サザンオールスターズと昭和・平成・令和元年  vol. 18

Column

「さよならベイビー」の初のナンバー・ワンは、人気作家が遅ればせながら直木賞を受けた、みたいなことだったかもしれない。

「さよならベイビー」の初のナンバー・ワンは、人気作家が遅ればせながら直木賞を受けた、みたいなことだったかもしれない。

2018年にデビュー40周年を迎えたサザンオールスターズのバンド・ヒストリーを、彼らが生み出した数々の作品から改めて見つめていく。音楽評論家・小貫信昭が独自に紐解く、サザンオールスターズの魅力──。


「サザンオールスターズ-真夏の夜の夢-1988大復活祭」がスタートしたのは88年7月26日の西武球場である。その後、スタジアム中心に全国20公演を行ない、50万人という破格の動員を果たす。“復活祭”と銘打たれたが、単なる“お久しぶりです”ではなく、サザンの進化を伝えつつ、[原坊コーナー]として原由子が2曲、[桑田ソロ・コーナー]として桑田がKUWATA BANDやソロ作品を12曲演奏するという、これまでにない新基軸も打ち立てた。

僕も当時、西武球場へ駆けつけたが、特に桑田のコーナーが始まる時の、観客の“仕切り直し”の拍手や歓声には、独特なものを感じた。しかしそれが終わり、再びサザンオールスターズに戻った時は、まさにここが“母屋”なんだなという、総てがそこに包み込まれるような雰囲気となった。思えば今も続く、桑田ソロとサザンオールスターズとの両立は、この時、始まったと言えるかもしれない。

翌年、彼らにとって嬉しい出来事が起こる。シングル「さよならベイビー」(89年6月)が初のナンバー・ワンとなった。しかしこれ、“大人気作家が遅ればせながら直木賞を受けた”みたいなことでもあったかもしれない。とはいえ、このあたりから“一般社会におけるサザンの存在意義”みたいなことも、取り沙汰されるようになっていく。

さらに重要作だったのが、次のシングル「フリフリ’65」(89年11月)だろう。彼はこの曲の背景にある気分として、「ロックは崇高であってはいけない」「(この曲では)音楽のB級ライセンス的なことに拘ってみたかった」と発言している(『ワッツイン』90年2月号P.71)。ちなみにこの曲、ロックンロールへの回帰でもありつつ、バンドとしては新たなグルーヴを手にした作品にもなった。なお、なぜ年号が“’65”なのかというと、これはビートルズが「HELP」を世に問うた年を意識してのものなのだ。

とはいえスルスルっと誕生したわけじゃない。「リフを出すのに一週間くらいかかったかな。リフに乗るメロディを含めて」(『月刊カドカワ』92年12月号P.37)。ちなみにリフとはロックンロールの骨子となる要素。ロックの名作のすべては斬新なリフの“発明”によりもたらされたと言っても過言じゃない。まずそこで妥協せず、アイデアを絞り切ったのだろう。この曲に懸ける、並々ならぬ意識が伝わるではないか。

やがてそのアイデアに、メンバーそれぞれの情熱が注ぎ込まれ、改めて「メンバー一人一人の役割もみえました」(引用同じ)という手応えとともに、完成したのだった。確かに改めて聴いてみても、当時の彼らの“息づかい”、彼らの“間合い”がダイナミックに交差するのがこの曲である。

次なるアルバムは、前作から5年半という歳月を経て1990年1月にリリースされた。アルバム・タイトルは『SOUTHERN ALL STARS』。原点に還ったかのようであり、彼らの“第二のデビュー作”と受け止める人もいた。ただ、桑田の楽曲制作は映画『稲村ジェーン』への準備も始まっていた関係上、「愛は花のように(Ole!)」や「忘れられた Big Wave」は、サントラと共通のレパートリーとなっている。

アルバムの最重要作と言えるのは、「女神達への情歌(報道されないY型の彼方へ)」ではなかろうか。この作品、(あくまで92年の段階での発言ではあるが)桑田をして「僕が思うサザンのベスト5に入るナンバーですよ」と言わしめたものだからだ。この場合の“ベスト”とは、どういうことだろう。こういう意味合いだろう。実はこの作品、いわゆる“デモ・テープ”というものを、自宅で意識的に制作し、初めてスタジオに持っていった作品だったという。実際の当時の発言では、“デモ・テープらしきもの”と謙遜しているが(『月刊カドカワ』92年12月号P.36)、つまり頭の中のものを“デモ・テープ”という形にいったんデッサンし、それをもとにスタジオの本番のレコーディングでもイメージを損なわずメンバー全員で彩色し、完成まで持って行けたという行程も含めた上で、“ベスト”な手応えだったのだと思われる。

ちなみにこの曲は、ソフィスティケイトさせたコーラスワ−クも印象的だが、その実、根っこではブルースが意識されていた。さらに歌詞も含めて受取れば、エロと清楚、過去と未来など、様々なものが交差しつつ数分間のポップに形作られていた。

もうひとつ、このアルバムで注目すべきは「政治家」である。クラプトンのいたクリームに「Politician」(政治家)という有名曲があり、それにあやかったとこもあったかもしれないが、それより重要なのは、日本語でこういう歌を書く以上、“日本の政治状況に対し、なんらかの態度を示さなければならない”ことも承知で一線を越えてみせたところだ。

ただ、だからといって特定のイデオロギーに肩入れしようというわけじゃなく、具体性を帯びる部分にこそ、新聞用語ではない造語([営利議員][低級党])が巧みに使われており、つまりこれは、現実と程良い距離感の風刺ソングになっているのである。

文 / 小貫信昭

ALBUM『SOUTHERN ALL STARS』
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