僕の今のゲーム作りは小島監督の影響をだいぶ受けていますね
いったん離れたんですね。
楢村 プレイステーション2はDVDが見られるんで買いましたけど、やっぱりちょっと下火になりましたね。なんか閉塞感があって、攻略情報なんかも情報統制というか各雑誌で均一にされていたじゃないですか。で、出てくる情報っていったら「斬新な○○メニューシステム!」だとか、「キャラクターボイスは誰々!」とかで一向にゲームの説明がされていない。

確かに、それはゲームじゃない部分ですよね。
楢村 そうですよね。あれはすごく疑問でしたが、そのころに「これはゲームの進化だ!」と思わせてくれたのが『メタルギアソリッド』です。『メタルギアソリッド』ってプリレンダムービーを使っていないんです。世界観説明のところで、ほんのちょっと実写ムービーが使われているぐらいで、あとはリアルタイムポリゴンなんです。だから、そのとき自分が装備していた武器を持った状態でデモが動くんです。それを見て「そうだよね、こうじゃなきゃおかしいよね」と。
本来はそうですよね。
楢村 たとえば『ファイナルファンタジーVII』だと、ヴィンセントとユフィは必須キャラではないので遊ぶ人によって、いたり、いなかったりする。だから、エンディングムービーに、このふたりはいないんです。今だったらムービーを区切って、いるパターンといないパターンを読み込むとかできると思うんですけど、多分プレステ1の性能では厳しかったんでしょうね。そういうのを見ていたときに『メタルギアソリッド』だったんで、ちゃんと自分がやっていることがデモに反映されていると感心して。あのころから小島監督(注29)って、映画をやりたいんじゃないかみたいな批判がありましたよね。
注29:『メタルギアソリッド』シリーズを手がけた小島秀夫氏のこと。長くコナミで活動していたが2015年に退社し、コジマプロダクションを設立。新作ゲーム『デス・ストランディング』の開発を進めている。
ありましたね。

楢村 でも、『メタルギアソリッド』ってリアルリアルと言いながら、確か『3』ぐらいまでゲームの基本部分は俯瞰視点だったんですよ。建物に入って俯瞰視点なんてリアルじゃないじゃないですか。だから、ちゃんとゲームとして成り立たせているんですよね。凝ったギミックも多くて、たとえば敵に捕まると発信機が勝手に入れられるとか。ああいうのってなかったですよね。
確かになかったですね。
楢村 あと、形状記憶合金を使ったカード。熱いステージに行って形を変えて使えばいいんだ、それに気づいたオレすげえって思ったら、それ自体が敵のワナだったとか。あれはすごいなと思って。パッケージの裏に答えが書いてあったりとか、ああいうのも大好きです。だから、僕の今のゲーム作りは小島監督の影響をだいぶ受けていますね。
そうだったんですか。
楢村 アイテムを使うところだけでも、今言ったような工夫がされていたり、裏切りも用意してあったりとか。作ったゲームのシステムを活かしきっているんですよね。インディーとかでもよくワン・アイディアが優れているみたいなのがありますけど、じゃあそれがゲームとしてのめり込むほど作り込まれているかっていったら、そうでもないものが多かったりしますからね。
アニメでいうと『聖戦士ダンバイン』(注30)みたいな。ちょうどそのころに子供のとき見られなかった富野監督のアニメがビデオレンタルされるようになって、『イデオン』を見て衝撃を受けたりしていたんですが、『ダンバイン』も好きで。ロボットアニメにファンタジーを持ち込んだ作品で、海と陸のすき間にある異世界バイストン・ウェルが舞台っていう、どこから思いつくんだって感じの設定なんですよ。
で、異世界ものですから、見る人はだんだんその世界にのめり込んでいくんですけど、途中で地上に戻っちゃうんです。あんな魅力的な異世界を作ったのに引っくり返しちゃうんですよ。『メタルギアソリッド』も同じですよね。魅力的なシステムを作って、応用させて、最後にそれを裏切るような使い方までするっていう。自分の考えたものを使い切るっていうのはすごいなと。そこに憧れるんで、今制作しているものでも何かのシステムを作ったら、それを使わせ、組み合わせて使わせ、ひらめきでちょっと変わった使い方をさせ、最後にはそれを使わないでとかいうところまでやりたいタイプです。
注30:バイストン・ウェルと呼ばれる異世界に召喚された主人公の少年らがオーラバトラーと呼ばれるロボットに乗って戦うテレビアニメ。当時、中世ヨーロッパ風のファンタジー世界を舞台にしたアニメ作品はまれで、その先進性は高く評価されている。
それはゲームのエンタテインメントとしては素晴らしいですよね。
楢村 と、思うんですけど、なかなかそこまでやるのは大変で。僕ら何年も作り続けてようやく1本ですから。
遊ぶ側は「ああ、こういう遊び方があるんだ」って楽しむだけですけど、作る方は大変ですよね。もしかしたら、その部分を永遠に遊んでもらえない可能性もあるわけですしね。
楢村 そうですね。ただ、今は僕が1年、2年見つからなくてもいいやって思った隠し要素なんて1週間でオープンにされちゃいますから。
ゲーム会社に内々定をもらっていたが、連絡を全くしなかったので不採用に
今はそうですね。そういったゲームへの希望と失望を抱えつつ、卒業する季節になったわけですよね。そのころはどのようなことを考えられていたんですか?
楢村 何も考えてなかったです。僕は大学に入ったときに現役で入学していた地元の同級生に誘われて演劇サークルに入ったんですね。別に演劇に興味があったわけじゃないですけど音響がやりたいなと。でも、1ステージに音響はひとりいればいいんで、1年目は自動的に役者をさせられるんです。そこで人前でしゃべることに慣れたっていうのはあるかもしれないです。
そういうこともされていたんですか。どんな舞台だったんですか?
楢村 美術大学の連中がやっているんで舞台とか音響照明とかは凝っていましたけど、演劇のレベルとしては早稲田や明治といったトップクラスの演劇部にはかなわないようなものだったと思いますね。で、1年目は役者をさせられていたんですけど、2年目から音響を任されて全曲自分で作りますと。作曲自体は小学校のときからやっていましたから。
そんなころからされていたんですか。
楢村 自分で作り続けていたゲームに曲を作るぞって。音楽を習ったわけじゃないですし、楽器も鍵盤ハーモニカしか持ってなかったですけど、ハハハハ。
そうやって小学校のときから曲を作っていたと。
楢村 はい。で、高校になると小室哲哉さんモデルのキーボードを使うようになって。友達が持っていたので、そいつの家に入り浸って、ふたりで曲作りをしたりしていました。ウチはそんなの買ってもらえる家庭じゃないですからね。だから全部独学です。
そうだったんですか。
楢村 それは趣味の世界ですけど、演劇で使うということは人に見せて聞かせるわけですよね。頑張って作ったのに、けちょんけちょんに言われて悔しいとか、でも人前に出すっていうのはそういうことだよなっていうことを、そのときに知ったんですよ。で、脚本も書くようになって4年生のギリッギリまでサークル活動をやっていたんです。だから、仕事をする準備なんかしていませんでした。あと、以前通っていた美術予備校の非常勤講師を頼まれてしていたんですが、それがけっこういいお金になったんですよね。なので、なまじっか仕事をしなくても、そこでやれるなあという考えもありました(笑)。
ああ~なるほど。

楢村 でも、一応ゲーム業界に就職してみようかっていうことで、5つ、6つ資料を取り寄せたりしましたけど、そのころはもうグラフィッカーとかムービーとか募集が専門的になってきていたんですよね。コナミのミュージックとか課題を見た時点で、こんなの音楽知識ないと無理だって諦めましたから。
でも、グラフィックでいろいろ応募してみまして、某ゲームメーカーに卒業制作を持っていったら、えらく気に入られて内々定をもらったんです。それで、もう安心しきっちゃって、そのあとはなんにも活動しなかったんですよね。内々定なんで時間ができたときに、いつから来られるかといったことをちゃんと連絡してくださいって言われていたのに、そんなことも全っ然気にしていなかったんです。そうしたら、1月ぐらいに「不採用にしましたから」って言われちゃいまして、アハハハ。
ええっ?
楢村 ホントに「ええ?」って感じでした。でも、そういうことを全然やっていなかったわけですから、しようがないかなとも思っていましたね。で、仕方ないので、その美術予備校で勤めつつ……だから僕は卒業時点で就職していないんです。ダメ人間ですよね、ハッキリ言ってしまえば(笑)。
そんなことないですけど・・・
撮影 / 北岡一浩 取材協力 / 仁志睦
続きは第3回インタビューへ
10月23日(火)公開

著者プロフィール:黒川文雄【インタビュー取材】
くろかわ・ふみお
1960年、東京都生まれ。音楽ビジネス、ギャガにて映画・映像ビジネス、セガ、デジキューブ、コナミDEにてゲームソフトビジネス、デックスエンタテインメント、NHN Japan(現LINE・NHN PlayArt)にてオンラインゲームコンテンツ、そしてブシロードにてカードゲームビジネスなどエンタテインメントビジネスとコンテンツの表と裏を知りつくすメディアコンテンツ研究家。コラム執筆家。アドバイザー・顧問。黒川メディアコンテンツ研究所・所長。株式会社ジェミニエンタテインメント代表。DMMオンラインサロンにて「オンラインサロン黒川塾」を展開中。
黒川塾主宰。ゲームコンテンツ、映像コンテンツなどプロデュース作多数。