黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 21

Interview

インディーゲームの匠 楢村匠(ならむらたくみ)氏(中)ゲーム浸けの美大時代

インディーゲームの匠 楢村匠(ならむらたくみ)氏(中)ゲーム浸けの美大時代

ひとり暮らしを始めて一気に大爆発したんですよね

ちなみに大学はどこに入られたんですか?

楢村 武蔵野美術大学です。

専攻はなんですか。

大学のサークル旅行にて。

楢村 視覚伝達デザインです。視覚伝達っていう目で伝わるものをデザインする学科なんですけど、親に説明しても一向に理解してもらえなかったです。そこってアカデミックなことをさせるんですよ。たとえば1年の最初の頃は目隠しをして校舎を歩き回らせるとか。つまり、目を奪ったときに耳から入ってくるものだったり、裸足で歩くので足の裏から伝わってくるショックだったりといったものをイメージして絵にしてみなさいっていう。そういう考え方にもわりと影響を受けていますね。

面白いですね。それはいい体験をされましたね。

楢村 ええ。課題なんかも完成すれば良しというのではなく、失敗しても完成に間に合わなくても、自分が打ち出したコンセプトや順序、なぜそこにいたったかっていうところを重要視するような学科だったんです。

東京での生活はどうでしたか?

楢村 ひとり暮らしをするようになって、初めて自分でお金が使えるようになったんですね。バイトとかして自分でゲームを選んで買えるようになったので、スーパーファミコンを買いに中古屋に行ったんです。もうプレイステーションが出るか出ないかのころだったんですけどね。

そのときに初めてですか。それって94年ぐらいですよね。

楢村 『ロマンシング サガ3』が出た頃(注26)ですからスーパーファミコンの末期ですね。僕は親にゲームとかCDコンポとか買ってくれって言っても「ダメだ」って言われ続けてきたんです。でも、なぜだか知らないですけど弟は買ってもらっていたんですよ。だから、弟はスーパーファミコンとか持っていたんです。僕は買っちゃダメだって言われていたのにね。なので、弟がやっているスーパーファミコンのゲームを見たりしていました。

注26:『ロマンシング サガ3』の発売は1995年11月11日。プレイステーション、セガサターンはすでにその前年に発売されていた。

『ロマンシング サガ2』のラスボスを倒した達成感で「ウォーッ!」って吠えましたね

え、お兄ちゃんと共有するとか、一緒に遊んでくれたりとかしないんですか。

楢村 もう中学、高校になると各々の友達と遊ぶっていうことのほうが多かったですね。

ご両親はなぜ兄弟で差をつけたんでしょう。

楢村 いや、分かんないです(笑)。やっぱり長男は厳しめにして、次男の方はそこまでやらなくてもみたいなのがあったんですかね。ということがあったので、ひとり暮らしを始めて一気に大爆発したんですよね。当時は家庭用ゲームの情報とか、あまりよく知らなかったですから誰も買わないような安いクソゲーを買って。

ひと山いくらみたいなのがありましたね。

楢村 ええ。で、面白くねえなとか言っていたのを友達が見かねたのか、コレとコレをやっとけって言って『ファイナルファンタジーVI』と『ロマンシング サガ2』を渡されたんです。「なんだ、この世界は?」ですよね。2Dのグラフィックを昇華しきったような、それでいてイメージで膨らませているような世界がずっとあって。特に『ロマサガ2』は印象に残っています。あれラスボスがすごい強いじゃないですか。

ええ。

楢村 しかも、僕はファミコン時代のRPGとかやっていなかったのでヘタクソで、うまく進められないんですよね。なので、ラスボスですっごい苦戦して。次の日、テストがあるのに朝の5時までやっていました。

朝の5時まで!? テストがあるのに?

楢村 そうです。なので、ラスボスを倒したときは家の中でひとり立ち上がって「ウォーッ!」って吠えましたね。あの難しいところを乗り越えた興奮っていうのは、あそこで覚えたような気がします。

「あれ、なんかゲームって○ボタンを押すだけになってきてない?」

それも、のちのちのクリエイティブに繋がる部分がありますね。

楢村 あります、あります。だから『ファイナルファンタジー』よりも『ロマサガ』系のような、ほっぽりだされて何をするのか自分で探っていくゲームのほうが好きですね。そうやってゲームにハマったわけですが、プレイステーションのころになるとゲームに対して疑問を感じるようになったんです。

それはなぜですか?

楢村 美術大学であのころ……ハイパーカード(注27)って分かります? 雑誌とかにCD-ROMが付いていて、クリックしてコンテンツを見るっていう。あれをウチの科でも習い始めたぐらいのころで。授業でもインタラクティブとかっていう言葉がバンバン出てくるようになって、そのためのデザインとはなんだとかやっているんですけど、僕はそれを聞きながら「ゲームって、もっと昔からそれやっているよな」って。

注27:Appleが開発したプログラム開発用のソフトウェア。UIが視覚的で扱いやすく、手軽にプログラムの開発や操作ができることから多くのMacユーザーに愛好された。

やっていますよね。

楢村 ですよね。そういうのがあったので、ほかの人がインタラクティブの課題に四苦八苦している中、僕は誰にも言われてもいないのにタイトルロゴとタイトル画面を作って、そこに「Push Start」とか書いたりしていたんです。「ああ、ゲームの方が先に進んでいる」、「ゲームってすごいんじゃん」とかって思っていたんですね。ところがプレステ1のころになると、プリレンダムービー(注28)が流行り始めたんです。

ムービーの間って待たなきゃいけないじゃないですか。しかも、あのころってムービースキップができなかったんですよね。ストーリーも長く語られるようになって、中ボスとかが戦闘前に自分語りをする。しかも、そのボス戦で負けてコンティニューすると、もう1回それを聞かなきゃいけないんですよ。学校で習うインタラクティブなんて、ゲームをやっていた人間からしたら、すごく当たり前のことだって思って誇りにすら思っていたのに、「あれ、なんかゲームって○ボタンを押すだけになってきてない?」と思い始めて。そのころのスクウェア(現スクウェア・エニックス)の作品とか特に。

注28:あらかじめ作成しておいたムービーをゲーム中で再生するというもの。高画質のムービーを再生できることから、『ファイナルファンタジーVII』などを契機に多くのゲームで採用された。近年はその場でムービーを作成するリアルタイムムービーが主流となっている。

『ファイナルファンタジーVII』とかのころのことですよね。

楢村 そうです。『VII』はプリレンダのマップ上でポリゴンを動かしていたんですけど、『VIII』ほど成熟しきっていなかったんで、すっごい見にくいんです。遠くにいくとポリゴンのキャラクターが小さくなって「どこにいるんだ?」とか。もちろん、セレクトボタンを押すと、そこにいるっていうマークがピンて出たりするんですけど、これだけリアルな世界になっているのに、そのマークを出すっていうのはどうなんだと。あと、最初のアバランチが突入するところで、機械を作動させるために3人でボタンを同時に押すところとか。「絵はキレイになっているのに、なんでこんなゲームウォッチみたいなことをさせられてんの?」っていう疑問を抱いちゃったんです。

むしろ先祖返りしているみたいに感じだと。

楢村 『ゼノギアス』とか、あの辺のころは特にそうですね。あのストーリーの長さ、しかもスキップできないという。トドメを刺されたのが『パラサイト・イヴ』でした。ハリウッドでお金をかけてムービーを作っているんですけど、あれも確かスキップできなかったです。そういうのにどんどん疑問を持ち始めて、そこで少しゲームから離れましたね。

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