Column

忌野清志郎が見た甲州街道の秋の景色

忌野清志郎が見た甲州街道の秋の景色

まずは代表的なこの2曲から…。

忌野清志郎の名曲といえば、アップテンポなら「雨あがりの夜空に」、バラ-ドなら「スロ-バラ-ド」というのが代表的だけど、この2曲に共通するのは車が重要なファクタ-となっている点だろう。

「スロ-バラ-ド」は山道でタイヤがパンクしてしまい、なんとか傾斜を利用して車体を転がし市営グラウンドまで辿り着いたものの、そこで一夜を明かさざるを得なかったエピソ-ドが元になっている。「雨あがりの夜空に」も、当時、清志郎が乗っていた車がポンコツで、雨が降った次の日になると電気系統の不具合が生じ、エンジンのかかりが悪かったことが発端だ。

当時の清志郎にとって、いかにクルマが生活の一部だったかが分かるし、もしパンクもせず、また、エンジンのかかりが良かったなら、これらの名曲は生まれてなかった。曲作りのキッカケというのは、何処に転がっているのか分からないものなのである。
でも逆に考えれば、これらは誰もが経験するかもしれないことだし、それを作品にできることこそが、彼の才能なのだ。よくポップ・ソングの極意として言われること、“「日常」の中の「特別」を見逃さない”ということに、清志郎は長けていたのだろう。

と、これは曲作りの段階での話だ。曲がよくても、それを表現する“シンガ-”に実力がなかったら、名曲として世の中に広まることもない。「シンガ-・ソング・ライタ-」という言葉があって、「自作自演歌手」と訳したりするけど、ひとつの肉体のなかで、良い作曲家と良い歌手が“出会えているか”が重要なポイントなのであり、彼はその最良の“出会い”が果たされた例なのだろう。

誰もが知ってる忌野清志郎の歌声。改めて書くまでもなく、それは特別なものだ。時に成層圏を抜けてくくらい気持ちよく、時にそれは、「王様は裸だ!」と真実を白日に晒してみせる。でもいまは秋…。彼の声は、人恋しい季節に,孤独を癒やしてもくれるものでもあるので、そんな曲達を紹介したい。

「甲州街道はもう秋なのさ」

まずはこの曲を。ともかくタイトルがいい。“秋なのさ”。語尾がいい。忌野清志郎は明らかに、作詞家として日本語ロックの成立に貢献したひとりだが、その際、東京弁のきりりとした佇まいも特徴だった。

ところで、彼にとって甲州街道とはどんな存在なのだろう。そもそもこの道、江戸時代に日本橋から甲斐国、今の山梨県まで整備されたものであり、清志郎が通った高校がある日野にも「日野宿」が置かれている。そこから都心への道すがら、ふと思い浮かんだのがこの曲なのだという想像は容易い。ちなみにこの歌も、クルマが重要なファクタ-となっている(なにしろ甲州街道を走行中の歌なのだから…)。

そして“秋なのさ”という独白というか、自分自身が季節に“追い抜かれそうになっている”感覚が胸に滲みるのである。虚無、とまでは言わないけど、心がふわ~んと青い空に吸い込まれそうな浮遊した気分、とでもいうか、この歌が始まった途端に心に宿るのはそんな感覚…。

でも聴いてもらえばわかるけど、後半では割り切れない鬱積した想いが爆発する。その手前…、二番の“もう秋なのさぁ~”の途中に出てくる分数コ-ドがあって、この部分の所在なさげな雰囲気が好きになると、この歌はクセになる。
甲州街道には東京オリンピックの時に植えられたケヤキが街路樹として並んでいる。今は大木に育ち、夏は直射日光を遮ってもくれる。秋が深まれば紅葉し、落葉する。“秋なのさ”と、主人公が“季節に追い抜かれそうになりながら”呟いたのは、ふと気づけば通りの木々達が既に紅葉、または落葉し始めていたからだろう。

目の前にあるのが多少のことでは動じなさそうなりっぱなケヤキだったからこそ、季節が移ろうその前兆を見逃したとも想像出来るけど、実際の理由は違う。その時、主人公が抱えていた困難が、そうさせたのだ。そのことを思うと、余計に切ない「甲州街道はもう秋なのさ」なのだった。

清志郎の小夜曲(セレナ-デ)は甘く切なく

秋に聴きたい名曲を、もうひとつ紹介したい。それは「夜の散歩をしないかね」である。また語尾の話で恐縮だが、“しないかね”というのが実にいい。この疑問型、使いどころを間違うと上から目線にもなってしまうけど、もちろんこの場合はそうではない。
僕は忌野清志郎より下の世代だけど、“どうかね”とか“しないかね”とか、こういう呼びかけは仲間同士でよく使ったものだった。そしてそこには、自分の意志を相手に伝えつつ、でも決して強要しない優しさも含まれていた。

ところで、この歌を秋に聴きたい理由のひとつは、空に浮かぶ大きな月が描かれているからである。そこから転じて、“秋の夜長”という、そんな言葉も連想させる歌である。

歌詞のシチュエ-ションはこうだ。好きな女の子の居る部屋の前までやってきた主人公が、「夜の散歩をしないかね」と彼女を誘う。その合図が「いつもの歌」を口笛で吹くこと…。

二人は既に、何度か散歩に出掛けている。でも彼女は両親と同居しているのか、はたまた厳格な寮長の監視の目が気になるのか、その誘いを、ちょっと躊躇う。

彼女が居るのは二階、とまで歌詞に明記されていないけど、相手の影が揺れるのが見えること、そこが口笛の届く距離であることを考えれば、可能性は高い。で、このロマンチックなシチュエ-ションは、あの「ロミオとジュリエット」を彷彿させもする(この物語に限らず、恋人の家の前で彼女に捧げる歌をうたう、というのは、かつてヨ-ロッパで盛んだった男女の儀式であり、小夜曲(セレナ-デ)の語源にもなっている)。

ただしこの歌、その後、スト-リ-が劇的に展開するわけではない。それでも歌が素敵に響くのは、つい散歩をしたくなるような(適温適湿であろう)外気の様子が、見事に歌のなかにパッケ-ジされているからだ。澄んだ空気を思わせる頭上の月の輝きも効いている。


この文章を書いていたら、まさに秋の日は釣瓶落としとはよく言ったもので、窓の外はとっぷり暮れていた。ここはひとつ、もうちょっとしたら、僕も散歩に出掛けますか。残念ながら、口笛を吹いて散歩に誘う、愛しい相手はいないのだけど……。

文 / 小貫信昭 イラスト / コミヤアキラ


RCサクセション
『シングル・マン』

01.ファンからの贈り物
02.大きな春子ちゃん
03.やさしさ
04.ぼくはぼくの為に
05.レコーディング・マン(のんびりしたり結論急いだり)
06.夜の散歩をしないかね
07.ヒッピーに捧
08.うわの空
09.冷たくした訳は
10.甲州街道はもう秋なのさ
11.スローバラード