を超えた現象が「鬼の仕業」とされるようになったらしい。人知を超えた現象を人間のような姿で捉えるという意味では「鬼」も「神」もほぼ同じことであり、暴風雨のような大災害を神格化した風神雷神は鬼神の姿で描かれることも、このことを踏まえれば当然のことだろう。

さて、「節分の日」にちなんで書き始めたこの文章もそろそろ終わりにしなくてはならない。ここまで、鬼を人間と対立する者として書いてきたが、そもそも人間のなかでもその能力や姿かたちは一様ではなく、人間どうしでも対立し、ときには凄惨な殺し合いを重ね、差別や迫害は現代でも目立たないやり方で繰り返されている。その人間の醜い側面を直視して、恋愛や友情、その変形としての戦闘として描いてきたのがここまで紹介した作品たちだとも言える。

「鬼は外、福は内」と唱えて炒り豆を投げるときには、追われる鬼たちの気持ちに思いを寄せてみてはどうだろうか。

紹介作品の試し読みはこちら

『デビルズライン』(モーニング オフィシャルサイト)
https://morning.kodansha.co.jp/c/devilsline.html

『鬼娘恋愛禁止令』(月刊COMICリュウ)
http://www.comic-ryu.jp/_kimusume/

『うる星やつら』(小学館eコミックストア)
https://csbs.shogakukan.co.jp/book?book_group_id=71&vols_from=31

『鬼死ね』(小学館eコミックストア)
https://csbs.shogakukan.co.jp/book?book_group_id=8026

『衛府の七忍』(秋田書店)
https://www.akitashoten.co.jp/comics/4253238513

『THE MOMOTAROH』(ジャンプBOOKストア!)
http://jumpbookstore.com/item/SHSA_ST01C42730400101_57.html

『陰陽師 玉手匣』(白泉社)
https://www.hakusensha.co.jp/comicslist/43669/