大阪発のザ・モアイズユーは、キャッチーで切ないメロディー・センスを武器に、2016年頃から様々なオーディションで好成績を残し、2018年にはback numberらを擁する事務所「イドエンターテインメント」とEggsによるオーディション「SUPEREGO」でグランプリを獲得。今回のリリースのチャンスをつかんだ。もっとも、そこに至るまでには何度かのドラマー交代や音楽的な試行錯誤の時期も経験し、だからこそ現在の自分たちの音楽性に強い自負も感じている。
ここでは、そうしたバンドの歴史も振り返りながら、今回の新作が生まれるまでの道筋をメンバー3人に語ってもらった。
取材・文 / 兼田達矢 撮影 / 田中和彦
2011年に結成して、2016年くらいにやっとバンドとしての方向性が定まってきたんです。
どんなふうに生まれたバンドですか。
本多 2011年に結成したんですけど、その時は自分とベースのイトちゃん(以登田豪)と、ボーカルにドラムという4人でコピーバンドをやっていまして、でも高校卒業と同時にドラムとボーカルが脱退して、その後新たにドラムを入れて活動を続けてきたバンドです。
どんなバンドのコピーをやっていたんですか。
本多 銀杏BOYZのコピーをやっていました。銀杏BOYZをとことんやり尽くしたという感じですね。
それで、今度はオリジナルをやろう、と?
本多 そうですね。ただ、3人になった当初はまだ銀杏BOYZのコピーをやっていた名残がかなりあったので、すごくやかましくて泥臭いライブをやっていました。
本多真央(Vo,Gt)
新しいバンドに関して、どんな編成か、どんな音楽をやるか、といったことについてはどんなふうに考えていましたか。
以登田 ボーカルは(本多)真央がやることになっていて、3ピースがやりたいというこだわりが特にあったわけじゃないんですけど、とりあえずバンドがやれる最小限の形ということで、ドラムは必要だな、と。それでドラムを探し始めたんですけど…。
そこで、ドラマーについて何か条件はありましたか。
本多 やる気重視というか、バンドに全てを注げる人ということですかね。
ということは、高校卒業後、新たにドラムを加えて活動を始める時点でプロを目指し、本気でやっていくということが前提になっていたわけですね。
本多 そうです。
オザキさんとは、どういうふうに出会ったんですか。
本多 去年9月頃に前のドラマーが抜けて、またドラマーを探すことになった時に、お世話になっていたライブハウスのスタッフの方から「リョウくんが、一緒にやれるバンドを探している」という情報を聞いて、それで早速声をかけてスタジオに入ったんです。
オザキさんはザ・モアイズユーというバンドのことは知っていたんですか。
オザキ 一度、対バンしたことがあって、深く話したことはなかったですけど、面識はありました。
このバンドの音楽については、どんな印象でしたか。
オザキ ボーカルの歌で攻めようという感じはすでにありましたね。歌で全部聴かせるぞっていう。
オザキリョウ(Dr)
バンドのヒストリーを見ると、2011年の結成から、いろいろな大会に出て結果を出すようになるまでに何年か時間が経過していますが、その間のバンドはどんな状態だったんですか。
本多 ドラムがなかなか定まらなくて…。オザキくんの前に計4人くらい入れ替わっているんです。だから、3人がひとつになって活動するという状況になかなかならなくて、なおかつ音楽性自体も現在とは全然違う方向性だったので…。それが2016年くらいにやっとバンドとしての方向性が定まってきたんです。
歌をしっかり届けるために、自分たちがやるべきことがあるんじゃないかと思い始めて、そうなると自ずと僕が作る曲調も変わっていったんですよね。
現在の方向性に定まるまでの時期は、どんな音楽をやっていたんですか。
以登田 以前はライブの見栄えというか、その場でお客さんを圧倒することが第一という考えだったんですけど、やっていくうちに“これじゃ、あかんな”と思い始めて。自分たちがやりたいことは歌を届けるということだとはっきり意識するようになってきたのが、2016年くらいで、そのあたりからライブのやり方も変わっていったんですけど。
“これじゃ、あかんな”と思い始めたのは、つまりそれまでのライブがあまりウケなかったということでしょうか。
以登田 いや、そういうことよりも、僕ら自身の心の成長ということが大きいと思います。反応が悪かったから方向性を変えたというのではなくて、僕らがやりたいことが変わっていったというか、歌を届けるということを第一に考えるようになって、今のスタイルになったんだと思います。
本多 いい曲を作って届けるという根本のところは最初から変わっていないと思うんです。ただ、最初はステージの派手さというか、音の強さみたいなことにばかり意識が向いていて、だからライブ感はすごくあったと思うんです。お客さんにもライブを見にきて楽しいと思ってもらえていたかもしれないけど、でも曲が良かったという印象は持ってもらえてないなということを感じていたので、せっかく楽曲作りにこだわってやっているのに、それはもったいないなという気がして。歌をしっかり届けるために、自分たちがやるべきことがあるんじゃないかと思い始めて、そうなると自ずと僕が作る曲調も変わっていったんですよね。自然と、今のような感じの音楽性になっていきました。
そういうふうに音楽性が定まっていくまでの時期、ドラマーもなかなか落ち着くことがなかったということですが、それはどうしてだったんでしょうか。
本多 それはシンプルに、思うような結果が出せていなかったから、モチベーションを保つのが難しかったんだろうと思うんですけど…。僕自身、二十歳そこそこでメジャー・デビューするようなイメージでやってましたから。それでも僕は心が折れるようなことはなかったですが、やっぱり“もう嫌や”というふうになる人もいるんだろうなっていう。
以登田 実際、僕自身も思い描いていたイメージになかなか現実が追いついていかないので、だいぶ悩みました。だからこそ、ライブに来てくれる人たちであったり、バンドの友達であったり、そういう支えがあったからこそここまでやってくることができたという気持ちはすごくありますね。周りの支えがなかったら、だいぶ前に音楽をやめていただろうなと思います。
以登田豪(Ba,Cho)
そういう葛藤もあるなかで、新しくドラマーを迎える際に、対応が慎重になったりしませんか。
本多 それだけドラムだけ抜けることが続くと、僕とイトちゃんに問題があるんじゃないかという疑心暗鬼もあったので(笑)、あまり高圧的にならないようにはしてたかもしれないですね。
オザキ (笑)。
本多 ただ、僕もイトちゃんも元々の人間性がゆっくり心の距離を詰めていくタイプなので、ドラマーに対してだけでなく、誰でもそういう感じなんですけど、それにしても変な印象は与えないようにはしていました。
以登田 実際、どんな感じやった?
オザキ 本音を言うと、“絶対、気を使っているんやろな”とは思った(笑)。むしろ、高圧的なくらいガンガン来るほうがその人らしさが出ると僕は思うんですけど…。
本多 すごくいい人やと思った、と?
オザキ はい、そういうことで(笑)。
(笑)。音楽を演奏する部分については、このバンドに入ってみての感触はどんな感じでしたか。
オザキ 僕は、それまでやってきた音楽人生のなかで、曲のニュアンスや雰囲気にここまで味つけをするということにはあまり触れてこなかったんです。元々、僕はバカスカ叩くほうが好きなので、すごく新鮮だったし、だからこそ難しさを感じるというか、これはどうアプローチしたらいいのかな?と考えることもありましたけど、やっぱり曲がいいからやれるんですよね。
こういうところにこだわって作るから、こういう仕上がりになるんだ、というような感じですか。
オザキ そういう発見はめちゃくちゃありましたね。例えば「Aメロ、Bメロは抑えてサビでガツンと」とか、そういうダイナミクスを考えないといけないなって。だから、二人とも曲に対して繊細な人なんだろうなということはすごく思いましたね。
本多 そうなんよ(笑)。