黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 24

Interview

「サバイバルホラー」の始祖 三上真司氏(上)父の恐怖から逃れる日々

「サバイバルホラー」の始祖 三上真司氏(上)父の恐怖から逃れる日々

同志社大学の入学試験に遅刻したのはゲームをやっていたから

でも、同志社はかなりハイレベルだと思います。

三上 マークシートの運が良かっただけです。僕、立命館は落ちていますから。立命がダメで、同志社の試験日もゲーセンでセガの『メジャーリーグ』っていう野球ゲームをやっていました。タマを転がすヤツがあったじゃないですか。アレって得点を取ったり、ホームランを打ったりするとポイントがたまるんですよ。もうすぐ試験が始まるから、「ちょっと雑プレイするか」みたいな感じだったんですけど、そのポイントがなかなか減らなくて。しかも、試験日に学生紛争かなんかやっていて、入れる門が限定されていたんです。「オレ、入られへんやん」、「どっから入れんの?」ってなって遅刻しました、10分ぐらい。

ええっ、そうだったんですか?

三上 うん、幸先悪かったのを覚えていますね。で、私立だから3教科でしたっけ。英語、国語、社会か数学みたいな。僕は日本史で受験するつもりだったんですけど、問題を見た瞬間に「これ、半分も分からへんわ」ってなって土壇場で数学にチェンジしたんです。

よく数学でいけましたね。

三上 高校までは理系だったんですよ。でも、話を聞くと大学の理系は面倒くさいと。親元を離れて自由の身になりたいのに、なんで一番嫌いな、殴られるよりもイヤな勉強をせなあかんねんって思って、それで文系に変えたんですよね。だから、よくアレで通ったなと思いますよ、ホントに。

京都に行きたかったとか、そういうわけでもないんですか?

三上 ないです。行くなら関西圏と関東圏のどっちかやな、みたいな。家から離れるっていう意味では、どっちでも一緒だと思っていましたね。

中国武術にハマって毎日朝晩練習していた大学時代

大学生活はどうでしたか?

三上 1回生、2回生のときはほとんど行っていないですね。

それはアルバイトをされていたからとかですか?

三上 バイトはたまに某酒造メーカーで日雇いの仕事をしていましたね。そこそこハードなんですけど、朝から晩までで日当8000円から8500円ぐらいもらえるんですよ。

その頃だったら、けっこうもらえたほうじゃないですか?

三上 でも、けっこうハードでしたよ。5、6種類ぐらい仕事があるんですよね。で、朝に詰め所に入って名前を呼ばれて、お前はあっちのバスに乗れ、お前はこっちのバスにって言われるんですよ。その酒造メーカーはけっこう広くて、仕事場までバスで移動するんですよね。だから、何の仕事をするかは行ってみないと分からない。

その日はラベルを貼るかもしれないし、別の日はビンにお酒を詰めてガラガラ運ぶかもしれない、みたいな。

三上 あと、余った日本酒の廃棄ですね。ビンは全部洗わなきゃいけないんで、水がはね返ってビチョビチョになるんですよ。これが冷たくて、冬は最悪でしたね。肉体労働気味の仕事なんで、ただでさえ疲れるのに、そこに水を浴びるからカゼひきそうで「ヤダなあ」と思いながらやっていました。

1、2年生の頃はそうしたバイトに明け暮れていた感じですか。

三上 いや、そんなことはないです。週イチぐらいしかやってないですよ。

では、大学に行く以外に興味のあるものができたとか?

三上 中国武術にハマって毎日朝晩練習していました。それと、ゲームにもハマっちゃいまして。ファミコンを買ったのが大学2年生ぐらいですから、そこらへんからですね。もともとは浪人していたときにゲーセンに行くようになったのがきっかけです。僕、二浪しているんですよ。

プロレスゲーム『アッポー』でゲーセン開眼

あ、そうだったんですか。

三上 うん。で、一浪目のときは広島の河合塾に通っていたんですけど、同じ予備校に通う高校時代からの友達にやたらゲーセン好きなヤツがいて。正直、それまではゲームに興味なかったんですよ。その友達に「ゲーセン、行かへん?」って誘われても「イヤ、オレ遠慮しとくわ」みたいなクチだったんです。ただ、プロレスや格闘技は大好きなんですよね。で、『ゲーメスト』(注7)っていう雑誌が当時あって、そこに『アッポー』(注8)っていうプロレスゲームの記事が。あの馬場さんとか、初代タイガーマスクとか、ブッチャーとかが出てくるやつ。

注7:新声社から発刊されていたアーケードゲーム専門のゲーム雑誌。攻略情報が非常に充実しており、1990年代初頭の対戦格闘ゲームブームの際に人気を博した。

注8:INOKE、BABU、TIGERMANなど実在のプロレスラーを模したキャラクターが登場するセガのプロレスゲーム。稼働年月は1984年6月。

ハハハ、ありましたね。

三上 で、そのゲーム好きの友達が、『アッポー』が載っているページを雑誌から切り離して、わざと僕の家に忘れていくんですよ。

ああ~これを読んで興味持てよっていう。

高校3年生のころ

三上 そうです。それで、ワナとは分かっているけど「でもプロレス好きやしなあ」、「これだけはちょっと遊びたいな」って思って。それが手を染めるきっかけじゃないですかね。

それが最初のゲーム体験ですか?

三上 いや、最初に触れたのは中学時代。空手の道場に一緒に通っていた塾の先生がいて、その人が道場からの帰り際に「ゲーセン寄るか」って言ってきたんです。いわゆる喫茶店です。当時、喫茶店はいかがわしい的なイメージがあって、学校で禁止されていたんですけど、その塾の先生が連れていってくれて。で、100円ポンて置いて「インベーダーやれや」って。

やっぱり、最初は『インベーダーゲーム』だったんですね。

三上 そう。あれが最初に触れたゲームといえばゲームなんですけど、それ1回こっきりですからね。

じゃあ、そのときはあまり魅力を感じなかったわけですか。

三上 いや、面白かったですよ。「これがそうか~」って感じでした。学校で禁止されているところに入って、いけないことをしているっていう背徳感もけっこうよかったですよね。

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