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100年以上広がり続ける無限の恐怖「クトゥルフ神話」の世界

100年以上広がり続ける無限の恐怖「クトゥルフ神話」の世界

1917年にハワード・フィリップス・ラヴクラフトが送り出した架空の神話小説「クトゥルフ神話」の世界は、100年以上が経過した今もなお、多くの作家や愛好家により紡がれ続けている。現代では小説、漫画、アニメなど様々なメディアでも頻繁に登場する「クトゥルフ神話」とはどのような魅力があり、何ゆえに愛好家の興味を引いてやまないのか、自由あふれる恐怖の世界を解説する。

文 / 早川清一朗


人の根源の恐怖を形にした「クトゥルフ神話」とは

1917年7月にハワード・フィリップス・ラヴクラフト(以下、ラヴクラフト)が執筆した小説「ダゴン」を出発点として1世紀以上に渡り小説として書き継がれ、語り継がれている架空の恐怖神話「クトゥルフ神話」をご存じだろうか。

宇宙から太古の昔に飛来した邪神「クトゥルフ」を中心として構成された、邪神やクリーチャー、本、地名などの世界観を共有している作品群、それが「クトゥルフ神話」だ。ラヴクラフトが生み出した世界を友人の作家たちが押し広げ、後にオーガスト・ダーレスが神々の設定などをまとめて創り上げられた。

「クトゥルフ神話」の大きな魅力、それは異形の邪神たちと、それを崇める時に敵対する数々のクリーチャーたちが人の心にもたらす深遠なる恐怖だ。「クトゥルフ神話」に登場する邪神はしばしば「グレート・オールド・ワン」ないしは「古きもの」と呼ばれ、10億年以上前に宇宙のどこかから飛来して地球に定住し、運悪く彼らの世界をのぞき込んでしまった運の悪い人間をしばしば発狂にまで追い込んでいる。

その「グレート・オールド・ワン」の代表格と言えるのが、神話の表題にもなっている邪神「クトゥルフ」だ。アルファベットの綴りは”Cthulhu”となっており、明確な発音は不明。クトゥルフ以外にも「クトゥルー」「ク・リトルリトル」など様々な読み方がある。これは宇宙より飛来した人ならざる邪神は発音すらも困難であり、音を便宜的に文字に当てはめただけという、神秘性を増すための手法が取られているためである。

現在のクトゥルフは旧き神との戦いに敗れ、太平洋の南緯47度9分 西経126度43分の位置(作者により異なる)に沈む都市「ルルイエ」に封印されているが、ひとたび目覚めればルルイエと共に浮上し、圧倒的な恐怖を振りまくとされている。過去には1925年3月23日から4月2日にかけて一時的に浮上したと言われており、同時期には世界中で陰惨な事件が多発した。

宇宙的な恐怖と生理的嫌悪感

「クトゥルフ神話」の世界では、人間は無力な存在だ。ルルイエとクトゥルフに対しては核攻撃すら試みられているが、完全な打倒には至っていない。

運悪く神々や眷属の巣くう世界をのぞき込んでしまった者は、ごく簡単に命を失い、生き延びた者もしばしば魂を打ち砕かれるような圧倒的恐怖に晒されて発狂してしまう。

ラヴクラフト自身は作品がもたらす恐怖を「あまりにも人智を凌駕した、広大で虚無的な恐怖の前では人間の価値観など何の価値もない」という概念から「コズミック・ホラー(宇宙的恐怖)」と呼んでいる。

クトゥルフ以外にも宇宙的恐怖を呼び覚ます存在は数多い。邪神たちの魔王アザトース。這い寄る混沌ニャルラトテップ。貪欲と暴食の神ツァトゥグア。異世界の存在を地上へと招き入れる門の鍵にして守護者ヨグ=ソトース。千匹の仔を孕みし山羊シュブ=ニグラスとその眷属たる黒き仔山羊。神と眷属、そして異形の存在たるクリーチャーたちを数え上げればきりがないが、中でも特筆すべき存在感を放っているのが、クトゥルフを崇拝する半人半魚の怪物「深き者」だ。

別名インスマス、インスマウスとも呼ばれる「深き者」は人間ほどの大きさをしており、サメのようにざらざらした皮膚には鱗、首の左右には水棲呼吸用に魚のようなえらがある。手足には水掻きがついており、水中では素早く泳ぎ、地上ではぴょんぴょん跳ねて移動する。

「深き者」の恐ろしさは宇宙的なものではない。もっと差し迫った恐怖だ。目の前に、いや背後に存在するかもしれない恐ろしさ。そして何よりも「人に近い生き物」という生理的嫌悪感から来るものだ。

「深き者」は人と交配し子孫を成すのだ。「深き者」には寿命が無く、暴力的な手段やその他の外的要因が無ければ死ぬことは無い。人との間に生まれた子孫は成長と共に「深きもの」へと近づき、最後は完全なクリーチャーとなる。子孫はその特徴的な外見から「インスマス面」と呼ばれ、異臭を放っているためその正体を知らない人間たちからは忌み嫌われている。

彼らは神々の末席に名を連ねる「ダゴン」を先祖と仰ぎ、フリーメーソン会館を本部に、「ダゴン秘密教団」を設立、地上を侵略しようと試みている。人間大のクリーチャーであるため子孫であれば人の中に溶け込ませることもかろうじて可能であるため「クトゥルフ神話」を引用した様々な作品にもしばしば登場する。凶悪な生理的嫌悪感を持ちながら人気も高いという、恐怖を感じるとついつい近づいてしまう、人の心の矛盾を体現した存在ともいえるだろう。

……とここまでが超基本的な解説となる。あれこれ説明し始めると本が1冊書けてしまうほどになるので、もっと詳しく知りたい人は本稿内でも使わせていただいている田辺剛先生によるコミック『クトゥルフの呼び声 ラヴクラフト傑作集』や下記の参考文献などを参考にしてほしい。

今回、こうして「クトゥルフ神話」を紹介したのは、最初に書いたとおりアニメやゲームなどで影響を受けている作品が多いからだ。恐怖という芳醇な魅力と膨大な量の設定はこうしたコンテンツと極めて相性が良く、新たな作品が次々と生まれ続けている。「クトゥルフ神話」を知れば、さらにアニメやコミック、ゲームがさらに深く楽しめるようになるのは間違いない。次回は、影響を受けた作品について書かせてもらおうと思う。

ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん。


※図版はすべて『クトゥルフの呼び声 ラヴクラフト傑作集』(田辺剛 著/KADOKAWA 刊)から引用させていただきました。

参考文献
「ゲームシナリオのためのクトゥルー神話辞典 知っておきたい邪神・禁書・お約束110」(森瀬 繚 著/SBクリエイティブ 刊)
「ALL Gamers! 第4号」(冒険企画局 刊)
「新クトゥルフ神話TRPGルールブック」(サンディ・ピーターセン 著 他/KADOKAWA 刊)


©田辺剛/KADOKAWA