Interview

角銅真実 ヴォーカリストとしての魅力を開花させたメジャーでの新作『oar』をリリースした彼女独自の音楽観とは?

角銅真実 ヴォーカリストとしての魅力を開花させたメジャーでの新作『oar』をリリースした彼女独自の音楽観とは?

角銅真実の存在を知ったのは、ceroのサポートに参加した2016年だった。自由奔放にパーカッションをプレイする彼女は、打楽器奏者/シンガー・ソングライターであり、これまでに2枚のソロ・アルバムを発表し、才気溢れる独自の世界観で注目を集めてきた。1月22日にはメジャー・ファースト・アルバム『oar』をリリース。彼女の「歌」にフォーカスを合わせた本作は、その美しく繊細な歌声とメロディー、イマジネーション豊かなサウンドで聴き手を未知の領域に誘ってくれる。アルバムには浅川マキ「わたしの金曜日」やフィッシュマンズ「いかれたBaby」のカヴァーも収録され、ヴォーカリストとしての魅力を開花させた彼女。ここでは、その音楽経歴をたどりながら、彼女ならではの音楽観と新作について訊いた。

取材・文 / 佐野郷子 撮影 / 沼田 学


『ドレミノテレビ』を観て、パーカショニストに興味を持った高校時代

角銅さんがそもそも打楽器を始めたのは?

高校2年のときに、NHK教育テレビで放映されていた『ドレミノテレビ』を観て、そこに出演されていたパーカショニストの山口ともさんに興味を持ったことがきっかけといえばきっかけですね。番組が放映されていた時間帯はみんな学校に行ってる午前中だったのですが、わたし、あんまり学校に行ってなくて、明るい不登校みたいな感じだったんですよ。

『ドレミノテレビ』はUAさんと山口ともさんが出演していましたね。

そうです。UAさんも大好きだったんです。二人の衣装も奇抜ですごくカッコよかった。その番組の中でともさんが身の回りの物や廃材で楽器を作って演奏していたのも面白くて、そこから物を鳴らす、物を作ることに興味を持ちました。

山口ともさんは、数多くのアーティストのツアーやレコーディングに参加されていますよね。

そう。それで長崎にライブをされた時に観に行って、ともさんのHPにメールフォームで「わたしも打楽器、音楽をやっていこうと思います」と書いたら、お返事をくださって。大学で東京に来てからも、ともさんのライブも度々観ているのですが、じつはまだ連絡はしていないんです。

中学高校時代から音楽は好きだったんですか?

もちろん! ラジオっ子だったので、ラジオで聴いて気になった音楽は調べて図書館でCDを借りたりしていました。特にゴンチチさんがパーソナリティのNHK-FM『世界の快適音楽セレクション』が好きで、そこで世界中の面白い音楽を知りました。

バンドはしなかったんですか?

しなかったですね。小さい頃にピアノを習っていたので、家のピアノはずっと弾いていたのですが、あとは文章を書いたり、絵を描いたり、一人で何かしらしていましたね。

角銅真実 エンタメステーションインタビュー

東京藝大へ。「自分の言葉で喋りたい」という思い。

高校卒業後は、東京藝術大学音楽学部器楽科打楽器専攻に進学。藝大での生活はいかがでしたか?

わたしは楽器を始めるのが遅かったから、音楽を学ぶ場、音楽をやっている人が自分の周りにいる環境が初めてだったので、大学に入ってしばらくは考える余裕もなく、日々の練習や課題に追われていましたね。打楽器専攻は1学年で3〜4人だったのですが、人数も少ないから、わたしはのびのびできたし、授業も面白くて、美術科と行き来できたことも大きかった。

大学時代は将来、どういう道に進もうと考えていたんですか?

卒業後はオーケストラに入る人、フリーで色んなオケを渡り歩く人、留学する人や先生になる人もいましたけど、わたしはどんな方法で音楽をつくっていくかをずっと探っていた気がします。自分の言葉で喋りたい、誰か知らない人と交流したり、知らない場所に行ってみたいと思っていました。

大学で音楽の志向の変化はありましたか?

元々ロック・ミュージックが好きで、高校時代からレディオヘッド、ナンバーガール、くるり、グリーンデイやHi-STANDARDも好きで聴いていました。大学に入ると、それがROVOやボアダムス、キング・クリムゾンになったりしたのですが、打楽器で現代音楽を学んだこともあって、そこから派生してゆく音楽にも興味を持つようになりましたね。

角銅さんの音楽の表現方法の原点は、その時期に育まれたのでしょうか?

そうですね。大学時代に学んでいた音楽を実際にいま東京で生活している自分とどう結びつけていくか、人の言葉ではなく自分の言葉で発するにはどうしたらいいか、ずっと悶々と考えていました。自分でオリジナルの楽器を作りはじめたり、打楽器のデュオユニット=BUNKAKUで活動したり、卒業してからは、一度、演奏を止めてみたこともありました。演奏を止めたら、自分の体がどうなるのか知りたかったのかもしれないです。

それは音楽漬け、演奏漬けの日々を過ごしてきた人には勇気ある選択ですよね?

初めて楽器を手にする人の体の感覚をもう一度取り戻したくなったというか、人に習った叩き方を忘れたら、自分からどんな音が出るんだろうという興味もありました。それがいまは良かったのかなという気がします。

角銅真実 エンタメステーションインタビュー

ceroのサポートに参加。ソロ・アルバムの制作と“気づき”

その後は、様々な音楽家の方のサポートで活動するように。

シンガー・ソングライター/ギタリストの古川 麦さんのユニット、Doppelzimmerのサポートが最初でした。寛容な方たちで、自作楽器をパーカッションのセットに組み込んだり、自由にいろんなことを試していたのを面白がってくれたのは大きかったですね。それがceroのサポートにも繋がっていった。麦さんのリリース・ライブを観に来ていたceroのメンバーが、「一緒にやろうよ」と声をかけてくれたんです。

2016年にceroのサポートが始まり、石若 駿さんのアルバム『Songbook』に歌と作詞で参加、印象に残る歌声を披露していますね。

それまでライブで歌っていたのは1曲くらいだったのですが、それを石若くんがたまたま観てくれたんです。それまでは歌をあまり意識したことはなくて、声という楽器を手に入れたという意識の方が強かったと思います。

角銅さんはceroでもコーラスを担っているし、その頃から歌への欲求が高まっていったんでしょうか?

そうですね。ものを叩いて音が出るように、自分の体からも音が出る、「これは面白い!」と。

2017年には初のソロ・アルバム『時間の上に夢が飛んでいる』を発表。ソロをつくったきっかけは?

ずっと自分のアルバムをつくりたいと思っていて、知り合いのレーベルの方が声をかけてくれた時は、曲はほとんど出来ていました。

1stではマリンバやパーカッションだけでなく、ピアノ、ギター、ドラムなども自ら演奏。アンビエントな要素もありつつ、伸びやかな音色や声がとても気持ち良かった。

自分でも1枚目のアルバムはすごく好きなんです。作れてよかったです。

2017年のセカンド・アルバム『Ya Chaika』で歌モノの比重も増えたのは理由があったのですか?

特に理由はありません。曲や言葉は思いついたらヴォイスメモに残しておいて、それを繋げたり、深めたりしてゆくのですが、日々を過ごしているうちに出来ていった感じです。

『Ya Chaika』にはceroをはじめタコマンション・オーケストラやSongbook Trioなど角銅さんが関わる多彩な音楽人の面々が参加してましたね。

ceroのサポート・ドラマーである光永 渉さんを始め、色んな人たちと一緒に音楽の活動を続けていく中で、わたしのアルバムを聴いてくれる人がいることがだんだん分かってきたんです。母親が『Ya Chaika』を気に入って聴いてくれていることを知って、音楽って人の暮らしの中に存在するものなんだなと。それに気がついたことは大きかった気がします。

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今まで曖昧だった音楽の“かたち”に筋を通した新作『oar』

2019年2月には都内のカフェで初めて「うた」にフォーカスしたワンマンライブを開催。歌をさらに意識するようになった?

そうですね。歌という音楽の形態が面白いと思ったので、自分が聴いてみたいライブをやってみようと。それが今回の新作のリリースにも繋がっていきました。

最新アルバム『oar』はメジャーからのリリースになりました。アルバムをつくる上での変化はありましたか?

わたし、けっこうせっかちで、曲が出来たら思いついたまますぐにレコーディングしたい方なのですが、今回はレコーディングの事前に日程が決まっていたので、時間をかけて編曲などの準備をしていきました。収録された曲は、この1年ライブでやっていた曲なので、いろんなアレンジのストックがあって、レコーディングの前にプリプロをしたのもほとんど今回が初めてでした。

今回は、前作以上に歌に比重を置いたヴォーカル・アルバムになりましたね。

わたしは音楽の“かたち”をあまり意識したことがなくて、『Ya Chaika』も歌なのかそうじゃないのか曖昧にしていました。録音した作品を残すことは、時間を切り取るみたいな感覚だったんです。今回は歌を浮き立たせるようなサウンドを意識したのですが、そうすることで今まで曖昧だった“かたち”の部分がシュッと筋が通った感じがありますね。

1曲目の 「December 13」の「この声があなたに届く時 そこには私はいない」にはドキリとしました。

自分にとって音楽をつくることは、日記みたいな感覚があって、曲や言葉はどちらからともなく出てくるんです。タイトルに日付けが多いのもそのせいですね。

今回はチェロやクラリネットなど弦楽器の導入も新鮮ですね。

チェロの巌 裕美子さんとはこの1年ほど二人でライブをやって、すごく刺激を受けています。わたしは元々打楽器だから、横の動きがある楽器、弦は新鮮なんです。ストリングのアレンジを3曲網守将平さんにお願いしたのですが、レコーディングの前日に家に来てもらってギリギリ間に合わせて。さすがでした。今回は気がついたらたくさんの方に参加していただきました。

それ以外は全曲のアレンジ/プロデュースを自ら手がけていることも、角銅さんの強みですね。

やっぱり、自分の曲は自分の手で最後まで作りたいんですね。自分を人に受け渡したくないというか、最後まで自分の言葉でしゃべりたいという思いがあります。

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聴き手の記憶や経験によって変化してゆく歌の面白さ

フォーキーな「寄り道」は、〈この世にちょっとだけ 寄り道してるだけ〉が切ない。感情に響く歌詞=言葉が増えてきましたね。

そうかもしれません。今回、歌のアルバムをつくるに当たって、歌の音楽の面白いところって、聴き手の受け取り方が自由で、幅広いことなんだなと思ったんです。記憶や経験によって、その歌は変化してゆくし、わたしのつくった歌も、色んな人の暮らしの中に溶け込んで、誰の曲か分からないくらいになればいいなと思うんです。

今回はカヴァーが2曲。浅川マキさんの「わたしの金曜日」をカヴァーしたのは? 

浅川マキさんの歌を初めて聴いたのは新宿のゴールデン街の店だったと思います。終電を逃して飲んでいたら、お店の人が浅川マキさんのレコードをかけてくれて、その場の空気が一瞬にして変わったことをよく覚えています。そこから聴くようになって、ライブでも歌ってきました。

フィッシュマンズの「いかれたBaby」のカヴァーは、ピアノと歌だけのカヴァーがいいですね。

フィッシュマンズを聴くようになったのは、大学で東京に来てからです。その時すでに佐藤伸治さんは亡くなっていたので、わたしの中では架空のバンドのような感じがありました。

去年はフィッシュマンズのイベント『闘魂 2019』でceroと一緒にステージに出演されましたね。

あれはDOPEで不思議な体験でした。アンコールで、エンジニアのzAkさんが誘ってくださって、髙城晶平さん(cero)、原田郁子さん(クラムボン)、永積タカシさん(ハナレグミ)と一緒にフィッシュマンズの「Weather Report」を歌わせてもらいました。あんなに沢山の人の前で歌うのは初めてだったのですが、その時、永積さんの歌がすごくて、「歌手」っていうのはこういう人のことなんだなと思いましたね。「いかれたBaby」は特に好きな曲で、今回、原曲とは全然違うアレンジでカヴァーを入れたのは、自分がつくった曲と、自分のなかにすでにある曲を一緒にしてみたかったからなんです。

角銅真実 エンタメステーションインタビュー

「Slice of Time」には、「December 13」の歌詞の一部が英詞で再び登場しますが、ここには大切なメッセージが込められている?

人と人は同じところに居られない、同じものを見ても違うものを見ている。わたしはそこに共感や共有はないと思っています。でも、そんな距離があるからこそ想像力が生まれて、分からないから考えたり、他者に思いを馳せることもあるんじゃないかと。

角銅さんの比類なき個性をアルバム『oar』からは感じることができますが、ヴォーカリストとしての魅力が増して、ふくよかさが加味された気がします。

以前は楽器に向かい合っていると、性別を切り離して、自分も音そのものになりたいと思っていました。学生の頃は体もいまより骨っぽくて、男の子っぽかったんですけど、年齢を重ねて少しずつ体が丸くなってきて。それがイヤだなと感じていた時もありましたが、このアルバムをつくる時は女性である自分を受け入れた感じはあったかもしれない。その前に自分は「言葉」を使う「人間」だったんだなという。

アルバムの『oar』というタイトルは何かを象徴しているんですか?

oar=漕ぐという自発的なイメージがいいなと思ったのですが、タイトルを付けたあとに、このアルバムの曲たちが船を漕いでいくように聴く人の元に届けばいいなと思うようになりました。それがどういう風に変わっていくのか楽しみです。

その他の角銅真実の作品はこちらへ。

角銅真実

長崎県生まれ。東京藝術大学音楽学部器楽科打楽器専攻卒業。マリンバをはじめとする多彩な打楽器、自身の声、言葉、オルゴールやカセットテープ・プレーヤー等を用いて、自由な表現活動を国内外で展開。2017年にはソロ・アルバム『時間の上に夢が飛んでいる』、2018年には『Ya Chaika』をリリース。自身のソロ以外に、ceroのサポートや石若駿SONGBOOK PROJECTのメンバーとしての活動、CM・映画・舞台音楽、ダンス作品や美術館のインスタレーションへの楽曲提供・音楽制作を行っている。2019年2月、都内カフェにて初めて「うた」にフォーカスしたワンマンライヴを開催。フジロックフェスティバルにも自身の名義で初出演を果たした。昨年12月にはアルバム『oar』のリリースに先がけて、吉祥寺「キチム」にてレコーディング・メンバーを集めたライブを開催した。

オフィシャルサイト
https://manamikakudo.wordpress.com/

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