平成ではじめて「次世代」と呼ばれたゲーム機
時代を駆け抜けた32ビット戦争勃発!
それが1994年11月22日にセガ(エンタープライゼス/以下セガ/現:セガゲームス)より発売された「セガサターン」と1994年12月3日にソニーコンピュータエンタテインメント(以下SCE現・SIE)より発売された「プレイステーション」です。
日立製SH-2という 32ビットRISC CPUを2個搭載した「セガサターン」は、これまで多くのハードを立ち上げて来たセガが、満を持して開発したハードでした。

「セガサターン」
従来の2Dゲームに必要なグラフィック処理能力であるスプライト、バックグラウンド、回転、拡大、縮小、同時発色数などを強化して、アーケードからの完全移植を可能とし、さらにCDからの読み出し速度を上げるため、専用の16ビットCPUと2倍速CDドライブを搭載した、文字通り「究極の2Dゲーム機」と呼ばれるスペックを実現しました。
また、当時アーケードで絶賛稼働中だった『バーチャファイター』『デイトナUSA』の移植も可能とするために3DCG描写能力も搭載。ハード発売と同時に『バーチャファイター』を発売して、圧倒的優位な滑り出しをしたのです。基本設計が従来の2Dゲームに荷重を置いた設計思想であったため、32ビット級とセガが自社の宣伝販促の売り文句でも使った、次世代としての3DCGをフィーチャーしたハードだったかどうかという点においては、ややスペック面に不安がありました。
対するSCE(現・SIE)は3DCGに特化した32ビット「R3000 RISC CPU」を搭載して、従来のドット絵ゲームよりCGで開発されたゲームを中心にソフトをリリースして行きます。

「プレイステーション」
また、任天堂やセガのように自社コンテンツを持たない為、「ゲームやろうぜ!」など、クリエーターを募集する制度を充実させて、これまでにないゲームソフトの開発に技術面、資金面で協力をするという体制が行われました。この「ゲームやろうぜ!」キャンペーンは、当時のソニー系の音楽会社だったCBSソニーが展開した新人ミュージシャン発掘プロジェクト「サウンド・デベロップメント・オーディション」のゲーム版だったと言っても差し支えないでしょう。音楽企画、流通などのノウハウをフルに活用して「新参者」ならではの展開が新鮮な驚きを持って迎えられました。
発売より2年目の年末商戦でSCEは、市場のニーズに沿ったRPGゲーム『アークザラッド』の早期投入や、これまでに無いタイプのゲームとして、リアルドライブシュミュレーター『グランツーリスモ』や初心者でも遊びやすいリズムゲーム『パラッパラッパー』などを立て続けにリリースしました。それらヒットゲームのサイクルが功を奏し、「いくぜ!100万台」キャンペーンを行い、『ファイナルファンタジーⅦ』の「プレイステーション」への投入発表を契機にさらに、その勢いが増して行くのでした。
これまで従来からあった手法や関係するサードパーティなどの技術的側面に配慮して設計された「セガサターン」は非常に優秀でしたが、時代の流れは3DCGの世界へ流れて行ったのです。
その後、セガの後継機種「ドリームキャスト」を発売しますが、市場での存在感を示す事が出来ず、セガはハード事業から撤退することになります。
乱戦した32ビット戦争ですが、今となっては「昔話」…兵(つわもの)どもが夢のあとなのかもしれません。
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