平成のゲーム 30年間の軌跡  vol. 1

Review

【平成元年~10年】現在につながるゲームシーンの基盤を作った10年間

【平成元年~10年】現在につながるゲームシーンの基盤を作った10年間

平成5年(1993年) -アーケードに追いつけ追い越せ-

Jリーグが開幕したこの年は、任天堂のファミコンが生誕10周年を迎え、ニューファミコンが発売された。

▲ニューファミコン。スタイリッシュで未来感のあるデザイン。コントローラーを前面のソケットから抜き差し可能となった

ゲーム機ではほかに、初の32bit CPU搭載ゲーム機・FM TOWNS マーティー(富士通)や、レーザーディスク(LD)を用いてアーケードゲームのクオリティを家庭でも楽しめるレーザーアクティブ(パイオニア)も発売された。FM TOWNS マーティーは、当時人気のあったパソコンのFM TOWNSを家庭のテレビに接続できるようゲーム機として特化させるコンセプトだった。レーザーアクティブは、CDやLDのプレーヤーとしての機能に加え、アタッチメントを取り付けることで、PCエンジン(CD-ROM²、SUPER CD-ROM²含む)やメガドライブ(メガCD含む)のゲームソフトを遊ぶことができた。LDが実現した高画質映像は、アーケードゲームのクオリティを家庭でも楽しめるものだった。

平成よりずっと以前から、ゲームシーンはアーケードなくしては語れなかった。アーケードゲームが最先端を走り、その興奮を家庭や身近でも味わえるようにと、家庭用ゲーム機が進化を遂げていった側面があるからだ。CD-ROMやレーザーディスクの大容量を活用したゲーム機の登場は、そんなムーブメントを象徴する出来事と言える。
そしてこの年は、アーケードのゲームシーンに『リッジレーサー』(ナムコ 当時/以下同)や『バーチャファイター』(セガ)といったタイトルが登場し、アーケードゲームの魅力はますます増していった。どちらも最先端の3次元コンピュータグラフィックス(3DCG)技術を用いた画期的なタイトルであった。

▲『バーチャファイター』(セガ)。アーケード。世界初の3DCG格闘ゲーム。スティックによる移動とパンチ、キック、ガードの3ボタンのみというシンプルな操作性でありながら、リアルな人間の挙動を実現。平成10年(1998年)には、その革新的なゲーム内容がスミソニアン協会(アメリカ)に評価され、情報技術イノベーション常設研究コレクションに認定された

一方、家庭用ゲーム機では、スーパーファミコンのタイトルでミリオンセラーが続々と誕生。その裏で、名作・傑作の陰に埋もれてしまったタイトルも数多く存在し、多くの在庫を抱えた小売店では、価格を大きく下げてゲームソフトを販売せざるを得ないというケースが頻発し始めた。
平成4年の“抱き合わせ商法”問題も併せて考えると、ゲームシーンがゲームのおもしろさを追求するだけでなく、ユーザーの手元にどう届けるか、ビジネスとしてどう成立させるか、という部分も含めて、絶えず葛藤しながら模索し続けてきたことがわかる。

<平成5年(1993年)>

【時代の出来事】
ドーハの悲劇、レインボーブリッジ開通、横浜ランドマークタワー開業、福岡ドーム完成、ゼネラルコントラクター(ゼネコン)汚職事件、逸見政孝さん死去、曙さんが外国人力士で初めて横綱、小説『マディソン郡の橋』、映画『逃亡者』、映画『ジュラシック・パーク』、映画『クリフハンガー』、映画『山猫は眠らない』、映画『沈黙の戦艦』、映画『ソナチネ』、ドラマ『ひとつ屋根の下』、ドラマ『高校教師』、ドラマ『振り返れば奴がいる』、ドラマ『あすなろ白書』、アニメ『忍たま乱太郎』、アニメ『無責任艦長タイラー』、アニメ『疾風!アイアンリーガー』、アニメ『機動戦士Vガンダム』、アニメ『SLUM DUNK』、漫画『行け!稲中卓球部』、漫画『地獄先生ぬ~べ~』

【発売されたおもなゲーム】
『MYST』、『餓狼伝説スペシャル』、『サムライスピリッツ』、『豪血寺一族』、『カービィのピンボール』、『星のカービィ 夢の泉の物語』、『スーパーマリオコレクション』、『ドラゴンボールZ 超武闘伝』、『ドラゴンボールZ 超武闘伝2』、『伝説のオウガバトル』、『トルネコの大冒険 不思議のダンジョン』、『ブレス オブ ファイア 竜の戦士』、『エストポリス伝記』


平成6年(1994年) -群・遊!・割・拠-

この年は、いわゆる“次世代ゲーム機戦争”が勃発した年であった。3月20日に3DO REAL(松下電器 当時)、9月9日にネオジオCD(SNK)、11月22日にセガサターン(セガ)、12月3日にPlayStation®(ソニー・コンピュータエンタテインメント 当時/現ソニー・インタラクティブエンタテインメント 以下同)、12月23日にPC-FX(NECホームエレクトロニクス)など、続々と新しいゲーム機が発売された。

▲ネオジオCD。ネオジオのROMカートリッジが高額で手が届きにくかった問題をCD-ROM対応にすることで解消した

▲セガサターン。セガの6番目の家庭用ゲーム機として開発されたため、太陽系第6惑星の“サターン”から名付けられた。3DCGのゲームソフトはもちろん、2Dの表現も飛躍的に向上。当時のアーケード基盤と互換性を持っており、アーケードゲームをいち早く家庭用に移植することができた

▲PlayStation®。パソコン上で実現するにも高価だった演算や処理能力を有し、3DCG(3Dポリゴン)の描画に優れたゲーム機であった。いまやゲーム中に挿入されることも珍しくないムービーシーンは本機が得意とするところで、ゲームの演出面に多大なる影響を与えた

▲PC-FX。アニメーションとそのファンを意識したタイトルや展開が多かった

いずれもCD―ROMを採用したことで、ゲームソフトの大量生産体制を作りやすく、ソフトの品薄状況を解決することになった。加えて、スーパーファミコンのタイトルが1本あたり1万円前後にまで高騰していたのに対し、これらの次世代ゲーム機のタイトルはCD―ROMのおかげで価格を引き下げられたのも、ユーザーに支持される一因となっていく。
これまでに登場したゲーム機の周辺機器もそうであったように、CD-ROMがゲーム音声・音楽の飛躍的向上に結びついたのは言うまでもないだろう。ゲームのキャラクターが当たり前のようにしゃべり、その声がユーザーの耳に届く。その一点だけを見ても大きな変化であり、かねてから世界を席巻してきた日本のアニメーション、すなわちジャパニメーションとゲームの距離感も、かつてないほど一気に近づいた瞬間だったと言えるのではないだろうか。
この年に注目されたゲームタイトルも数多くあるが、アーケードに目を向けると、2D格闘ゲームの『ザ・キング・オブ・ファイターズ’94』(SNK)、3D格闘ゲームの『鉄拳』(ナムコ)が登場した。いずれも『ストリートファイター』シリーズや『バーチャファイター』シリーズと人気を二分するタイトルとなった。

▲『ザ・キング・オブ・ファイターズ ’94』(SNK)。アーケード。SNKを代表する各タイトルのキャラクターが登場する夢のドリームマッチ。3対3のチームバトル方式を採用しており、勝ち残り戦で勝敗を決する対戦格闘ゲーム

▲『鉄拳』(ナムコ)。アーケード。各キャラクターはそれぞれ、空手、柔道、合気道、プロレスなどの格闘技を使いこなす。3D格闘ゲームでありながら、レバー入力でガードができ、4つのボタンが右手、左手、右足、左足に対応しているなど、2D格闘ゲームの操作に近い感覚で戦える。10連コンボという攻撃が連続ヒットする技があり、大ダメージを与えられた

家庭用ゲームのタイトルでは、恋愛シミュレーションゲームの草分けとも言える『ときめきメモリアル』(KONAMI)や、女性向け恋愛ゲーム(乙女ゲー)の元祖となる『アンジェリーク』(光栄 当時)の発売もこの年だった。

▲『ときめきメモリアル』(KONAMI)。恋愛育成シミュレーションゲーム。最初はPCエンジン SUPER CD-ROM²で発売された。高校の3年間を丸ごとシミュレーションする内容で、魅力的な女の子たちとの出会い、学校行事、デートなど、さまざまなイベントを通して彼女たちとの思い出を綴っていく

▲『アンジェリーク』(光栄)。スーパーファミコンで発売された、女性向け恋愛シミュレーションゲーム。女王候補の主人公(プレイヤー)が女王試験の合格を目指す内容だが、その途中で魅力的なキャラクターたちと恋愛模様も繰り広げられる ※ゲーム画面は、コーエーテクモゲームスの”my GAMECITY クラシックゲーム館”にてプレイ可能な『アンジェリークSpecial』版

次世代ゲーム機の登場がすぐさま世代交代につながったわけではなく、こうしたゲームソフトの新たなジャンル開拓も手伝って、ゲームシーンは群雄割拠の時代へと突入した。作り手も遊び手も、あまりにもぜいたくすぎる選択肢の多さに、嬉しい悲鳴が止まらない時期だったであろう。

<平成6年(1994年)>

【時代の出来事】
向井千秋さん宇宙へ、関西国際空港が開港、大江健三郎さんノーベル文学賞、松本サリン事件、ナリタブライアン活躍、映画『ライオン・キング』、映画『スピード』、映画『シンドラーのリスト』、映画『パルプ・フィクション』、映画『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』、映画『平成狸合戦ぽんぽこ』、ドラマ『家なき子』、ドラマ『古畑任三郎』、ドラマ『人間・失格〜たとえばぼくが死んだら』、ドラマ『お金がない!』、ドラマ『ER緊急救命室』、アニメ『機動武闘伝Gガンダム』、アニメ『赤ずきんチャチャ』、アニメ『マクロス7』、アニメ『魔法騎士レイアース』、アニメ『七つの海のティコ』、アニメ『メタルファイター・MIKU』、漫画『るろうに剣心~明治剣客浪漫譚~』、漫画『MONSTER』

【発売されたおもなゲーム】
『Tower』、『ヴァンパイア』、『パズルボブル』、『バーチャコップ』、『バーチャストライカー』、『対戦ぱずるだま』、『RAY FORCE』、『大江戸ファイト』、『スーパードンキーコング』、『ファイナルファンタジーⅥ』、『MOTHER2 ギーグの逆襲』、『かまいたちの夜』、『ライブ・ア・ライブ』


平成7年(1995年) -メーカーのカラーの違いがより鮮明に-

1月17日に阪神・淡路大震災が起こったこの年。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)はまだ無かったが、この震災をきっかけにインターネット上での情報のやりとりに関心が集まった。そんなネットワークへの意識の高まりを後押しするように、マイクロソフトはパソコン上で動く画期的なオペレーションシステム(OS)、『Windows 95』を発売し、またたく間に世界中で使われるOSとなっていった。日本では携帯電話やPHSが普及し始め、誰もが通信手段を肌身離さずに持つスタイルがこの頃から定着し始めた。そんな情勢のなか、任天堂は2つの新しいハードを展開した年だった。バーチャルボーイとサテラビューである。

▲バーチャルボーイ。いち早く立体映像を用いたゲーム機だった

▲サテラビュー。BS放送を用いてスーパーファミコン向けのデータ配信を行えるようにした周辺機器

次世代ゲーム機戦争の最中であっても、ゲームソフトのミリオンセラーはスーパーファミコンやゲームボーイの専用タイトルが多かった。任天堂のみがCD-ROM対応のハードをすぐに投入せず、独自の展開を見せていたことなど、群雄割拠だからこそゲーム機メーカーの思想やコンセプトが明確に打ち出された時代でもあった。
こうした各メーカーの姿勢やさらなる展開を披露する場所として、あるイベントが初めて開催されたのもこの年だった。Electronic Entertainment Expo、通称E3と呼ばれる世界最大のゲームの見本市である。毎年ロサンゼルスのコンベンションセンターで3日間開催される。ちなみにこの翌年の平成8年(1996年)だけ、E3が日本で開催された。この年は、プロ野球の野茂英雄選手が大リーグで大活躍した年でもあり、もちろん直接的な因果関係を示すものは何もないが、コンテンツホルダー大国である日本のゲームシーンも世界に進出していくのではないかと、ユーザーが意識し始めた時期と言えるのかもしれない。

<平成7年(1995年)>

【時代の出来事】
東京臨海新交通臨海線(ゆりかもめ)開業、地下鉄サリン事件、高速増殖原型炉もんじゅでナトリウム漏洩事故発生、PHS開始、小説『パラサイト・イヴ』、小説『ソフィーの世界』、映画『レオン』、映画『マディソン群の橋』、映画『アポロ13』、映画『007 ゴールデンアイ』、映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』、映画『ショーシャンクの空に』、映画『ナチュラル・ボーン・キラーズ』、映画『アウトブレイク』、映画『耳をすませば』、映画『GHOST IN THE SHELL』(『攻殻機動隊』)、映画『SLUM DUNK』、映画『MEMORIES』、ドラマ『王様のレストラン』、ドラマ『金田一少年の事件簿』、ドラマ『星の金貨』、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』、アニメ『新機動戦記ガンダムW』、アニメ『怪盗セイント・テール』、アニメ『爆れつハンター』、漫画『レベルE』、漫画『ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風』

【発売されたおもなゲーム】
『ストリートファイターZERO』、『リアルバウト餓狼伝説』、『ファイティングバイパーズ』、『電脳戦機バーチャロン』、『水滸演武』、『パルスター』、『ドラゴンクエストVI 幻の大地』、『クロノ・トリガー』、『フロントミッション』、『アークザラッド』、『幻想水滸伝』、『タクティクスオウガ』、『不思議のダンジョン2 風来のシレン』、『クロックタワー』、『闘神伝』、『エースコンバット』


平成8年(1996年) -古き良きも、新進気鋭も-

平成7年(1995年)に放送されたアニメーション『新世紀エヴァンゲリオン』のブームが起こったこの年、バンダイとアップル・コンピューターが共同開発したピピンアットマークと、任天堂のNINTENDO 64が次世代ゲーム機に名を連ねた。

▲ピピンアットマーク。ダイヤルアップによるインターネット接続を標準搭載したマルチメディアゲーム機 ※画像提供:(株)バンダイ

▲NINTENDO 64。三叉形状のコントローラーが独特。3Dスティックによるアナログ入力に加え、周辺機器の振動パックを取り付けることで、ゲームに連動してコントローラーが振動する機能も備えていた

しかし、次世代ゲーム機戦争が始まって2年が経過していたこともあって、PlayStation®やセガサターンの勢いに迫ることは難しかった。PlayStation®では『バイオハザード』(カプコン)が発売されるなど、次世代ゲーム機のスペックを存分に活かしたハイクオリティなゲームソフトが人気を博す年となっていく。

▲『バイオハザード』(カプコン)。サバイバルホラーゲームの代名詞。ラクーンシティで起こった猟奇事件を調査する特殊部隊S.T.A.R.S.の一員となって迷い込んだ洋館からの生還を目指す

そしてこの年、人気シリーズの新作をPlayStation®で発売することが発表された。これは任天堂とソニー・コンピュータエンタテインメントのパワーバランスの逆転を象徴する出来事であった。そんななか、任天堂はゲームボーイポケットをリリース。さらに、いまや世界中にその名を知られる『ポケットモンスター 赤・緑』をゲームボーイで発売した。

▲ゲームボーイポケット。ゲームボーイが小型・軽量化。カラーバリエーションも9種類と豊富だった

▲『ポケットモンスター 赤・緑』(任天堂)。すべてのポケモンを集め、チャンピオンを目指す。ポケモン図鑑を完成させることも楽しい。ゲームボーイの通信機能を使って、ほかのプレイヤーとポケモンを交換することができた

『ポケットモンスター』の登場には、キレイなグラフィックに依存するソフトばかりに傾倒していたゲームの風潮を引き戻すインパクトがあったことは間違いないだろう。ピピンアットマークで辛酸を嘗めたバンダイも、この年に発売となった『たまごっち』が翌年社会現象になるなど、老舗メーカーの”転んでもただでは起きない”スピリッツ、粘り強さをゲームシーンで見せつける形となった。

▲『たまごっち』。携帯育成デジタルペットと呼ばれるとおり、画面のなかのキャラクターにごはんを与えたり、うんちの掃除をしたりする携帯型育成玩具 ※画像提供:(株)バンダイ

ほかにもこの年は、コンピュータエンタテインメント協会(CESA)が発足され、8月に第1回東京ゲームショウが開催されるなど、ゲーム業界をより一層盛り上げる取り組みが起こった年でもあった。また、スクウェアがデジキューブを設立してコンビニエンスストアでゲームソフトを販売し始めるなど、ゲームソフトのメーカー(いわゆるサードパーティー)が直接流通・販売に乗り出す動きが始まったのもこの年である。業界の固定観念を打ち破るような動きは、もちろんビジネス的なリスクやメーカー同士の関係性の変容もともなうわけだが、そうした英断を実行に移す勇気やスピリッツは、いつもゲームシーンに在り続けているように筆者は感じる。平成8年は、それを思い起こさせるような年だった。

<平成8年(1996年)>

【時代の出来事】
東京ビッグサイト開場、羽生善治さん7冠独占、渥美清さん(寅さん)死去、藤子・F・不二雄さん死去、ルーズソックスが流行、Yahoo Japan開始、映画『セブン』、映画『トイ・ストーリー』、映画『ミッション・インポッシブル』、映画『インデペンデンス・デイ』、映画『ヒート』、映画『セブン』、映画『ユージュアル・サスペクツ』、映画『エスケープ・フロム・L.A.』、映画『トレインスポッティング』、映画『Shall we ダンス?』、映画『ノートルダムの鐘』、映画『スワロウテイル』、ドラマ『ロングバケーション』、ドラマ『ピュア』、ドラマ『白線流し』、アニメ『名探偵コナン』、アニメ『機動戦艦ナデシコ』、アニメ『天空のエスカフローネ』、アニメ『機動新世紀ガンダムX』、アニメ『魔法使いTai!』

【発売されたおもなゲーム】
『デッド・オア・アライブ』、『X-MEN VS. STREET FIGHTER』、『神凰拳』、『蒼穹紅蓮隊』、『ディアブロ』、『ソウルエッジ』、『サイキックフォース』、『トゥームレイダー』、『スーパーマリオRPG』、『マリオカート64』、『パラッパラッパー』、『サクラ大戦』、『デジタルモンスター』、『ナイツ』、『バハムートラグーン』、『スターオーシャン』、『ガーディアンヒーローズ』、『エネミー・ゼロ』、『ドラゴンフォース』、『ポポロクロイス物語』、『スターグラディエイター』、『ワイルドアームズ』、『女神異聞録ペルソナ』、『牧場物語』、『レイジレーサー』、『トバルNo.1』

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