オトナに響くストーリーマンガ  vol. 1

Review

2019年、新たな展開を見せたストーリーマンガ5選

2019年、新たな展開を見せたストーリーマンガ5選

2019年もコミック原作のアニメやドラマが相次いで話題となりました。サブスクリプションサービスや見逃し配信など映像視聴の選択肢が多様になり、電子書籍でコミックを楽しむ人も増えた中、新しい形の共感を呼ぶストーリーマンガが出てきています。
『このマンガがすごい!』ムック本にも参加の書評家が、オトナに響く今年の注目作をピックアップしました。

文 / 永田 希


繊細なディテールで描く高級レストランの裏側

©さもえど太郎/新潮社

『Artiste』(作:さもえど太郎)

なぜかレストランを舞台にした作品には良作が多い。フランスの首都パリの高級レストランで働く料理人を描く本作は、数あるレストランものの作品のなかでもとりわけ注目したい作品。意外にもグルメウンチクは控えめながら、ドヤれる知識ではなくディテールが作品世界のリアリティを補強しており、よくできた映画を観ているような感覚を楽しめる。

料理にとってもっとも重要な嗅覚と味覚が常人離れしている青年ジルベールは、その鋭すぎる感覚のせいで人付き合いが苦手な性格。体育会系でブラック気味、体力と精神力と才能の全てを求められる料理界、その総本山のひとつであるパリのレストランでジルベールは才能を見出されてほかの料理人を束ねる立場を任されることになる。それぞれに一癖も二癖もある料理人たちの間で右往左往しながら、なんとか店をまわすジルベールは、その日々のなかで徐々に手応えを感じはじめる。

そんなジルベールの前に、最初に彼の才能を見出したシェフがふたたび姿をあらわす。ジルベールが住む、画家や音楽家、漫画家やデザイナーといった広い意味での「芸術家(アルティステ)」を集めたアパルトマンの面々の暮らしや、ジルベールの恋愛(?)の行く末もどうなるかわからない。

日本やアメリカのイタリアンレストランを舞台に、熱血料理人が成長していく様子を描いた『バンビ〜ノ!』(せきやてつじ著)とは、フレンチとイタリアンの違い、気弱と直情径行という主人公の違いはあれど、人間関係を緻密に描きだす点で似ているかもしれない。テレビドラマ化もされた同作が好きだった読者にはぜひ読んでみてもらいたい。

また過敏な知覚に苦しめられ、コミュニケーションに苦しむジルベールの姿は、社会生活の細かな軋轢を感じる多くの読者の共感を呼ぶだろう。

試し読みはこちら(コミックバンチWeb)
https://www.comicbunch.com/manga/wed/artiste/

笑いと現代ホラーの絶妙なバランス

©ヤマシタトモコ/リブレ

『さんかく窓の外側は夜』(作:ヤマシタトモコ)

『違国日記』『butter!』『her』などで「このマンガがすごい!」をはじめとしたさまざまなマンガ賞の常連であるヤマシタトモコが、現代的なオカルトに向き合う作品。霊感はあるが対処法を知らない青年と、彼に目をつけて利用しようとする除霊師、ふたりは呪いの才能をもった「呪い屋」の少女に出会う。

比較的常識人でありながら霊的なものに敏感な三角と、かつて信仰宗教法人「掌光の教え」の教祖「大掌様」として崇められていた冷川。霊的能力の高さゆえに教団の施設に幽閉されていた冷川には、凄惨な事件を引き起こした過去があった。信徒たちを殺害した加害者であり、同時に信徒たちによって若くして幽閉され利用されていた被害者でもある冷川は、その経験から社会的常識を身につけていない傍若無人な側面がある。その冷川に見出され利用される一方だった三角も、お祓いを繰り返すなかで徐々に自立していく。

そんなふたりのまえに、高校生の英莉可(エリカ)があらわれる。エリカは「先生」と呼ばれる霊能力者と自分の父親によって、暴力団がらみの暗殺などの裏稼業に利用されていた。エリカの「仕事」をたどるなかで、かつて冷川が壊滅させたはずの教団の存在が浮かび上がる。「先生」は結界を街に張り巡らせることで、人間を呪い殺す「力」を収集する仕掛けを組み上げていた。三角と冷川、エリカは「先生」の自宅に潜入を試み秘密を探るが……。

作者の乾いた独特の筆致で描かれる、ホラーなのにホラージャンル特有の陰湿さがない、現代的なホラー作品。とはいえ、淡々と描かれる不気味な心霊現象はもちろん明るく爽やかなわけではない。作者がこれまでの作品で描いてきた、コミュニケーションがときにはらむゾッとするような瞬間にオカルト的な説明が加わることで、その薄気味悪さは強烈なものになっている。三角と冷川のボケとツッコミのようなコンビのやりとりなど、楽しく読めるパートも多く、笑いと恐怖のバランスが絶妙。ジャパニーズモダンホラー映画などが好きな読者にも薦めたい作品。

試し読みはこちら(リブレ オフィシャルサイト)
https://libre-inc.co.jp/special/yamashita_world/

黒木 華・高橋一生主演で話題のドラマの原作

©コナリミサト/秋田書店

『凪のお暇』(作:コナリミサト)

2016年にテレビドラマ化され、主演の星野 源と新垣結衣が踊った通称「恋ダンス」が社会現象にもなった『逃げるは恥だが役に立つ』と同様、おとなの女性が会社や異性関係、親との関係に悩む姿を描く『凪のお暇』。これまでもananマンガ大賞や文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞ほかを受賞し高く評価された本作は、今年は黒木 華、高橋一生らが演じるテレビドラマも人気となった。

いわゆる「女子力」の高いOLだった主人公の凪が、モラハラ気味の恋人慎二との関係や、勤めていた会社での「空気を読む」キャラに疲れ果ててドロップアウト、それまでの周りに合わせる暮らしを捨てて生まれ変わろうとするが、簡単にはいかない、というのがあらすじ。ドロップアウトした凪が住むことになるアパートの隣には、ドラマ版では中村倫也が演じたゴンが暮らしており、凪はゴンとの恋愛に苦しみ、別れたはずの慎二との関係も微妙。リアリティのある社会人あるあるを織り交ぜつつ、マンガならではのドラマティックな展開もあり、読んでいてまったく飽きない。

最新刊の6巻で描かれるのは、ゴンや慎二との関係にそれぞれ新展開がありそうな気配が濃厚になりそうななか、凪の人格形成に多大な影響を与えたとラスボス感あふれる母親の上京。「東京で幸せに暮らしている」ということになっている凪は、母親の来襲を見事に迎撃できるのだろうか。

女性向け作品でありながら、男性が読んでも身につまされる部分が多く、いろんな意味で参考になる本作。作者の好み(?)が反映されたのか、本作で問題ある元カレとして描かれつつも魅力的な側面もみせる慎二に惹かれた読者には、慎二にそっくりな顔の主人公が出てくる同作者の『珈琲いかがでしょう』もおすすめ。暗い過去を隠して、移動喫茶店で全国をめぐる若きイケメンバリスタの物語だ。『凪のお暇』に通じる、人生に疲れた人に優しく、ときに厳しく苦い味わいを堪能してほしい。

試し読みはこちら(Souffle)
https://souffle.life/author/nagi-no-oitoma/

『海獣の子供』『魔女』作者が描く近未来

©五十嵐大介/講談社

『ディザインズ』(作:五十嵐大介)

今年2019年は『君の名は。』の新海 誠監督の新作『天気の子』をはじめ、『夜明け告げるルーのうた』『夜は短し歩けよ乙女』などの湯浅政明監督の『君と、波にのれたら』、『天元突破グレンラガン』『キルラキル』の今石洋之監督の『プロメア』など評価の高い劇場アニメが立て続けに公開された年だった。カルト的な支持を集めていたマンガ作品『海獣の子供』も、アニメ版『鉄コン筋クリート』などで知られるSTUDIO4℃によって今年、劇場アニメとして公開され、原作の圧倒的な世界観を見事に映像化し大きな話題を集めた。

『海獣の子供』は、短編集『魔女』などで独特の世界観を緻密な筆致で描き出す鬼才、五十嵐大介の代表作だ。そして『ディザインズ』は、その五十嵐の最新連載作品である。

人類が宇宙で生活可能な環境を構築するために、遺伝子操作によってカエルやヒョウ、イルカなどの動物を「ヒト化」する技術「ヒューマノイドアニマル(HA)」が生み出された世界。カエルのHAの少女や、HA技術を実現した天才マッドサイエンティストのオクダ、そして遺伝子技術をめぐる産業複合体の幹部や科学者たちが、それぞれの思惑を交錯させていく。ヒト化されたとはいえ人類とは遺伝子レベルで異なっているHAたちはどのように世界を眺めるのか。オクダはなぜ、どのようにHA技術を実現できたのか。人倫を超越し人類の未来を変えるHA技術を、フィクサーたちはどのように運営しようとするのか。さまざまな感覚と陰謀が入り乱れ、血と涙と臓物が炸裂する。生命とは、社会とは、科学とは何か。近未来社会の描写を通して、現代にも通じる問題意識が浮かび上がる。

作者が『魔女』でも触れていた、遠藤浩輝『EDEN ~It’s an Endless World!~』的な現代の戦場描写のリアルさと、『海獣の子供』でも描いていた、都留泰作『ナチュン』『ムシヌユン』的な宇宙的生命観やSF表現とが、作者ならではの驚異的な表現力で融合させられている。ますますキナ臭さをます世界情勢、かつてなく高速で科学技術が発展している現代にあって、リアルタイムで本作を読める嬉しさは筆舌に尽くしがたい。関連短編集『ウムベルト』と合わせてぜひ。

試し読みはこちら(コミックDAYS)
https://comic-days.com/episode/13932016480029571291

『もやしもん』作者の天体擬人化で物理学を復習しよう

©石川雅之/講談社

『惑わない星』(作:石川雅之)

顕微鏡でなければ見えないはずの極小の「菌」と話すことができる少年が、農業大学で醸造などを学ぶようすをコミカルに描いた人気作『もやしもん』。その作者による本作は、今度は地球や太陽といった極大の「天体」と人類が会話をするというもの。太陽のような恒星、地球や水星のような惑星、月などの衛星をいわば「擬人化」して、彼女たちと言葉を交わすことで人類は何を学ぶことになるのか。

さまざまな問題を先送りにして栄華を謳歌した人類が衰退し、地球の環境は生身ではとても生きられない荒廃した嵐に覆われるようになった。人類は、「全てを失った世代」として、シェルターの内側にこもって暮らすようになった。かつては高度だった科学技術や教育水準も、文明の衰退とともにじゅうぶんには継承されなくなった未来。シェルターの外側を探索し、宇宙に向けて届く可能性の極めて低い「手紙」を送る業務を担当する男「S沢」たちのもとに、衰弱しきった女性が訪れる。彼女は、人類がみずから傷つけた「地球」だという。「地球」の要請でS沢のもとには太陽系の惑星たちが次々に集結する。はたしてS沢は、「地球」を救うことができるのか。

衰弱しきった「地球」には、『もやしもん』の菌たちを彷彿とさせる姿の、空中に浮遊する球形のキャラクターが随伴している。地球の衛星、そう、「月」だ。現代の日本の教育水準よりもやや衰退しているらしい未来の知識では学ぶことのできない物理の基本から、惑星たち天体の世界の物理学つまり宇宙物理の巨大なスケールまで、「地球」を救うためにS沢は「月」のレクチャーをうける。

『もやしもん』が農学や生物学のマンガだったとすれば、本作は物理学のマンガということになる。『はたらく細胞』(清水 茜著)が人体のなかの働きを擬人化したように、本作は宇宙の天体たちを擬人化しているのだ。学習マンガのように勉強になるだけではなく、人類の衰退や地球の環境破壊などのSF的な謎、自然破壊などの社会問題なども盛り込まれている。なにより最新刊ではとうとう現代物理学のキモである「光」の解説が登場。難解な数式や、覚えるのが難しい外国人の名前などほぼでてこないので、学生時代に物理の単位を落としてしまったひとも安心して読める。

試し読みはこちら(モーニング オフィシャルサイト)
https://morning.kodansha.co.jp/c/madowanaihoshi.html

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