平成のゲーム 30年間の軌跡  vol. 1

Review

【平成元年~10年】現在につながるゲームシーンの基盤を作った10年間

【平成元年~10年】現在につながるゲームシーンの基盤を作った10年間

平成9年(1997年) -RPGにとどまらない分水嶺-

この年は、エニックスが『ドラゴンクエスト』の最新作をPlayStation®で発売するという衝撃発表から始まった。その直後に『ファイナルファンタジーⅦ』(スクウェア)が発売となった。

▲『ファイナルファンタジーⅦ』(スクウェア)。全編フルポリゴンで描かれ、圧倒的な表現力を見せつけた。CD-ROM3枚に及ぶ大ボリュームも話題となった

本作の大ヒットは、ゲームの表現が2Dから3Dへと本格的に移っていく実感をともなっていた。また、重厚で奥深いストーリーや登場人物の感情表現、総プレイ時間の長さなど、これ以降のゲームタイトルにも多大なる影響を及ぼした。
ほかにも音楽ゲームの火付け役となる『beatmania』(KONAMI)や、パソコンでインターネット通信を介してほかのプレイヤーとコミュニケーションを取りながら遊べ、RPGの原点と言われるほど大ヒットした『ウルティマオンライン』(オリジン・システムズ)が発売された年でもあった。ミリオンセラーを突破したタイトルのラインアップは前年までと打って変わって、PlayStation®専用タイトルが多くを占める年となった。

▲『beatmania』(KONAMI)。アーケード。プレイヤーはDJとなり、5つのボタンとターンテーブルを駆使してグルーヴ感満載のサウンドを演奏する

ゲームの流通・販売については、任天堂がコンビニエンスストアのローソンと提携して店頭でゲームソフトを販売するサービス、ニンテンドウパワーを開始。一方でPlayStation®の好調は、もともと行ってきた音楽CDの生産・流通の仕組みをゲームでも活用でき、小ロットでも受発注できたのが大きかった。
ゲームのジャンルやボリュームが増え始めたこの年。ユーザーはそのバラエティの豊富さと遊びごたえに、かなり満足していたであろう。だが、特定のタイトルに多くの時間を費やすことは、そのほかのタイトルに使う時間が減っていくことを意味する。ユーザーを楽しませるために数多くのゲームタイトルが生み出されていく一方で、人ひとりの時間の使いかた、使わせかたという点で、大きな課題が表面に現れ出した年でもあった。“時間泥棒”という言葉。本来の意味とは少し違った解釈もあるが、以降のゲームシーンでよく使われるようになったのではないだろうか。

<平成9年(1997年)>

【時代の出来事】
ジョホールバルの歓喜、消費税5%、臓器移植法、東京湾アクアライン開通、大阪ドーム完成、ナゴヤドーム完成、ダイアナ元皇太子妃死去、フジテレビがお台場新社屋へ、小説・映画・ドラマ『失楽園』、映画『メン・イン・ブラック』、映画『デビル』、映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』、映画『もののけ姫』、映画『タイタニック』、ドラマ『踊る大捜査線』、ドラマ『ラブジェネレーション』、ドラマ『ビーチボーイズ』、アニメ『ポケットモンスター』、アニメ『少女革命ウテナ』、アニメ『勇者王ガオガイガー』、アニメ『コジコジ』、アニメ『エルフを狩るモノたち』、漫画『ONE PIECE』、漫画『からくりサーカス』

【発売されたおもなゲーム】
『ストリートファイターⅢ』、『ポケットファイター』、『月華の剣士』、『ブラッディロア』、『FIGHTING武術』、『電車でGO!』、『私立ジャスティス学園』、『ザ・ハウス・オブ・ザ・デッド』、『怒首領蜂』、『To Heart』、『ゲームで発見!! たまごっち』、『I.Q Intelligent Qube』、『グランツーリスモ』、『みんなのGOLF』、『グランディア』、『チョコボの不思議なダンジョン』、『ファイナルファンタジータクティクス』、『テイルズオブデスティニー』、『サガ・フロンティア』、『クーロンズゲート』、『アランドラ』、『風のクロノア door to phantomile』、『海腹川背・旬』、『ゴールデンアイ 007』、『moon』、『ロックマンDASH 鋼の冒険心』


平成10年(1998年) -充実と課題の狭間で-

Jリーグが開幕して5年、サッカー日本代表がワールドカップへ初出場したこの年、PlayStation®の牙城を崩さんと発売されたのがドリームキャスト(セガ)だった。

▲ドリームキャスト。インターネット通信用モデムを標準搭載した家庭用ゲーム機。ビジュアルメモリという小型モニター付きのメモリーカードをコントローラーに着脱でき、外に持ち出してアーケードで連動させることもできた。当時のセガの専務、湯川英一氏をCMに起用する戦略も話題となった

世のなかにパソコンとインターネットが普及し始めたこの時期に、ネットワークによるコミュニケーションをゲームシーンにも広めるべく牽引した据置型ゲーム機である。また、アーケードゲームの移植が多いだけでなく、そのクオリティもアーケードそのもので、家のなかをゲームセンターにできるゲーム機の最高傑作という感触があったように思う。一方、携帯ゲーム機ではゲームボーイカラー(任天堂)、ネオジオポケット(SNK)がこの年に発売された。

▲ゲームボーイカラー。モノクロ表示だったゲームボーイの上位版として発売。赤外線通信機能や、ゲームボーイ用のゲームソフトにカラーを配色する機能も備わっていた

▲ネオジオポケット。SNKのゲーム機ということでアーケード色の濃いアクションゲームが発売された。ジョイスティックの操作性がよく、高く評価された

どこでも手軽に遊べる携帯ゲーム機の市場は、アーケード好きにはネオジオポケットを、といった具合に、ユーザーのニーズに合わせて棲み分けを意識した展開が始まり、新機種の登場でますます活性化していった。
ゲームソフトではステルスアクションゲームの金字塔、『メタルギア ソリッド』(KONAMI)がPlayStation®で発売された年だった。ミリオンセラーには、ゲームボーイ、PlayStation®、NINTENDO 64のタイトルが並び、豊富なラインアップがゲームシーンを沸かせた年だった。

▲『メタルギア ソリッド』(KONAMI)。かつてMSX2やファミコンなどで発売された『メタルギア』シリーズの新作として登場。敵に見つからずにゲームを進めるコンセプトがPlayStation®の技術で格段に強化され、潜入作戦の緊張感を味わえた。大どんでん返しがつぎつぎ起こるストーリー展開も魅力

ユーザーにとって、多くのゲームソフトに囲まれた生活はもちろんうれしいものだが、増大するタイトルの数と、それにともなってゲームソフトの販売に関する課題が深刻化していったのもこの頃であった。
最高裁判決の出る前で明確な解釈がなく、ゲームメーカー側は「ソフトの販売による利益がクリエイターに還元される事のない中古ソフト販売を問題視」し、ゲーム関連の各協会が協力して中古ゲームソフトの販売を撲滅するキャンペーンを実施した。一方、ソニー・コンピュータエンタテインメントが公正取引委員会から独占禁止法に基づいた勧告を受けるなど、メーカーと小売店の間で中古ゲームソフトの販売を巡る対立が激化。法廷闘争に発展するケースも出始めた。こうした問題が影響してか、日本のゲーム市場はこの年からしばらく減収傾向に突入してしまう。

<平成10年(1998年)>

【時代の出来事】
長野で冬季オリンピック、松坂大輔さん高校野球決勝でノーヒットノーラン、和歌山毒入りカレー事件、Windows98発売、郵便番号が7桁に、X JAPANのhideさん死去、黒澤明さん死去、映画『アルマゲドン』、映画『ディープインパクト』、映画『プライベート・ライアン』、映画『TAXi』、映画『リング』、映画『L.A.コンフィデンシャル』、映画『フェイス/オフ』、映画『ガタカ』、映画『ジョー・ブラックをよろしく』、映画『踊る大捜査線 THE MOVIE』、映画『ムーラン』、ドラマ『ショムニ』、ドラマ『GTO』、アニメ『おじゃる丸』、アニメ『カウボーイビバップ』、アニメ『アキハバラ電脳組』、アニメ『ブレンパワード』、アニメ『遊☆戯☆王』、アニメ『ガサラキ』、アニメ『ジェネレーターガウル』、アニメ『彼氏彼女の事情』、漫画『HUNTER×HUNTER』、漫画『ヒカルの碁』、漫画『フルーツバスケット』、漫画『ROOKIES』、漫画『バガボンド』

【発売されたおもなゲーム】
『エアガイツ』、『超鋼戦紀キカイオー』、『ソウルキャリバー』、『ジョジョの奇妙な冒険 未来への遺産』、『ポップンミュージック』、『WHITE ALBUM』、『ポケットモンスター ピカチュウ』、『ドラゴンクエストモンスターズ テリーのワンダーランド』、『ゼルダの伝説 時のオカリナ』、『パラサイト・イヴ』、『GUILTY GEAR』、『ゼノギアス』、『XI』、『アストロノーカ』、『バスト・ア・ムーブ』、『リネージュ』


多様なゲームの価値観が育まれた10年

平成元年から平成10年までのゲームシーンを駆け足で振り返ってみると、携帯ゲーム機と次世代ゲーム機が互いの魅力を引き出し始めた10年間だったと言える。これはそのまま、日本人のゲームライフと直結していて、据置型ゲーム機のキレイなグラフィックもいいけれど、携帯ゲーム機のカジュアルさもいいよね、というゲームの価値観やゲームとの関わりかたのベースが作られた10年とも換言できそうだ。
ゲームソフトのラインアップを見ても、じつに多くのアプローチが生まれ、いま現在まで続く王道のジャンルがつぎつぎと生まれた10年間だった。ゲーム表現は2Dから3Dへと移っていき、それにともなって感情表現なども飛躍的に向上した。1995年以降のゲームタイトルについて、よく『新世紀エヴァンゲリオン』ブームの影響で主人公やキャラクターの内面にフォーカスした作品が多いと語られることがあるが、ゲームが3DCG(ポリゴン)の表現を獲得したことで、それまでは想像で補っていたような繊細な表現がビジュアル的にできるようになったことも大きいということであろう。
そして、この10年間のゲームシーンは、そんな技術的進化を果たしただけではなく、温故知新の精神で古き良き部分も大切にしてきた。ハードメーカーがその役割を担ってくれたと考えると、任天堂が古き良きゲーム文化を支え、ソニー・コンピュータエンタテインメントやセガが新たな領域を開拓していった10年でもあった。
このように、日本のゲーム文化は大切に育まれてきたと思える。その一方でビジネスの面では、増え続けるゲームソフトのタイトル数や、それにともなう不良在庫、中古ゲームソフトの販売問題などの課題も生まれ、それが日本のゲーム市場に影響を及ぼしてきたこともたしかな10年だった。いま現在もゲームシーンのビジネスモデルは刻々と変化しているが、どのようなブレイクスルーがこのあと起こったか、はたまたさらなる問題が生じたのか。そんな観点も含めながら、ゲームシーンを彩る出来事としてしっかり振り返っていきたい。続く2回目では、平成11年から平成20年までの10年間を紐解いていく。

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