『ギリ平成』とは、実にタイムリーなアルバムタイトルだ。いつも世情にアンテナを張り、東に困っているオーディエンスあれば行ってライヴをやってやり、西に哀しい人があれば行って笑わせてあげる。キュウソネコカミは本当の意味で“今を生きる人々”にとって必要なバンドだ。昭和末期に生まれたメンバーが感じる、平成の終わりのあれこれを、『ギリ平成』はしっかりと捕まえている。
ヤマサキ セイヤの書く歌詞は、とても真っ当だ。人の痛みのわからないサイコ野郎からの自衛を歌う「遊泳」や、自己顕示欲の殴り合いを描く「馬乗りマウンティング」など、痛快な歌だらけ。刺さる言葉を、これまでで最もカラフルなサウンドに包んで発信された『ギリ平成』について、メンバーに聞いてみた。
取材・文 / 平山雄一 撮影 / 増田慶
“ギリ昭和”世代。昭和と平成のちょうど間の、謎のところにいる
アルバム『ギリ平成』、今回も笑わせてもらいました。本当に元気だね!
一同 あはは!(笑)
ヨコタ シンノスケ 感想が“元気”なんですか!?(笑)
ヤマサキ セイヤ やっぱり、日本のみんなに元気を与えられる存在になりたいですからね(笑)。
一同 あはは!(笑)
ところで、「ギリ昭和」っていう曲はアルバムに入っているけど、「ギリ平成」っていう曲がないんだけど?
ヨコタ 「ギリ昭和」っていう曲が出来てからアルバムタイトルを考えたんで。メンバーは昭和62年と63年生まれで、僕らが“ギリ昭和”世代。昭和と平成のちょうど間の、謎のところにいるっていう自覚があって。
ヤマサキ このアルバムのターゲットは20歳から60歳くらいまでなんです。10代はわかんなくて仕方ないなと思ったんですけど、この40年くらいの間に生きてる人にはわかるんじゃないかなと。
カワクボ タクロウ この「ギリ昭和」って、“昭和”って付けながら、平成時代を歌ってると思うんですよね。“平成”ってどういう時代だったかが歌われてる。
最近、「平成って何にもない時代だった」ってことにされそうになってるよね。
ソゴウ タイスケ そうですね。
ヨコタ かなりイカれてたと思いますけどね、平成は。
カワクボ けど、誰かがあとで分析しないと。
ソゴウ 今はわからないですよね。
ヤマサキ 「ギリ昭和」でお気に入りの歌詞は、「平成生まれの有名人がテレビに出だして衝撃的だった」。そういえば、親とテレビ観てて「この子、平成生まれやって」って話したなって。

ヤマサキ セイヤ
キュウソのメンバーって、昭和をたった1年しか生きていないんでしょ?
ヨコタ そうなんですよ。
ヤマサキ けど、昭和生まれと平成生まれって、めっちゃ比べられるんですよ。
ヨコタ 昭和は古くさいヤツで、平成は新しいヤツ。
ヤマサキ うん、そっちのパターンもあれば、平成はわかんないけど、昭和のお前らはわかるみたいな。
ヨコタ そうだね、昭和からはそう言われる。でも、どっちのグループに入れてもらっても浮くんですよね。
ヤマサキ たしかに、僕らめっちゃ浮いてる年代だと思いますよ。
ヨコタ ミュージシャン同士で話してても、ちょうど平成になるかならないかの世代のミュージシャンって群れ感が少ないというか、同世代で固まって何かやろうぜっていう感じが薄い。
自分たちの世代にはっきりしたものがないからかな?
ヨコタ ないというか、どっちとも取れちゃうというか。どっちとも違うと思ってたりもするし、どっちもわかるなというのもあるし。ただ、「ギリ昭和」の最後の感じ好きなんですよね。最終的には変な前向きさがあるじゃないですか。「いざとなったら力合わせるし いくぜみな唱和 老いも若きも心持ち次第さ」って、めっちゃ前向きなわけではなくて、とりあえず次行こうぜっていう空気なのかなと思って。
カワクボ 元号でカテゴライズされてるわけじゃないですか。あと、ゆとり世代とか団塊の世代とかカテゴライズされることで、大仰に分析したりするヤツがいるんですけど、それって、俺らからしたらたった1年の差で、そんなんはどうでもええ、些細なことや、まあ頑張ろうかみたいな。
そっちの前向きさなんだ。
カワクボ 俺はそういう感じだと受け取ったんです。
やっぱキュウソって、元気じゃん!(笑)
一同 あはは!(笑)

オカザワ カズマ
今回の制作状況はどうだったんですか?
ヨコタ 今回、作る期間が短かったんですよね。「越えていけ / The band」(4月発表のシングル)を作ったのが2月だったから、そう考えると全部この1年以内に作ってるんだなあ。
ストックしていた曲は?
オカザワ カズマ ないです。
構想としては何曲入りのアルバムにするはずだったの?
ヤマサキ 10曲です。
ヨコタ シングルを入れて、全10曲のつもりでいたんですよね。
結果、12曲入ってるから、やっぱり元気が余っていたの?
ヨコタ たしかに元気はありましたよ(笑)。曲を作ってレコーディングしていくって元気はめっちゃあったんですけど、レコーディング前半はライヴが忙しくて……ワンマンツアーが始まって、神戸ワールド記念ホールをやって、そこからすぐに夏フェスが始まって、7月には俺たち初めてのホールワンマンが大阪と東京であって。ライヴやりすぎだし、しかもでかいハコのライヴばっかりだったんで、結構疲弊してました。ライヴのアイデアを出さないといけなし、スタッフとのやりとりもあるし、めちゃくちゃエネルギーを使ってっていう感じだったから、曲を作るのが、その反動というか。
曲作りが息抜きって、スゴい!
ヨコタ スタジオに入ってるほうが楽しかったんですよね。
ヤマサキ メンバーそれぞれに担当があって。スタッフと話を回すのはシンノスケがメインで、俺らはアイデアを出しまくって、それをまとめるシンノスケはスタッフとの間で板挟みにもなるから一番しんどかったと思うんですよ。でも僕は板挟みされてないから元気は元気でしたよ(笑)。
けど、セイヤくんは詞を書かなきゃいけないじゃない?
ヤマサキ シンノスケがスタッフとバチバチやっている間に、歌詞のアイデアを貯めることもできるし、「結構、イライラしてんな」とか、それを俯瞰して見てたり(笑)。
ヨコタ もうね、末期症状みたいな感じでしたよ。
オカザワ 本当にすごかったね。
ヨコタ もう険悪でしたから。スタッフからの愚痴がすごすぎて(苦笑)。
カワクボ あはは! 今回、ホールでのライヴは、やったことがないことをやったんですよね。そうすると、俺らの頭の中にしかないイメージをまずはスタッフに伝えなきゃいけないので、そのやりとりがうまくいかなかったりして。しかも、話し合いをしなくちゃいけないんだけど、いろいろなことを同時進行していたのでごちゃごちゃになってしまったりもして。

カワクボ タクロウ
初のホールツアーは自分たちで作り込んだの?
オカザワ そうなんです。
カワクボ 気合いを入れて。
ヨコタ しかも、ワールド記念ホールですでに作り込んだものをやっているのに、さらに同じようなアプローチで3ヵ月後にNHKホールとか大きいハコでやるって状況だったから、「やりきったのに、またやるんかい! アレと違うことができるんかい!?」と。
でも、ワールド記念ホールと同じことをやる選択肢もあったわけでしょ?
ヨコタ それはなかったですね。やっぱりホールはホールのって思ってたから。アイデアは出るんですよ。けど、そのアイデアを実現する時間が短すぎて。だからそれぞれの役割で誰かが無理をしなきゃいけない状態になってしまって。ライヴ自体は成功して良かったんだけど、相当無理してましたね。ホールツアーとレコーディングが始まるというのと、フェスと対バンというのが6月くらいに一気に集中して。対バンのときはセイヤがいろいろと相手のバンドに対してどうするかっていうのを考えてたし、レコーディングやるってなるとフレーズ考えるほうが大変になったりするし、みんなそれぞれがどんどん大変になって。レコーディング始まったくらいが一番大変だったんじゃないかな。そこを越えてからはいろんなものから解放されて。もう一個ツアーがあったんですけど、それは小バコでコンセプトも決まっていたので、自分たちはライヴをやるだけだという気持ちでいられたし。
しんどかったけど良かったんだよね?
ヨコタ そうですね、結果的には良かったです。
そんな大変ななかで作ったとは思えない、楽しいアルバムだよね。
ヨコタ 今までも忙しい期間に作ってきたんですよ。インディーズのときも音楽だけで忙しいわけではなくて、バイトしながらフルアルバムを1年に2枚出したりしたこともあったから。感覚としてはそのときに近いのかな。やることが多いから曲が出来るというのもあると思うし。